短詩とは?
 高校時代から浪人時代、大学1年くらいまで、投稿雑誌「ともしび」に詩を投稿してきました。この「ともしび」に山村佑先生という 詩人が提唱なされた「短詩」という形態に興味を引かれ、ついには同人になってしまいました。短詩とは”短い詩”です。大体一行で作られ、凝縮 された表現を生命とします。詳しくは以下の講座をご覧下さい。

短詩講座
 この「短詩講座」は旧PCVANのSIG「きまぐれ遊歩道」にて開講された講座の記録です。6年間に渡って2回開講しました。
 皆様にもこの「短詩」にご興味を持って頂けたらこれほど嬉しいことはありません。

 
第一回は1992年7月から1995年5月までの間です。

#5018 きまぐれカフェテラス
★タイトル (CYF59501) 92/ 7/23 13:37 ( 14)

「短詩」についてお知らせです。      SOME

★内容
 #3.ト〜クテラスにて『あなたも短詩を』という事で,短詩の勉強会みたいな
ものを始めました。あなたも短詩を体験してみませんか?
 そして,作品が出来たら「#3.ト〜クテラス」の方にUPして下さい。その際
は「短詩>」のヘッダーをお願いしますね。それとコメントを添えて頂くと幸いと
思います。
 
 UKGさんの発案をそっくり頂いてしまいました(^_^;),有難うございます。
 
 
 SigOpさん(TSTさんでしたよね?)の許しを得ずに勝手に始めてしまい
ましたが,都合が悪ければ削除致しますので宜しくご指導下さい。
 
 
            CYF59501 SOME(サムではなくソメです)
 
 
 
 
#1515 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 92/ 7/23 13:39 ( 59)
『あなたも短詩を』その1.        SOME
★内容
 『短詩体験講座』...なんか緊張する名前ですねぇ。もう少し柔らかく『あな
たも短詩を』ではいかがでしょう...N*Kみたいですが。
 スタンスも1,2カ月では短いのでは?のんびりと半年位やりませんか?
 
 何度も言うようですが私自身そう「短詩」に経験がある訳ではないのです。おま
けにこの十数年詩作から遠のいていますし...。「手本」「手ほどき」など,と
ても出来た話ではないのですが,一応の経験者と言うことで「水先案内人」を勤め
させて頂きます。内容はみんなで創り上げて行けば良いと思います。
 さて先日実家に行って,昔の自分の部屋(今は物置)を見たら「短詩」誌が十数
冊,「情文芸」も十数冊残っていました。これできっかけが掴めた気がします。
 
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
『あなたも短詩を』第一回目
 
 「短詩」の定義ですが,今の所判然としませんので取り合えず『一行の詩 地に
塔のごとし』ですので,「一行の詩」と言う事にしたいと思います。
 最初から小難しいことを言うとつまづきますので,まず作ってみましょう。
 古いのですが私の作品を2つばかり挙げてみます。
 
  クチヅケ
 「接吻 涙くぐれば迷路に転がる」
 
  カ ラ
 「甲殻連らね目だけが醒めているザリガニの死骸さ」
 
 
 これらは昭和43年の作です(ふるいでしょ)。自分では短詩のつもりですが,
今読んでみますと,どことなく前者は「川柳」,後者は「短歌」っぽい響きがしま
す。
 ま,それはそれとして何を考えて作ったのでしょう?この頃の私は,多分「恋」
をして...ご他聞に漏れず失恋したのでしょう。初KISS?この頃は市川のと
ある寮に住んでいた時分です。どこの街にもあると思いますが,駅前からのちょっ
と横に入ったような迷路のような路地...。あとはあなたのご経験,あるいはご
想像にまかせます。
 後者の方は,これは視覚だけで作ったような感じですね。余り成功してはいない
ようです。死んだ様になっていて,皮肉に目だけ醒めている...。或は,目だけ
醒めていても,痴呆のように何もできないでいる自分が堅い自我を被ってうじゃう
じゃ転がっている...とでも読めるでしょうか。
 
 
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 さあ,第1回目はこんな所でどうでしょう。皆さんも作って見ませんか。長編を
作られている方も,何か得る所が有るのではないでしょうか。
 
 作品はここ「トークテラス」にUPして下さい。その際は「短詩>」のヘッダー
をお願いしますね。それとコメントを添えて頂くと幸いと思います。
 
 UKGさんの発案をそっくり頂いてしまいました(^_^;),有難うございます。
 
 
 SigOpさん(TSTさんでしたよね?)の許しを得ずに勝手に始めてしまい
ましたが,都合が悪ければ削除致しますので宜しくご指導下さい。
 
 
            CYF59501 SOME(サムではなくソメです)
 
 
 
 
#1516 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (VQA83922) 92/ 7/24  0:48 ( 15)
短詩>SOMEさん            SAS
★内容
 面白そうですね。ギャラリーのSOMEさんの作品いつも感心しながら読ませて頂い
ているのですが、以前にお作りになった短詩もなかなかのものですね。私も昔詩にこっ
た時期がありました。詩の勉強こそしませんでしたが、初めて詩の真似ごとをした頃、
そう昭和で言うと38,9年頃書いたのが次のようなものでした。
 
    私が蜘蛛の巣から助けた蝶に私もなりたい
 
 とてもSOMEさんの奥の深さにはかなわない甘いものですが、そのころを懐かしく
思いだしました。短詩の講義の続きを楽しみにしています。いろいろご指導下さい。
 
 
     1992.7.24.午前0時45分    SAS
 
 
 
 
#1517 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 92/ 7/25  6:25 ( 13)
短詩>「決意」            UKG
★内容
 
  短詩「決意」
 
   虹 山並 瓦 光るアスファルト
 
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 タイトルとはおよそ似つかない、「静的なもの」をならべることで、逆に、心
のたかぶりを際だたせようとしたのですが・・・。
 
 どうぞご指導下さい。
 
7/24
 
 
 
 
#1519 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (MBH38915) 92/ 7/25  7:16 ( 19)
短詩>とりあえずふたつほど         KNO
★内容
 早速参加させて下さい。もともと僕は起承転結を重視した14行で主に詩を書いて
きましたが、1行というものにも挑戦してみたいと思います。よろしくご指導を。
 
 
 「壁も窓も天井もアスファルトの上で揺らぐ陽炎」
 
 
 「水平線の向こうを僕は見たかった」
 
 
 う〜ん、あまりうまくいきませんねぇ。昭和38、9年、43年といえば、僕はま
だ生まれてません(1969年、昭和44年生まれですから)。キャリアが違います
ね。
 
 と、いうことで、この辺で。
 
                           未熟者の KNO でした。
 
 
 
 
#1525 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 92/ 7/31 19:22 (138)
『あなたも短詩を』その2.        SOME
★内容
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『あなたも短詩を』第二回
 
 実作が四作もUPされましたので,解説を試みてみたいと思います。しかし,人
様の作品を解説するなど,初めてですので全然見当はずれの事を言うかも知れませ
ん。最初から謝っておきます。
 
 
 ☆SASさん
   「私が蜘蛛の巣から助けた蝶に私もなりたい」
 
 ☆UKGさん
   「  決意
    虹 山並 瓦 光るアスファルト」
 
 
 ☆KNOさん
   「壁も窓も天井もアスファルトの上で揺らぐ陽炎」
   「水平線の向こうを僕は見たかった」
 
 
☆まずSASさんの「私が...」ですが,気持ちは判ります。蜘蛛の巣に絡ま
れ,糸に光を反射させながらもがく蝶を可愛そうと思い,蜘蛛の巣から放してやっ
た。理不尽な罠から自由になった蝶...私も自由になりたい...束縛から逃れ
たい...と言う所でしょうか(間違えていたら御免なさい)?嫌な見方をすれば
「ホントにご自分だけではどうしようもないのかなぁ...それと,蜘蛛は又巣を
張り替えなければいけないし,今日の食餌にも事欠くだろうなぁ...」なんて考
えられますね(意地悪だ事!)。おっとぉ,詩に戻ります。
 その時の(詩作したときの)気持ちは大切ですね。その人のそれまでの人生,経
験,考え方...が詩となるのでしょうから。
 多行の詩の中の一行であったなら,この詩も成り立ちますね。陽にキラメく糸と
かその搖れ方を描写した後に入る一行...そんな気がします。
 短詩ですとその辺の描写から「自由に対する自分の見方」の様なものが出てくる
と良いと思います。で私だったらこうする,と言う例で作ってみました(しばらく
ぶりだぁ)。
 
             メ
 「風にブランコ 蜘蛛の複眼では蝶の鱗粉を犯せない」
 
 
☆UKGさんの「決意」ですが,最初から問題を提起して下さいましたね。私は最初
から「短詩」の形はこうだ!と思って『題』の事など考えていませんでした。
 『題』付の短詩形で有名なのは北川冬彦さんの
 
  「    馬
    軍港 を 内臓 している  」       (現代仮名使いにした)
 
ですね。『題』の重要さをマザマザと思い起こさせます。これは「短詩」だと思い
ます。2行の短詩だ,と考えても良いと思います。
 さてこの『題』つき,または『多行の』短詩はまだ私の力では難しいので,今の
所『題』はなしで「一行の詩」と限定させて下さい。よってUKGさんの作品を失礼
ながら次のように変えさせて頂きました。
 
 「虹 山並 瓦 光るアスファルト...決意」
 
 では,解説です。「虹 山並 瓦 光るアスファルト」だけですと,『高性能ガ
ソリン』のコマーシャルの一画面になりそうですね。
 名詞にはそれなりのイメージがあり,それを連ねると主調を捜したくなります(
共通のイメージ)。この場合,関連が強すぎてかえって「自由」でないし,短い詩
型ですので名詞を連ねただけではちょっと「弱い」と思います。
 「静的なもの」で来て,最後に(或は最初)コロンと「決意」という強い語が来
る構成は良いと思います。
 私にも名詞を多用した作品があるので紹介します。
 
 「駅前広場 の 回遊する魚群 の マリオネット」
 
 実は昨日,子供を連れて銚子に遊びに行きました。水族館を見学したのですが,
大きな硝子の円筒の水槽があり,その中を鰯(イワシ)が群れを作って同一方向に
向かって泳いでいました。...水槽が, 駅前 で,鰯が 人間 に変わっただ
けです...。
 
 
☆KNOさん,初めまして!キャリアだけやたらに長いSOMEです。どうぞよろし
く。
  「壁も窓も天井もアスファルトの上で揺らぐ陽炎」
 
 これは短詩ですね。発想が単純かなぁ,と言う気がしないでもないですが,「暑
さ」が伝わって来ました。
 「壁も窓も」は陽炎になるのは当り前ですが,「天井も」で救われました。これ
が「屋根も」ですと当り前すぎる。アスファルトから炎天下を想像しますが「天井
も」は視点を室内に戻し,それさえも陽炎になるのですからこれは暑い。
 アレ?もしかすると全く違った感想かなぁ。「アスファルト」を中心に考えると
陽炎→逃げ水→蜃気楼→虚構...という図式が浮かび上がってきて「壁も窓も天
井も」のしめす「家(又は家族)」も虚構だよ...と。
 
 次の
   「水平線の向こうを僕は見たかった」
 
はあまりに,あまりに素直すぎてやはり何行かの詩の中の一行と言う気がします。
 
 
 以上,貴重な作品のUP有難うございました。これに懲りずどんどん作って下さ
い。
 
 
 さて,次に私の好きな短詩とそれをうまく解説された文章がありましたので紹介
します。
 
 平田 守純さんという方が書かれました。
 
『 後藤 すみ子
 
 「あばらを開いて星がおちてゆくのをみせてあげよう」
 
 後藤すみ子といえばすぐにこの作品を思い出す。平明な言葉で,やさしく語りか
けるこの作品に,ぼくは昇華された愛(エロス)を見る。
 「あばら(肋骨)を開く」という衝撃的な状態なのだが,言葉がやわらかく,苦
痛を伴う行為というよりは,むしろ快感を伴う行為のように思える。肋骨を開いた
その奥は深い闇であり,そこではときおり星がおちていく。そして,その星のおち
てゆくのを見せてあげよう,と作者はささやくのである。
 もちろん,この作品の一番の魅力は,「あばらを開いて,見せてあげよう」とい
う能動的な作者の姿勢である。能動的でありながら,決して押しつけがましくはな
い。あっさりとした語り口,平明な言葉がともすれば鼻もちならない,押しつけが
ましくなり易い発想,素材を抑制して,美しい世界を形成する。
 「星がおちてゆく」という表現も,様々の比喩,象徴として読み取れそうに見え
ながら,その比喩,象徴の対象が何であるかは不明確であり,まさしく「星がおち
てゆく」以外の何物でもない。その不明確なところが魅力なのだと思われる。虚無,
荒廃の響きを持ちながら,性,愛を匂わせている「星がおちてゆく」は,ひとつの
美である。その美に,作者の能動的な姿勢「あばらを開いて...」が重なって,
作者の背後に生身の作者の存在を強く感じるのである。
 後藤すみ子作品の魅力は,作品の背後の生身の存在にあるのではないだろうか?』
 
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 では以上で第二回を終わります。
 
                             SOME(ソメ)
 
 
 
 
#1526 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (MBH38915) 92/ 8/ 2 12: 0 ( 15)
解説ありがとうございます。         KNO
★内容
 
 どうも、解説ありがとうございます。
 
 「発想が単純かなぁ,と言う気がしないでもないですが,」
 
 ということですけども、ま、僕は単純なやつですから、発想も単純になるんでしょ
う。解説の内容に関しては、僕は言葉を発した本人ですから、肯定もしませんし否定
もしません。それしか僕にはできませんから。でも、短詩は試みたことが少なかった
(昨年にぎゃらりにUPした「空間」が自分では短詩だと思っているんですが)ので、
こつを得ていないぎこちなさがあるようです。それに言葉を圧縮することばかりに気
を取られ過ぎて、展開不能なところまで情報落ちをさせてしまったことは明らかでは
ないかと思います。ま、もっと勉強していいものを書きたいと思います。
 
 では。
 
 
 
 
#1528 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 92/ 8/ 4  6:11 ( 11)
SOMEさん、どうも         UKG
★内容
 ご苦労さまです。また、小生の短詩「決意」への講評も、ありがとうございま
した。どうやら、わたしには詩作のセンスがまつたくないようです。でも、「努
力に優る天才なし」と言いますから(どこかの塾の合言葉みたいですが)、もう
少しお付き合いをお願いします。
 詩作に限ったことではないと思いますが、なんでも、やつてみてはじめていろ
いろ分かってくるもので、頭の中であれこれ空想しているだけでは、どうも先に
進めないようです。
 
                      ではまた。
 
 
 
 
#1529 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 92/ 8/ 4  6:11 ( 11)
短詩>第2弾!?           UKG
★内容
 では、さっそくお願いします。
 
 『きりきり噛んだ爪の苦さしょっぱさに逃げ出す文字を見失い』
 
 
 *う−ん、こりゃあ、やっぱり都々逸ですね。恋文を書いているところなので
  すが、うまく気持ちを表現出来なくて、よっぽど放り出そうかしら、という
  心境です。(講評のほど、よろしく願います。)
 
 
 
 
#1539 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (YTM25101) 92/ 8/ 6  0:57 ( 9)
短詩/FJW
★内容
はじめまして。初めてこのSIGに書き込みします。
ここを読むまで短詩という存在を知りませんでした。
 
一つ思いついたのでUPします。フォローがあったらとても嬉しいです。
 
「彼女のからだはワインの瓶よりも軽い」
 
FJW
 
 
 
 
 
#1542 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 92/ 8/11 19:42 ( 80)
『あなたも短詩を』その3.        SOME
★内容
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『あなたも短詩を』第三回
 
 続いて実作が二作UPされていますね。嬉しい限りです。
 
☆UKGさん
 
 『きりきり噛んだ爪の苦さしょっぱさに逃げ出す文字を見失い』
 
 なーる程,これは都々逸だ。川柳といっても良いかも知れない。最後の「見失い」
と言う止メ方が川柳っぽいのですね。ここは素直に「見失う」の方が良いと思いま
す。恋文ですかぁ...。前半はちょっと解説し過ぎている様です。
 私流に作ると
 
 『爪の情炎 噛めば背中に文字を見失う』
 
となりますか...まだ説明的な気がしますね。
 
 
☆FJWさん
 初めてお目に掛かります。短詩に目を向けて頂いて有難うございます。
 
 『彼女のからだはワインの瓶よりも軽い』
 
 さぞやホッソリされた彼女なのでしょう。一緒にお酒を飲んでいるのかなぁ。ワ
イングラスを傾けていると,彼女を軽がると抱き上げられそうだナァ...。と言
うお気持ちでしょうか。
 短詩の一番の生命だと思われる「比喩」が使われていますが,まだ慣れていない
感じを受けます。
 うーーん,どうでしょう
                  アマン
 『ワインに閉じ込め胸元に揺らすか 恋人』
 
ではちょっとドギツイでしょうか。
 
 
 村野四郎さんが「現代詩を求めて」という本の中で,「比喩」について書かれて
いるので,抜きだしてみます。
 
 
『なぜ比喩は必要なのか
 
 比喩はレトリック(修辞法)の一方法とされていますが,今日ではその意味は決
して美文的装飾のために用いられるものではありません。言葉は前述のように,そ
れを扱う人によっては驚くほど広い機能を顕現するものですが,それもなお人間の
心理の無限の変化を表現するには不十分なものです。
 実際に私たちが,自分が経験した感情の特殊な状態を,言葉によって表現した場
合,よく考えると必ずといってよい程,その時の真の経験の独自性と,言葉による
表現との間にある程度のギャップを感じます。このギャップを最小の距離にちぢめ
る役割を果すのが,比喩の真の働きであるというべきです。
 T.E.ヒュームも彼の芸術哲学の中で,「言葉が,われわれのいおうとするも
のを的確に伝達しようとしないからこそ,単に的確たらしめるために,オリジナル
な,ものの述べ方を案出せざるを得なくなるのである」とし,そうして案出された
ものが比喩であるとしています。そして,比喩的表現の創造の必要なのは,言葉に
強いて,印象の新鮮さを伝達させるためである。つまり当りまえの言葉や,当りま
えの表現では,すり抜けてしまう何ものかを伝達しようとする試みが,新しい比喩
の案出に詩人を駆りたてるのだ,という意味のことをのべています。
 そして更に重大なことは,芸術によって伝達される情緒というものは,この新鮮
な印象の直接な,並外れの伝達によって生ぜしめられる悦びにほかならないと書い
ていることです。
 この言葉は,単に比喩の定義であるばかりでなく,詩の魅力というものが,奈辺
にあるかを,大胆に言明している点において,きわめて興味があります。
 いずれにしても,こうしたところに比喩の真の存在理由があるわけですが,これ
を教室的,具体的に「説明」するのではなくて,全く別の事を言いながら「暗示」
することによって,その目的とするものを表現しようとするものです。
 この方法は,詩ばかりでなく,あらゆる他の文学の方法の中にも取り入れられて
いますが,前にもいったように,詩のような,論理だけでなく,説明しがたい複雑
微妙な感情の万態や,意識下にある世界まで伝えようとする文学においては,この
暗示による方法は欠くことのできない重要さを持つものです。』
 
 この後「直喩・暗喩」と文章は続くのですが,またにしたいと思います。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
以上 第三回でした。
 
                                 SOME
#1545 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 92/ 8/13  5:52 ( 10)
SOMEさんの言うとおり       UKG
★内容
 都々逸にしたとしても、でき栄えはいまひとつだったようです。だいたい都々
逸なんてものは、他人に聞かせよう、聞いて貰おう、という「ノロケ」みたいな
ものですから、どうしても説明調になるんでしょうね。
 逆に、短詩は、SOMEさんがおっしゃっていたように、作者の感情をぎゅっ
、と閉じ込めたものを、読み手が一気に開放してあげる、そんな爆発的なエネル
ギ−を秘めていなければならないのでしょう。
 なんにしろ、いま一度、挑戦してみますので、乞うご期待!!
 
8/12
 
 
 
 
#1565 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 92/ 9/ 8 12: 0 (177)
『あなたも短詩を』その4.        SOME
★内容
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
『あなたも短詩を』第4四回目
 
 今回は実作の投稿がございませんでしたので,又私の好きな後藤すみ子さんの作
品の解説を紹介してみたいと思います。平田 守純さんの文章です。
 
『 後藤 すみ子
 
  「やがて川となり裸体を流れる黒髪」
 
 後藤すみ子作品の最高の傑作である。普通,傑作・名作と呼ばれる作品は,何の
変哲もない,素直すぎるような作品に多い。一度や二度読んだだけでは,その素直
さに,忘れてしまいそうでありながら,不思議と心に残って,三度,四度と読み返
す毎に,新しい意味を持ち,表情を変えて,ゆっくりと迫ってくるもの−それを人
は傑作だとか,名作だ等と呼んでいるのではないだろうか。
 山村祐が,かって,短詩ゴムマリ論を唱えた。それ以上押せば破裂する。力を抜
けば弾ね返る−短詩の形式に対する比喩にすぎない原則論であるが,そのゴムマリ
論に応える力をこの作品は十分に持っていると思われる。これ以上短くする訳には
いかない。それでいながら,不思議な弾力性を持っているのである。これが短詩だ
とはいわないが,これも短詩だといいたい,ある種の完全性を持っている。
 この作品を前にして,ぼくはだらしなく興奮してしまう。「やがて」という言葉
が,まるで生き物のように働いている。それは,わずか数分後のことかも知れない。
そして又,何十年という歳月を必要とする時間なのかも知れない。前者の場合は,
もちろんセックスの前の状態であろう。そして後者の場合は,女の一生を意味して
いる。しかし,ここで重要なことは,「やがて」という言葉が不明確であるという
ことにあるのではなく,前者が後者を内包し,後者も又,前者を内包しているとい
う,女の性(生)の真実を表現しえている点にある。そしてその真実を「川となり
裸体を流れる黒髪」という,古風で平明な抒情で歌いあげるところが実に魅力的な
のである。「川となり裸体を流れる」は,美しいけれど,恐ろしい響きを持ってい
る。それはあくまでも恒久的なものでありながら,そして非日常のものでありなが
ら,あまりにも日常的すぎるものであり,瞬間的なものなのである。人生の一断面
が人生の全体であったり,人生の全体が人生の一断面にすぎないことだってありう
る。そのような視点に立って,この作品に対峙するとき,作品は生身の女さながら
に,瞬間に恒久を現出して,軽やかに,そして重々しく,ぼく達にからみついてく
るのである。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 少々難解な解説でしたねぇ。まぁ,そんなに小難しく考えなくても,この作品の
素晴らしさは判って頂けると思います。
 
 そして,次は村野四郎さんの「現代詩を求めて」から,『比喩』の続きで『直喩』
までを書き抜きします。
 
=====================================
 
 比喩には,直喩(シミリー)と暗喩(メタフォア)とがありますが,アリストテ
レスも,その「詩学」の中で,表現として暗喩は最も大切である,としているし,
ホラチウスなども,暗喩は詩人の重要な技術だ,これなしにはどんな天才といえど
も仕様のないものだという意味のことをいっています。なぜ仕様のないものかとい
うことは,前記ヒュームの言でも明らかでしょう。実際,詩の機能を完全に発揮す
るには,この方法の自由自在の駆使こそ不可欠の要件であるといえましょう。
 十九世紀後半にフランスに起こり,二十世紀初めにわが国に伝わった象徴主義が,
その方法の根本を,この比喩による「暗示」の方法に求めていることは普通に知ら
れているところですが,訳詩集「海潮音」で上田博士が,わが国最初の象徴の本義
を説いた序文の中で,象徴というものは,その助けをかりて詩人の感想に類似した
一つの心の状態を読者に与えるもので,必ずしも同一の概念を伝えようとするもの
ではないが,そこに詩人も説明できないような妙趣をとらえることができるもので
ある。と,説いています。今から考えると,この上田博士の象徴の説明は,詩論的
にいっても心理学的にいっても,きわめて素朴で,大雑束なものですが,いずれに
しても大体こうした意味で比喩,ことに暗喩は全く象徴の原型をなすものと考えて
よいでしょう。
 
 
<直喩について>
 
 比喩には直喩と暗喩の二つの方法があることは前に言いましたが,直喩とは,た
とえば,
       犬      安西 冬衛
 
   彼女は西蔵の公主を夢にみた
 
   寝床は花のようによごれていた。
 
のごとき場合です。寝床は,よごれた花によって直喩されています。この場合のよ
うに二つの事物,比喩するものと比喩されるものとが,直接に「ように」という類
似を示す言葉によって結びつけられるのが原則です。そして二つの異なった事物の
間の類似相(アナロジイ)は,この「ように」につづく言葉「よごれていた」によ
って説明されるのが普通です。この場合では,寝床の特殊な状態は花の「よごれた」
特殊な状態によって,説明され,明らかにされています。
 この詩から察せられる,愛玩される高貴な牝犬の,寝床の特殊な様相の感じは,
普通のいい方では,どうにも表しようもないでしょう。それが,「花のようによご
れている」という比喩の一語によって,寝乱れた貴婦人のベッドのような,何とも
言われぬその様相を,はっきりそこに浮かび上がらせています。
 つまり,その比喩は普通の散文的言葉ではとりだし得ない事物の本質を,私たち
の眼前に提出していることになります。このように比喩が適切有効に使われている
詩をみますと,散文とちがって,詩とはいかなるものであるかが,はっきりとわか
ってくる気持ちがするでしょう。また,そのように比喩とは大切なものであるとい
うこともわかってくるとおもいます。
 すぐれた比喩が使えるか使えないかということは,詩の死命の大半を制する,と
いうことは,それが単なる技術上の修練などのよって得られるものではなく,比喩
の能力そのものが,深く詩人の認識の世界に根ざして生まれてくるものだからです。
 すぐれた比喩は,直喩の場合と,安喩の場合に限らず,必ず比喩される言葉の作
りだすイメージの領域を,急激に拡大し,それ単独の言葉では達せられないような
新しい経験の世界を創造するものですが,つまらない比喩は通常の連想以外,なん
の新しい経験の世界も創りだすことがありません。言いかえればそれによって比喩
される事物から,何ら新しい存在の意味が引きだせないとも言えます。
 これが,いちばん早い比喩の価値の判別方法であり,ひいては詩人の能力の測定
方法にもなります。
 
       乱酔      小熊 秀雄
 
   遊蕩児のように
   卑しい情歌を歌う
   スリ,悪漢のように
   指を動かしてものを握る
   握ればすぐ放し
   捕えれば砕いてしまう
   ああ,大馬鹿者の乱酔は
   さびしき限りなし
   怒って電信柱に突貫すれば
   電信柱は少しも妥協しない
   押しあい,へしあい,引き分けとなる
   しばし街灯の
   仄かな光のもとに睨み合う
   やがて呵々と大笑して
   大馬鹿者,電信柱に
   頬ずりして袂別する
 
 という,プロレタリア詩人の詩にあらわれた比喩をとりあげて見ると,乱酔の「
大馬鹿者」は,卑しい情歌を歌うとうことによって,「遊蕩児に比喩され,」指を
動かしてものを握るということによって,スリ,悪漢に比喩されているわけですが,
卑しい情歌を歌うという,遊蕩児に関する平凡で,習慣的認識は,乱酔者の様相に
ついて,少しも新しい経験世界を開示することに役立っていません。遊蕩児を持っ
てくることによって,乱酔者の存在性は,何ら常識以上に新しい面を示すことがな
いのです。
 又指を動かしてものを握るということで,スリ,悪漢と乱酔者を結びつけようと
する比喩の形を取っていますが,これには,全然比喩の効果がなく,というよりも
比喩の形さえなしていません。なぜなら,指を動かしてものを握るということは,
スリ,悪漢の特性ではなく,人間や猿の一般的行為ですから,そうしたアナロジイ
によっては,比喩される乱酔者に何の変化を与えることもできないのです。
 こうした,遊蕩児,スリ,悪漢などという,比喩は,乱酔者の存在性に何ら新し
い特性を開示していないと言う点で,無いと同じことで,全く無駄な比喩といわね
ばならないでしょう。
 このような比喩に見られる粗雑で,常識的な詩的認識は,この詩全体にも行きわ
たって,この詩を読んでもわかるように,テーマである乱酔者について,常識以外
に何ものをも私たちに感じさせないごくつまらない作品としているのです。
 このように比喩のアナロジイが常識的であるために,その効果がゼロに帰するこ
とはしばしばですが,アナロジイそのものに重大な欠陥がある場合もその効果はゼ
ロになります。
 
       慰安      百田 宗治
 
   夕暮れはしづかな軌の間にただよふ
   仄かな白いひかり
   梢から梢に
   音もなくすべり落ちる風
 
   空の一方は明るい。
   透明な絹ばりの空気の奥に
   上げられた休戦旗のやうに
   星が光る。
 
 この場合は星は,休戦旗によって比喩されこの両者は光るというアナロジイによ
って結ばれているわけです。しかし星からは「光る」というイメージは得られます
が,休戦旗からは何としても,星の光に類似する属性は得られません。
 又「光る」こと以外の何らかの類似相を求めようとしても,星と休戦旗の間には,
その形態上からいっても結びつく何物もありません。この比喩は全くゼロに帰し,
これによって星について私たちのイメージの領域は何ら新しく開示されることもな
く,拡大されることもありません。
 
 
=====================================
 
 長くなりました,今回はこれまでにしましょう。
 
                                 SOME
 
 
 
 
#1566 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (TRIMOON ) 92/ 9/ 8 21:47 ( 15)
『短詩』について              TST
★内容
    先日のOLTでも話題になったのですが
    短詩=一行詩 というように考えてしまって良いのでしょうか?
    近頃なかなか『詩』という形でまとめあげることができないので
    一度挑戦してみようかななんて思ってます.
 
      いかがでしょうか?
 
               TST
 
 
 
 
#1570 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 92/ 9/11  6: 7 ( 18)
短詩>歴史という名の夢        UKG
★内容
  心臓がひとつ鳴った ああ、と思う
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 解説 はじめ、「心臓がドキッと鳴く ひとつのため息がもれた」としたので
    すが、ちょっと型にはまりすぎているかな、と書き直しました。尻切れ
    トンボとも思うのですが、余韻を残した方が・・・。やっぱり逃げかな
    。添削のほど、よろしくお願いします。
 
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 SOMEさんの博識というか、碩学には頭が下がります。どうか、わたしども
をとことん訓育して下さい。
 
    ビザ(ピザじゃないよ)用の写真をとったら、やっぱり指名手配のUKG
 
9/10
 
 
 
 
#1571 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 92/ 9/11 20:21 (131)
『あなたも短詩を』その5.        SOME
★内容
『あなたも短詩を』第五回
 今回はRes特集(^_^;)となりました。
 
●TSTさん
 そうですね,『短詩=一行詩』ではありません。ただ,今の所私の力がないため
に多行の詩のどこまでを短詩として良いのか判らないのです。
 私は二十数年前山村祐さんの提唱されていた「短詩」に魅力を感じ,作り始めま
した。ただ盲滅法作っていただけで,何の理論武装もしていませんでした。ですの
で,今の所,提唱者であった山村先生の論,及びその周辺の方の意見なりを借りて,
みんなで考えて行きたいと思っています。
 そんな中でこのSIG流の短詩が生まれるかも知れませんね。浅学ながら,その
お手伝いが出来ればと思ってこの勉強会(?)を開きました。
 
 さて,例えば第四回の<直喩について>に掲げた
 
       犬      安西 冬衛
 
   彼女は西蔵の公主を夢にみた
 
   寝床は花のようによごれていた。
 
は,題を一行とすると,三行の詩ですね。イメージの展開も見事ですし,「花のよ
うによごれていた」で読者を魅了し,泉鏡花の世界を覗いた気持ちにもなります(
私だけかなぁ?)。短詩の要素は備えていると思うんですが,どうでしょう...
ちょっと長い気がするのですが...。
 同じ作者の有名な詩に
 
       春
 
   てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った
 
がありますが,これは短詩ですね。どこがどうだから...と説明できないのが悲
しい。
 ここで山村先生の文章を載せます。
=====================================
『 「一行の詩と多行の詩」      山村 祐
 
 俳句誌や川柳誌では,読者は予め,それが一行の詩であることを期待して読んで
くれるが,私たちの一行の詩には読者に必ずしもその予期は与えられていない。揃
べられた数篇の一行詩を一篇の詩作品と思いこんで,父子で検討してみたがどうし
ても理解できなかったという笑えない話もある。
 一行の詩は,一行で完結した世界をその体内に展開させていなくてはならない。
読者にそれを納得させなくてはならない。従って,一行の詩には一行の詩としての
性格が生まれてこなくてはならない。
 「短詩」誌は,一行の詩というをまず表面に押し出してきた。一行で完結する詩
的世界の創造方法を検討するために。その創造方法が俳句や川柳とどう違うかを見
きわめるために。
    *
 私は人間の生理的な条件を重視して,短詩を一呼吸の詩と規定してきた。しかし
一呼吸のうちに快適に読み切れる範囲は昔と大分条件が変わっている。
 詩が声を出して読まれることの多かった時代から,現在は活字文化の深化によっ
て,黙読されることがむしろ普通となった。黙読といっても頭の中で声を出して読
んでいることもあり,単に眼で活字を追っていることもある。いずれにしても,声
を出して読まれるときと活字で黙読されるときと,二つの読み方がはっきりしてき
た。従って,一呼吸で快適に読み終える範囲は,かなり拡まっていると言えよう。
声を出して読む速度と,黙読の速度とにはかなりのひらきがあるのだから。
    *
 リズムがある時間継続されると自然にメロディの要素を生むという考えが久しい
前から私の頭を離れない。何処かで読んだものなの,自分で考えたものか,今では
定かでない。このことと,短詩形作品は一呼吸詩だという考えとは密接に関係があ
るように思う。
 定形短歌には昔から朗詠の習慣がかなり行われてきたが,俳句や川柳にはそれが
ごく少ないことを以前書いた。『短歌の朗詠では,575をよみあげてから,次の
77に移るとき,声の調子を変えて読むとよみ易いし,美しくも聞こえます。例え
ば初心講座3の例歌の<玉の緒よぉ絶えなば絶えねながらえばぁ>と声に張りをつ
けて高々とよみ,次に<忍ぶることの弱りもぞするぅ>に移るときは,呼吸を変え,
声を低く弱々しくうたうことによって,効果をあげます。このことは,短歌の定形
は,二呼吸によまれる性格をもつことを示すものと言えます。』(「短詩」No.
5初心講座5)
 しかし私には短歌の性格がまだよく掴めて以いない点がある。特に最近の非定形
短歌には,一呼吸詩への接近が感じられるものがある。短歌の構成の変化にもよる
が,朗読と黙読に違いも作用しているのであろう。
 いずれにしても,定形短歌は呼吸を変えてよまれるときメロディの要素を生み,
一旦メロディの要素を生んだとき,更に次々とメロディを展開させてゆきたい欲求
と,それを圧さえる気持ちとの双方が働くのではあるまいか。短歌の朗詠で終わり
の77を2回繰返すことや,かつて寺山修司氏が「短歌は歌謡曲になれ」という意
味の言葉を吐いたことは,短歌のそうした性格を示しているように思う。
 俳句,川柳,短詩の音量は,リズムがメロディの要素をまだ生まないところに,
その限界を求めたい。私が短詩を,呼吸を変えないで一呼吸のうちによむ詩と考え
る根拠の一つはここにある。
    *
 一呼吸の詩とは,その体内に断絶や休止感を持たないということでは決してない。
またそれは必ずしも一行の詩とは限らない。三,四行に行分けした,いわゆる多行
形式のの一呼吸詩があっても差支えない。俳句や川柳にはこうした試みはすでにあ
った。俳句の高柳重信氏や川柳の松本芳味氏など。
 「短詩]誌でこれから多行形式を試みるとき,その作品が高柳作品や松本作品と
どう違うか,の検問をうけることを,将来は覚悟していなければならないだろう(
高柳作品や松本作品が,それぞれ俳句であり川柳であるならば)この辺はかなり微
妙な点だ。もちろん作者は俳句であり川柳であると考えている。そのタイトルで発
表しているのだから。しかしこの二人の作家が,俳句の枠,川柳の枠を踏み越えて
いたか,いなかったかについては,なお検討の余地が残されている。しかし私は看
板の名称争いを試みようとするのではない。二人の作品が現代的な発想に支えられ
ていると考えるならば,その作品の検討は決して無意味ではないことを言っておき
たいのである。
    *
 短詩形式(私の考えでは一呼吸詩)を前提条件として承認する詩人と,これと別
に,ポエジーの要求に従って,長くも短くも作品を書く詩人とがいることを前号で
振れ触れた。私はこの両者をジャンルの問題として,最短詩形の詩と,現代詩とに
分けて考えてみた。現代詩から出発してきた私は,後者の短い詩にも充分な魅力を
感じている。
 ここで私は提案したい。もし欲求の烈しい詩人がいるならば,短い多行形式の作
品を寄せて欲しい。いずれにせよ「短詩」の性格は,魅力ある作品によって,おの
ずから明らかにされてゆくに違いないのだから。              』
=====================================
 以上が「短詩」23号の巻頭言に載っていました。私はこの23号から読み出し
たのでした。
 
 第二回でUKGさんに「今の所『題』はなしで「一行の詩」と限定させて下さい。」
と書きましたが,早くもここで『限定解除』しましょう。『題つきの短詩』『多行
の短詩』もUPされて結構です。その中から短詩の姿が浮かび上がってくるかもし
れません。
 
 TSTさん,ぜひチャレンジなさって下さい。
 
 
●SASさん
 わたしもアンテナは錆び付いております。感性が摩滅してしまったかと思われま
す。しかし,なんとか取り戻したいと自分を叱詫激励する意味もあって,いろいろ
書いています。団塊の世代は頑張るのだ(^_^;)。
 
 
●UKGさん
 ええと,TSTさんへのResを書いていたら長くなりましたので,作品への感
想はまた後日とさせて下さい。申し訳有りません。
 あ,ちょっと教えて下さい。タイトルの「歴史という名の夢」は,詩の一部でし
ょうか。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
第五回 終わり
 
                                 SOME
 
 
 
 
#1573 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 92/ 9/15  6:18 ( 10)
タイトルも・・・           UKG
★内容
 一行に数えるとは、うっかりしていました。鈴木とか高橋ぐらいにしか考えて
いませんだした。うむ、短詩は奥が深いぞ。
 で、わたしの「歴史の・・・」は、たんなるタイトルで、深い意味はありませ
ん。本文は、一行だけのつもりです。よろしくお願いします。
 短詩は、わずか一行に切りつづめたところに、魅力を感じているのですが、ち
ょっと頭が硬いかな。
              団塊の世代のはしくれ、UKG
 
9/14
 
 
 
 
#1577 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 92/ 9/17 19:19 (200)
『あなたも短詩を』その6.        SOME
★内容
『あなたも短詩を』第六回
☆UKGさん
 では,早速感想をば。
 
  「心臓がひとつ鳴った ああ,と思う」
 
 #1545でUKGさんがおっしゃっていた
   >短詩は、作者の感情をぎゅっ、と閉じ込めたものを、読み手が一気に開放
   >してあげる、そんな爆発的なエネルギ−を秘めていなければならない
は,正に核心をついた言葉です。短詩の一つの柱で,破裂寸前のゴムマリを模した
「ゴムマリ論」の中心を成すものと思われます。もう一つの柱は「一呼吸論」です。
 で,この作品を前に...残念ながらぎゅっ,と詰め込んだUKGさんの感情を,
私では開放して上げられなかった...。申し訳有りません。『心臓がひとつ鳴っ
た』だけでは作者の「思い」が伝わって来なかったのですょ。漠然としていて,も
う少し「状況説明」みたいなのがあると助かります。病院なのか,舞台の上なのか,
突然なのか,予期できたのか,ご自分の鼓動なのか,肉親の鼓動なのか...
 また短い形式ですので,同じ意味の言葉の使用は避けましょう。「ああ,と思う」
の「と思う」は余計だと思います。「ああ」だけで充分判りますし,余韻も残りま
すね。
 それと,元の案は心臓が「鳴いた」事になっていますが,こちらの表現の方が良
いのではないでしょうか。そして「なく」にも「鳴く」「泣く」「哭く」などの漢
字があり,それぞれ微妙に意味あいが異なります。
 
   「心臓がひとつ鳴いた ああ」
 
   「心臓がひとつ泣いた ああ」
 
   「心臓がひとつ哭いた ああ」
 
 こうして見ると,やはりまだ「ある詩の中の一行」である,という気がしてきま
す。
 厳しいことばかり言って申し訳有りません。これに懲りずに,また作品をUPし
て下さい。
=====================================
 短詩の作品の紹介を,それ程していない事に今ごろ気づきました。そこで,今回
から十篇位づつ紹介して行きたいと思います。なるべく,いろいろな傾向の作品を
紹介したいと思います。
 
 ☆三枝 宏子
   「朝日が海を流産する春少女は素足で家出する」
 
   「落日さぁん 何処だ何処だとビルは夏の墓」
 
   「白骨列車折り重なって走る週末は晴れるみこみ」
 
 ☆早川 琢   ノスタルジー
   「ペリカンの郷愁凍らすな 檻の舌だす冬陽」
               マルキブネ
   「唖のむし 抱いて女体の独木舟」
 
 ☆道上 大作
   「一人真顔残して痒い痒い月光」
 
   「一人去り二人去り 静かに鏡の割れゆく夕べ」
 
 ☆坦ケ 真理子
   「こんなに濡れて 紙飛行機の夕暮」
 
 ☆谷口 慎也
   「スバッと切り落とされた坂道 秋空の一枚のカミソリ」
 
 ☆中島 昇
   「僕らが原住民草笛吹いて生きている」
 
=====================================
 
 次はまた,村野四郎さんの「現代詩を求めて」から,『暗喩』を書き抜きします。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<暗喩について>
 暗喩の形は,以上のべた直喩とは異なり,「ように」以下が省略されています。
つまり直喩の場合では,「ように」以下の言葉によって,二者間のアナロジーが説
明されているわけですが,暗喩においては,二者間の類似性相を説明する何ものも
呈示されていません。
 つまり直喩のように,比喩の世界を狭く説明的に限定してしまわないのがその特
徴です。
 
       夜の天     草野 心平
 
   天は
   螺鈿の青ガラス。
 
   しらくもの川は。金米糖の星星は。
   虹のやうないくつもの層をくぐれば。
 
   ずんずんずんずん。
 
   火を噴くひまわり。
   とろけるザボン。
   渦巻きまわるかたつむり。
 
   地にふれる空気天からはじまって太陽の熱や億万馬力。宇宙の場から生る
   エネルギーはなだれてくる。人間よ普遍であれと祈るやうなその普遍。
 
   実在はしかし。
   涯なく暗く。
   天までつづく田ん圃によどむ天を踏み。
 
   きらめく螺鈿の下。
   をゆく。
 
 この詩では「虹のやうな」の直喩をのぞけば,ほかの比喩は全部暗喩です。「天」
は,螺鈿(磨かれた貝殻)をちりばめた青ガラスによって暗喩され,天の川は,し
らくも(頭髪中の白癬)によって暗喩され,星々は,金米糖によって暗喩されてい
ます。けれども「天」は,どういう点で「螺鈿の青ガラス」であるか,天の川は.
どういう点で白癬であるか,というようなことは明示されていないのです。つまり
二つの言葉の間のアナロジイは全く説明されず,結論だけを与えて,二者間に通ず
る類似相の発見の自由を読者にゆだねているわけです。
 最初の暗喩において,「天」は,螺鈿をちりばめた青ガラスの様相からよびおこ
される読者のイメージに寄っよって,「天」というただの概念の外皮をやぶり,そ
の中から夜の天の特殊な存在の相を現してきています。
 つまり一つの対象は,この比喩によって初めて新しい存在の意味を開示している
わけです。
 暗喩はこのように,直喩とちがって,アナロジイを説明するすることによって読
者のイメージを限定しないところに,一層広汎な暗示の世界を持つものですが,こ
の方法は,しばしば作品の論理や情緒の秩序を非常に複雑,難解なものにする傾向
があります。
 ことにその暗喩の形が,変形して作品中にあらわれてくる場合とか,暗喩の機能
が作品全般にわたる場合などは,読者をとまどわせる場合がしばしばです。
 この作品においても「火を噴くひまわり」「とろけるザボン」「渦巻きまわるか
たつむり」は,なにものかを暗喩しているにちがいないのですが,そこには比喩さ
れる主格が呈示されていません。変則的な暗喩の一例といえましょう。
 しかし敏感な読者は「火を噴くひまわり」と「とろけるザボン」の暗示するもの
が暗雲の間にかがやく月であり,「渦巻きまわるかたつむり」の暗示するものが,
それをとりまく星雲であることを感知することができます。そして読者は,この主
格のない三つの暗喩によって,夜天にうずまく雲と月とを,動的に,心中に作像す
ることができるでしょう。
 前の場合は,変則的な暗喩ですが,作品全体が暗喩の形をもつものの例として,
特殊な作品を一つあげて見ましょう。
 
       思ひ出     北原 白秋
 
   思ひ出は首すぢの赤い螢の
   午後のおぼつかない触覚のように
   ふうわりと青みを帯びた
   光るとも見えぬ光?
 
   あるひはほのかな穀物の花か,
   落穂ひろひの小唄か,
   暖かい酒倉の南で
   ひき揉しる鳩の白いほめき。
 
   音色ならば笛の類,
   蟾蜍の啼く
   医師の薬のなつかしい晩
   薄らあかりに吹いているハーモニカ。
 
   匂ならば天鵞絨,
   骨牌の女王の眼,
   道化たピエローの面の
   なにかしらさみしい感じ。
 
   放埓の日のようにつらからず
   熱病のあかるい痛みもないやうで,
   それでいて暮春のやうにやはらかい
   思い出か,ただし,わが秋の中古伝説?
                 レジェント
 
 この詩は,白秋の有名な処女詩集「思ひ出」の序詩ですが,ここでは,比喩され
るものは「思ひ出」というただ一つの主題,その情緒的な生理の本質を説きあかす
ために,それ以後のすべてが暗喩する役割をもってかきつらねられています。「螢
の光り」も「穀物の花」も,あるいは「落穂ひろいの小唄」「鳩の羽毛のほめき」
「笛の音」「ハーモニカ」「天鵞絨」「トランプの女王の目」「ピエローの面」「
放埓の日」「熱病の痛み」「暮春のやわらかさ」「秋のレジェンド」など,これは
みな少年の日の思い出にかかり,思い出の情緒を暗喩するために取りあげられてい
るのです。
 そればかりでなく,暗喩するものそれ自体が複雑微細に形容され,あるいはそれ
が更に直喩され(第一連),複綜した感覚の交響のうちに,主題である「思い出」
という感情の生理が明らかにされています。
 
    (中略)
 
 詩人の詩的思想が複雑になり暗喩的意識が微妙になればなる程,暗喩の世界は広
大になってきて,それにつれて適確なアナロジーがなかなか捕捉しにくくなります。
次の詩は西脇順三郎の詩集「旅人かへらず」の中の一節です。
 
       一一三     西脇 順三郎
 
   あかのまんまの咲いてゐる
   どろ路にふみ迷ふ
   新しい神曲の初め
 
 この詩も,作品全体が一つの暗喩からなりたっているものですが,ここまでくる
と暗喩そのものの形さえ,かなり定かでなくなってきています。比喩するものも,
比喩されるものも,それらは単に物の形態とか情緒とか,思想とかの単独の類比だ
けにとどまらず,それらを混合した,非常に複雑で,広い暗示の領域を,その双方
が互いにもち合って接触しています。
 従って,こうした暗喩の世界では,アナロジイをもとめる読者に広汎な想像の自
由がゆるされていますから,これはこうだと適確に自信をもって言いきれませんが,
ここでは「あかのまんまの咲いている どろ路にふみ迷う」という事件が,「神曲
の初め」によって暗喩されていることはたしかです。
 水引草が倒れている,この現世のどろ路にふみ迷っている,詩人の内部の孤独と
憂悶の様相は,ダンテの神曲・地獄篇のイメージによって,ここに開示されている
と見ることができましょう。
 一見ただごとのように,とある郊外のどろ路をあるく詩人の姿は,この比喩によ
って,たちまちすさまじいその内的真実を読者の前の物語ろうとします。
 こうしたすぐれた比喩は,それが読者に対して,一事物に関する全く新しい知覚
の経験世界を示すことにおいて,一篇の作品が詩であるための重要な役割を示すも
のなのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 200行だ。長すぎましたかねえ。                SOME
 
 
 
 
#1580 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (MBH38915) 92/ 9/19  9:27 ( 17)
短詩>2つほど書いてみました        KNO
★内容
 短詩といえるかどうかわかりませんが、UPさせていただきます。
 
 
 「拳を握りしめても 爪のあとしか残らなかった」
 
 
 「言いたい言葉、伝えたい言葉は 午前3時の天気予報」
 
 
 「ある詩の中の一行」にならないように努力したつもりですが、どうでしょうか。
これ以上言葉があっても説明的になりすぎるし、これ以上削っても意味が消えてしま
う。でも、言葉の意味や、ニュアンスというのは個人個人のもっている言語で違って
くるので、その点では、上の二つは削りすぎなのかもしれません。まだ「ある詩の中
の一行」なのかもしれません。
 また、がんばります。
 
 
 
 
#1581 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (JRJ61008) 92/ 9/20 11:37 ( 19)
おひさしぶりです。           FRB
★内容
 「きまぐれ・・・」に書き込むのは何ヶ月振りでしょうか。
 すっかり御無沙汰してます。
 悩んでいる訳ではないのですが、何故か詩ができなくって・・・
 夏は思考能力が低下する???
 しかし、もう秋になってしまって、こんな言い訳も通じない・・・(^^;)
 
 最近、短詩なるものが試みられていますね。
 いつも、SOMEさんの解説を楽しみにしています。
 
 連続した詩の中の一行にならないようにというのは、ちと難しいですが、
 私も二つばかり考えてみました。こんなん、どうでしょうかねぇ。
 
 「花ひらく 貴方が故に   さぁ、ごらんっ! 朽ちて逝く様」
 
 「ガラスの縁で傷ついた指 赤の海に沈む想い出」
 
                  FRB@ん〜いまいち抜けきれないなぁ
 
 
 
#1583 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 92/ 9/22 19:24 ( 64)
『あなたも短詩を』その7.        SOME
★内容
『あなたも短詩を』第七回
 今回は実作の解説です。
 
☆KNOさん
 投稿有難うございました。
  紺>言葉の意味や,ニュアンスというのは個人個人のもっている言語で違って
   >くるので
 そうなのですね。ですから人によって解釈に差が出てきたりするのは,そういう
意味では当然ですね。しかし,良い詩というものが,大勢の人の感動を呼びますよ
ね。この問題は,詩だけにとどまらず,芸術全般に言える問題で,面白いのですが
今は止しましょう。しかし,現代詩は読み手にも言葉の勉強を迫っているのも確か
だと思います。
 
 閑話休題...。
 
 
 「拳を握りしめても爪のあとしか残らなかった」
 
 これは,たしかにこれ以上削ると意味が消えてしまいそうですね。しかし,そこ
からもう一歩踏み込んでみて下さい。例えば「拳 手の平の爪のあとだけだ」でも
同じ意味になりませんか?「握りしめても」は「拳」に含ませたい気がします。そ
の代わり「手の平」で補いましたが。...「手の平の爪のあと」も長いですねぇ。
どのような気持ちで握るのかも表現して
 「拳は爪のあとだけ残すピエロの涙」
ではどうでしょう。最後の「ピエロの涙」は自分でも余り良くないなァ,なんて思
いながら書いてしまいましたが。KNOさんの拳を握る気持ちは,どんなものでしょ
う?
 
 
 「言いたい言葉、伝えたい言葉は 午前3時の天気予報」
 
 短詩ですね,これは。「午前3時の天気予報」が読み手のイメージを拡げて良い
と思います。しかし前半の「言いたい言葉、伝えたい言葉」は長いです。もう少し
別な言い方はないかなぁ...。
 
 
☆FRBさん...初めてのResの気がしない(^_^;)。
 短詩に興味を持って頂いて,有難うございます。
 
 「花ひらく 貴方が故に   さぁ、ごらんっ! 朽ちて逝く様」
 
 うーむ,上手だ。まさに短詩ですね。本当に初めてなのですか?「朽ちて逝く様」
に思いが込められています(「逝く」が私の感性をくすぐります)。困ったなぁ,
私よりお上手ではないですか。ンンン...何か言わねば(笑)。そうか,大分短
歌よりの作品ですね。「現代短歌,現代俳句とは違う」と山村先生もおっしゃって
いますが,この辺になると私もよく判らない。前回に紹介した作品の内,道上大作
さんの
 「一人去り二人去り 静かに鏡の割れゆく夕べ」
は短歌のような気がしますが,この作品と同じ体質を持っているのかな。
 ともあれ,優秀作品!
 
 
 「ガラスの縁で傷ついた指 赤の海に沈む想い出」
 
 こちらは余りイメージが膨らみません。全部の言葉が同じ事を言っているのでし
ょう。「傷ついた指」は「赤の海に沈む」しかない,それはそうなのですが...
ストレート過ぎる気がします。別に複雑にしろ,と言うのでは有りませんが...。
 
 
今回は以上です。
 
                                 SOME
 
 
 
 
#1585 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 92/ 9/25  5:56 ( 32)
SOMEさん、添削ありがとう     UKG
★内容
 いろいろご指摘を受けましたが、特に、「ああ、と思う」が重複しているとい
うところは、肝に銘じました。無駄を省くこと、それを心がけたのですが、なん
ともトンチンカンな方向を向いていたようです。どうも詩的センスに欠けるよう
で情けないのですが、もうしばらくお付き合い下さい。ある詩人は、わずか一行
の詩を書くのに、原稿用紙100枚を費やしたという話もありますから、わたし
も、せいぜい10枚は無駄にするぐらいの気持ちで再度挑戦してみようと思いま
す。
 
 SOMEさんが紹介してくれた作品では、
 
☆三枝 宏子
 「朝日が海を流産する春少女は素足で家でする」
 
☆坦ケ 真理子
 「こんなに濡れて 紙飛行機の夕暮れ」
 
 の2作が気に入りました。やっぱり、詩の醍醐味は「驚き」にあるんですね。
 
 KNOさんの、
 「言いたい言葉、伝えたい言葉は 午前3時の天気予報」
 には虚をつかれた、という感じです。「午前3時の天気予報」がなんと言って
も印象に残る力を持っていますね。
 
 FRBさんの、
 「花ひらく 貴方が故に さぁ、ごらんっ! 朽ちて逝く様」
 は、なるほど秀作ですね。く、悔しい・・・。
 
 
                   都々逸風短詩で優秀賞を狙うぞ!!
9/24
 
 
 
 
#1589 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (JRJ61008) 92/ 9/27 13: 3 ( 24)
短詩>SOMEさんありがとうございます FRB
★内容
 私の拙作に過分なお誉めの言葉を頂きましてありがとうございます。
短歌よりの作品との解説で、私が少し物足りないと感じていた理由が
わかったような気がします。五・七・五・七のリズムだったんですね。
 「花ひらく 貴方が故に   さぁ、ごらんっ! 朽ちて逝く様」
この短詩にはリズム感があり過ぎるような気がします。もっとリズムを
崩してしまった方がより響くような感じがします。具体的にどうすれば
いいのかは、今のところちょっと思い付きませんが。
 
 第二作めの方は確かにストレート過ぎますね。驚きも凄味もない作品
でした。まぁ、数打ちゃ当たる鉄砲の一発目が偶然当たって、二発目は
いつもの如く外れたというところでしょうか。(^^;)
 
 「あなたも短詩を」のおかげで短詩の存在を初めて知りました。
SOMEさん、ありがとうございます。
 
・・・・・・
 
 凝りもせずまた書いてみようと思います。
 
 「淀みに咲く小さなブラウス 大海への夢昇天」
 
                            FRB
 
 
 
 
#1592 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (TRIMOON ) 92/ 9/30  3:19 ( 21)
短詩・・・・ものはためしと..       TST
★内容
    NMTさんの書き込みの中の“鏡”が
    妙に印象に残ったので短詩にチャレンジしてみましょうか?
    もちろんオンラインなのですが...
    はてさてどうなるのでしょう??
 
      鏡の中 涙と一緒に脱ぎ捨てた髪
 
    多少 説明不足ですけど
    そこがまた良いかも??
    どんなものでしょうね?
 
 
                TST
 
 
 
 
 
#1593 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (TRIMOON ) 92/ 9/30  3:24 ( 13)
うぅむ..                 TST
★内容
    いまいちなのでもうひとつ....
 
      入学の朝 鏡の自分に照れ笑い
 
    こっちのがはっきりしてますね.アハ...
 
 
                 TST
 
 
 
 
#1594 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 92/ 9/30 20: 0 (122)
『あなたも短詩を』その8.        SOME
★内容
『あなたも短詩を』第八回
 まずRESです。
●FRBさん
 素敵な作品をたくさん作って下さい。
 そうそう「花ひらく 貴方が故に ...」を後から考えていましたが,『貴方
が故に』が,余りにもハマリすぎているみたいですね。いわゆる−クサイ−という
言葉が当てはまりそうな−らしさ−ですね。『貴方』という言葉自体は欲しい気が
します。思い切って
  「花をひらかせ 貴方のためよ。 さぁ,ごらんっ!朽ちて逝く様」
うーーむ,ちと積極的過ぎてダサクなってしまったかな。短歌からは少し離れたよ
うですが。
 新しい作品の解説は次回にさせて下さい。
 
 
●NMTさん
 別に知識が広い訳ではありません(^_^;)。本からの書き抜きですから。
 本は読みますが,中身はすぐ頭から流れだしてどこかにいっちゃいますねぇ。た
だそれでも,あの本のあそこら辺に関係した文章があったな,とは憶えています。
学校の試験とは違い,何も見ないで解答する必要もないと思うことにしています。
ただ,もっと言葉の勉強をしなければいけないな,とまた最近思うようになりまし
た。
 ぜひ短詩に挑戦して見て下さい!
 
 では私はギャラリーに恋愛詩をUPしてみようかな。ま,やはり私流の表現にな
りますので素直ではないですが...。
 
 
●TSTさん
 オンライン短詩ですか,凄いですねぇ。しかもなかなかの短詩です。詳しくは又
次回にさせて下さい。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 今回は現代短歌について書いてみます。
 
 皆様ご存じのように「短歌」は「五七五七七」とうたわれ,文語体の表現ですね。
万葉の時代からうたわれ,現代でもまだ詠まれているし又将来も詠まれ続けるであ
ろう「詩形」ですね。
 この短歌もまず言葉が日常語が使われるようになり,形式も崩れて行く方向も見
られます。その時,一体「短歌」とは何だろう...と疑問が涌いてきます。「短
詩」とはどう違うのだろうか。
 
<短歌の内容>
 『古今集』仮名序  紀貫之
「ちはやぶる神世には,歌の文字も定まらず,素直にして,言の心わきがたかりけ
らし。人の世となりて,すさのをみことよりぞ,花を愛で,鳥を羨み,霞をあはれ
び,露を哀しぶ心,言葉多く,さまざまになりにける。」...(古文は苦手だぁ)
 歴史上のある時点で成立した形式は,その内に季節の風物に感応する情趣(風雅)
という美的理念が形成された...と言っていますね(←モロ,受け売りです)。
昔はそれで良かったのでしょう。
 近いところで斉藤茂吉の作品を挙げてみましょうか。
 
   「シンガポール落ちて二日を過ぎし日の
              けふ萬軍のことをおもへる   茂吉 昭和17年」
 
 これは「風雅」どころでは有りませんね。「思想」或は「時局」でしょうか。
 
 心の叫びもあります。
 
   「わが生ももはやこれまでか二階より
                放火を叫ぶ子の声ぞする  吉野秀雄」
 
 実生活そのものもあります。
                  ハフ
   「Y君の辞職きまりし朝はあけて葬りのごとく
                集ひゐたりき        南原繁」
 
   「教授俸やうやく五級に達せしとき
                わが白髪のいよいよ白かり  南原繁」
 
<言葉と形式>
 さて次に言葉遣いですが,二葉亭四迷が「UKG」で,言文一致運動として「口語
文体」を試みました。和歌も尾上柴舟という歌人が「ことに五音の句と,七音の句
を重畳せしめてゆくのは,日本語がおのづから五音七音といふ傾を有った当時なら
ば,自然に出来る方式であったらうが,これを脱した自由な語を用ゐる吾々には,
これに従ふべくあまりに苦痛である。」と言っています。これは明治四十三年の事
です。
 しかし和歌はそんな心配を他所事のように「五七五七七」のまま繁栄しました。
内容としては『古今集』以来の抽象性,視念性に裏付けられたものから,個人や具
体的な事実を重視する方向に向かいましたが。
 そして現代までに,言葉は大きな変化を受けたり外来語の襲来などで,結局口語
を使わざるを得なくなっているのではないでしょうか。
 
 
   「今あなた仕事のことを考えていたのね
                「え?ああ」なんて答える  俵万智」
 
 この作品では,古来『私』の歌であった短歌に『他者』が登場して来ましたね。
 
 形式の問題として,外来語の使用が上げられます。外来語が一語の拍数の多さで,
五七調あるいは七五調を崩す性質があるように思えます。要するに一語が長いので
すね。
 
   「フレードリヒ・ニイチエがまだ
                いとけなく遊びゐたる池のさざなみ  茂吉」
 
 この様な6拍8拍のような字余りの短歌が多くなると,当然ながら全体の拍数も
三十一拍を上回るものが増加して来たのですが,このような使い方をしても読者の
側に受け入れられているのではないでしょうか。小笠原賢二という歌人は「歌人た
ちが三十一音に対して許容量を越えた大きな負荷を加え始めていると言ってもよい。
本来,短歌形式では追求が無理な表現内容を盛り込むことによって定型を酷使して
いる,という印象なのだ。」と述べています。
 
<最近では>
 最近の短歌の作品を数点挙げてみます。
 
   「君のファイルに忍ばせておくラベンダー<沈黙>という花言葉もつ
                                佐藤きよみ」
 
   「青インクには無口な魚が棲むようで書けずにありぬ君への返事
                                佐藤きよみ」
 
   「猫の眼にむかいてそっと聞いてみる「宇宙はなんがつなんにち生まれ?」
                                大滝 和子」
 
 「書けずにありぬ」とか「むかいて」と,まだ文語体ですが内容・表現共に現代
の作品ですね。
 
 
 さあて,表面をさらっと撫でただけですが,短歌講座はこれでおしまい。
                         (参考:短歌研究 10月号)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                               SOME(ソメ)
 
 
 
 
#1595 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (MBH38915) 92/10/ 3  9: 8 ( 15)
ものすごくタイミングが悪いのですが     KNO
★内容
 タイミングがとっても悪くなってしまいましたが、SOMEさん、講評ありがとう
ございます。結局は、読み手は読み手自身の解釈をするべきだと思いますし、書き手
はそれだからこそ書きたいことを、伝えたいことを全身全霊を込めて書くべきだと思
います。その点では、前回は別なことにとらわれすぎていて本当に書きたかったこと
はなんなのか明確にしなかったことが表面に出てしまったような気がします。内側に
あるべきことが知らず知らずのうちに表面に出てきてしまったような、まるでクライ
ンの壷になってしまったような気がします。
 
 もっとがんばらなければ。
 
 「色づき薫る 陽ざしに溶けて 今は秋」
 
 では、また。
 
 
 
 
#1603 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 92/10/13  6: 6 ( 17)
短詩>           UKG
★内容
 
  ことばを重ねてかくした素顔 這ずる思いが指からこぼれ
 
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 いやあ、だめだ、だめだ。どうしても都々逸になってしまう!?
 はじめ、「ことばを重ね隠した素顔」としたのですが、「て」はいらなかった
かなあ、やっぱり。SOMEさんの添削、待ってます。
 
 <おまけ>
 
  あら、蝶が ううん花びらだよ 春が舞う
 
 
                     花粉症がひと休みのUKG
10/12
 
 
 
 
#1606 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 92/10/15 23: 6 (136)
『あなたも短詩を』その9.        SOME
★内容
 前回から大分間があいてしまいました。10日締切のあるものがあって,そちら
に時間を取られてしまいました。申し訳有りません。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『あなたも短詩を』第九回
 
 まず解説(というよりも私の『解読』と言う方が当たっているような気がする)。
 
●FRBさん
 
   「淀みに咲く小さなブラウス 大海への夢昇天」
 
 この作品は,それ程インパクトが強くないですね。前回「ガラスの縁で...」
と同じイメージっぽいですね。前半「淀みに咲く小さなブラウス」が当り前だと思
います。私などは蓮の花を連想してしまう。後半の「大海への夢昇天」は良いので
すが「昇天」という言葉が良く判りません。「ブラウス」と来て「昇天」と来れば
...ゴメン石投げないで!
 別のSIGの話で恐縮なのですが,「海に咲く花」をやっと聴きました。FRB
さんは「海」に対する思い入れがあるのでしょうか。
 
 私は「海」ではないのですが「湖」は,作品があります。
 
   「チャコ 君はレモン浮かべたミシガン湖の味」     SOME
 
 
●TSTさん
 
   「鏡の中 涙と一緒に脱ぎ捨てた髪」
 
   「入学の朝 鏡の自分に照れ笑い」
 
 まず後の作品の方からですが,これ川柳ではないですか?リズムも内容もそんな
感じを受けました。素直で良いのですが,もっと「何か」を言えるのではないか,
と思います。
 
 1作目の方がイメージが豊富で良い短詩と思います。KNOさんもおっしゃってい
ますが「読み手は読み手自身の解釈をするべきだと思いますし、書き手はそれだか
らこそ書きたいことを、伝えたいことを全身全霊を込めて書く」のだと思います。
今までいろいろと作品の解説をさせて頂いていますが,これは皆「私の解釈」なの
です。
 さて「説明不足」と言う事ですが、それはTSTさん側の感じですね。私はこれ
だけで良いと思っています。この作品を読んで、私なりのシチュエーションを設定
できますから。
 内容的には,ちょっと当たり前...のイメージなのです。「脱ぎ捨てた髪」は
良いし,「鏡」も小道具で良いのですが結びつくと当たり前になっちゃう。
 
   「銅鏡のをんなの髪が 一滴涙を吸い寄せる」      SOME
 
なんて,私はやたら陰湿だなぁ。最初は「アリスの鏡が一滴涙を吸い寄せる」と考
えていたのですが...。陰湿ついでにギャラリーの方にも,鏡関係の詩をUPし
ました。2つの内,後の方です。
 
 
●KNOさん
 
   「色づき薫る 陽ざしに溶けて 今は秋」
 
 正直言って,これは俳句ですね。
 
   「色づきて 陽ざしに薫り 今は秋」
 
 私の環境から言って短詩を現代詩として捉えています。抒情短詩ですね。
 「午前3時の天気予報」のようなインパクトのある作品をお待ちします。KNOさ
んなら出来ると思います。
 
 話題は変わりますが,「クラインの壷」ってあの内側を辿るといつのまにか外側
に出ているやつですよね。私はそういう不思議も大好きで,エッシャーのだまし絵
も好きです。
 
 
●UKGさん
 
   「ことばを重ねてかくした素顔 這ずる思いが指からこぼれ」
 
 おまけ?
 
   「あら、蝶が ううん花びらだよ 春が舞う」
 
 まずおまけの方から。これも俳句かなぁ。参考までに次々と現代俳句を発表され
ている俳人・伊丹三樹彦さんの作品を掲げてみます。
 
   「一蝶の飛ぶほかは みな花吹雪」   伊丹三樹彦 句集「花仙人」より
 
 さて主作品の方ですが,ウ−ム都々逸風も良いものですね。この線で迫るそうで,
先が楽しみです。
 さて「重ね」か「重ねて」か...,「重ね」だと本格的に都々逸になってしまい
そうですね。「て」はつけた方が良いでしょう。
 短詩では単純な「順接」とか当たり前の「並列」「形容」とかそういう表現は余り
しないような気がします。この作品ですと「ことばを重ねて」と「かくした素顔」を
別に取り扱うと又,新しい面が見えてくると思います。
 例えば
   「ことばを重ねればかくした素顔から〜」
とすれば少しは広がる感じがするし,更に「ことばを重ねれば」を縮めて「重なるこ
とば」にして、「かくした素顔」を「仮面」とかにすれば
   「重なることばの仮面〜」
と,形式上は順当な形容でも,内容で順当ではなくなっていると思うのですが,いか
がでしょうか。
 更に私流にすると
   「言葉・コトバ・ことばの仮面かぶり 思いは三和土に這うか」
と言う風になってしまいます。
 
=====================================
 短詩の作品の紹介
 
 ☆若生 敬一郎
   「ステンドグラス落下 横向ケ旧恋お大切に」
 
   「勲等持ちの掃除夫 蒸気車去る 雨降る」
 
 ☆早川 琢
   「さぶしさが突然おそってくる蚊取線香の渦に」
    ヒタイ
   「額のあたりにナイフ深く錆びている」
 
 ☆中島 昇
   「校庭の子ら 夕べ団らんの死魚を携え」
 
 ☆坦ケ 真理子
   「微笑にスクラップされたい私。悠子は生きているんだ」
    ヒ
   「灯を消しながら歩いてゆく 所有した一本の道」
 
 ☆鈴木 硲
   「ミシンを踏むと母の夜がこぼれた」
 
 ☆淀川 章子
   「疑心泳ぎきれない器である 女」
 
 ☆三枝 宏子
   「とっても痛みますサラサラ砂の傷くれたひと」
 
=====================================
今回はこれまで。                         SOME
 
 
 
 
#1607 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (FSG50668) 92/10/16  0:59 ( 16)
短詩>        NMT
★内容
 
  木々と楽しい晩餐会 風が踊り 虫が歌う
 
−・−−・−−・−−・−−・−−・−−・−−・−−・−−・−−・−−・−−・− 自分で出来上がったのをみてまず思ったのは「なんじゃこりゃ?」です。どこをどう
説明していいのか分かりません。
 毎日の平凡な生活にあきあきしていたので、こんな楽しい事があればなぁ・・・
樹木と一緒に晩餐会ができればすっごく楽しいと思いませんか。これが樹木じゃなくも人間とならば友達とならばいっそう楽しいと思います。
 
 最初なのでこんなもんしかできませんでしたけどぜひぜひ厳しい批評&添削お願います。
 
                      NMT
 
 
 
 
#1613 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (KRB29863) 92/10/20 17:12 ( 9)
ついでといってはなんですが短詩を一つ・・・  AI
★内容
     「もう何もいらない」そう呟いた私は今どこに・・・
 
    あれ? ちょっと変ですかねぇ?
 
                       AI
 
 
 
 
#1615 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 92/10/23  5:51 ( 21)
お礼>SOMEさん     UKG
★内容
 「並列」「形容」は避けた方がよい、というのはなるほどその通りと合点が行
きました。わたしのように力のないものは、どうしてもことばの量や形容で貧相
をカバ−しようとするようです。いけませんね。
 伊丹さんの、
>一蝶の飛ぶほかは みな花吹雪
 まさしく、そこにきつ立している、そんな迫力があります。まいった。
 
 「短詩紹介」の欄では、坦ケさんの、
 
  「灯を消しながら歩いてゆく 所有した一本の道」
 
 三枝さんの、
 
  「とっても痛みますサラサラ砂の傷くれたひと」
 
 が、こころに残りました。
 
 また短詩(都々逸風)に挑戦しますので、どうぞお付き合い下さい。
 
10/20
 
 
 
 
#1622 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 92/10/28  7:44 (163)
『あなたも短詩を』その10.       SOME
★内容
『あなたも短詩を』第十回
 
 まず前の文章の訂正が有ります。第八回で紹介した「小笠原賢二さん」は,「歌
人」ではございませんでした。御自分で「私は歌壇の諸事情にうとい文字通りの門
外漢にすぎない」とある文章でおっしゃっていました。詩人...でしょうか,詳
しい方のフォローをお願いしたいと思います。
 
 
 さて,Res風解説ですね。
 
●NMTさん
 
 「 木々と楽しい晩餐会 風が踊り 虫が歌う 」
 
 おっしゃる通り,楽しい晩餐会になりそうですね。しかし,素直です。素直すぎ
て困ってしまった。「短詩」って,短い言葉でどこまで表現できるか,イメージを
拡げることができるか...と言うところが本質にあります。一行で「木々と食事
ができたら楽しいだろうなぁ。」だけでは,まだ内容が半分位です。もっと詰め込
んでみたく思えるのです。例えば「「愛している」と思っている彼女(彼)と食事
をしたがフト『木々と食事ができたら楽しいだろうな』と思ってしまった。私は本
当に彼女(彼)を愛しているのだろうか?いや彼女(彼)との食事も木々達との食
事と同様楽しい...では...」と無限に広がりそうな気がします。その位は「
短詩」で表現できると思うのです。
 何か最初から厳しくて申し訳ありません。頑張って下さい!
 
 
●AIさん
 
    「 「もう何もいらない」そう呟いた私は今どこに・・・ 」
 
 この講座の最初の頃の作品
   SASさん 「私が蜘蛛の巣から助けた蝶に私もなりたい。」
   KNOさん   「水平線の向こうを僕は見たかった」
と同じ弱点が有るように思います(SASさん,KNOさんこんな所に引き合に出
して申し訳ありません!)。「何行かの詩の中の一行」という気がするのです。
 内容としても少々漠然としていますね。最初の内は「核」になる言葉を探って,
それに肉付けなさってはいかがでしょう。その過程は今までのRes・解説の中に
書いてきたつもりです。
 もっとうまく説明できれば良いのですが,文章力が足らないためそっけなくなっ
て申し訳ありません。続けて作ってみて下さい。
 
 
 今回の実作はお二人だけでしたね。
 
 では途中で止まっていた,村野四郎さんの「現代詩を求めて」から「比喩のまと
め」を書き抜きます。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<高度な比喩は豊かな想像力から生まれる>
 比喩という表現の方法は,直喩と暗喩とを問わず,それによって比喩される言葉
の機能に新しい生命を与え,新しい任務を賦与するともいえます。比喩する言葉の
思いがけない提出によって比喩される言葉の習慣的な意味のシンボルを破壊し,そ
の衝撃によって,かくされていた言葉本来の意味や態度を,読む人の感覚のまえに
新しく引き出してくれるのです。そしてこの新しい言葉の機能によって,表現され
る存在のかくれていた相を,新しく私のまえに呈示してくれるのです。私たちはこ
の新しい世界の啓示によって,一瞬原初的な驚愕にうたれます。
 それだから,それによって,比喩される言葉がなんらの衝撃もうけず,変化をも
示さないような比喩は無力なつまらない比喩と言わなければなりますまい。これは,
前にものべたとうりです。ところで,このような詰らない比喩は何処かどこから生
まれてくるかといえば,事物に対する常識的な認識,いいかえれば言葉の狭い領域,
さらに言いかえれば想像力の貧困から生まれてきます。たとえば剣といえば氷,飛
鳥といえば矢よりほかに想像できないところから生まれた比喩,即ち「氷の剣」と
か「矢のような飛鳥」といったような詰らない比喩は,剣に対する認識の浅さと,
氷に対する認識の浅さとの共同によってでき上がってきたものです。
 そして,そう表現するよりほかに他に表現する方法を知らないから,習慣的にそ
うした死んでいる比喩を使っているに過ぎないのです。
 通常すぐれた比喩は,日常私たちの普通の連想では結びつかないような二つのも
のの対比によってつくられます。そしてその二つのものの属性の中から予想外のア
ナロジイを見つけだしそれで両者をむすびつけることによって,読者に新鮮な驚愕
を与えるものです。
 
   (中略)
 
 卓越した比喩というものは,外面的な類似では行われない。いつも両者の内面的
な解剖によって発見された一つのアナロジイによって行われるものです。そして前
にものべたように,その比喩によって,比喩される言葉の外皮は破壊され,一時解
体され,さらに高度の次元の意味をもって再び生れかわってくるものです。
 外面的な類似とは,物に対する通念化され,平板化された意識の接触面のことで
す。それは又日常生活内の使用において平板化された言語と言語との接触面だとも
いえましょう。
 言語は前にものべたように,その本質は無限に近く多くの面をもつ多面体ですが,
日常生活においては,ほんの少しの面でしか使用されず,他の面はみな私たちの意
識下に埋没して了っているのです。
 それ故,こうした貧弱化した言葉と言葉からは,他人に驚愕を与えるようなどん
な新しい類似相も引き出されようはずがありません。無限に近い意味の中から,最
も適切な唯一つのものが互に選びだされ,それによって一つのアナロジイが作られ
なければならないはずであります。そしてその世界が広くて,選択が自由であれば
ある程,比喩創造の能力は宏大になるということができます。
 言葉のもつ無限の意味を知ることは,もはやそれは詩の根本問題であります。こ
の問題は単にレトリックと呼ばれる技巧の世界をとおりぬけて,限りなく深く詩の
内面的な世界へと広がって行く問題です。なぜなら,ここまでくれば言葉の本質は,
存在の本質にかかわってくるからであります。
 比喩という言葉の化合物は,その詩人がもつ言葉の領域を測定するに,もっとも
簡便な試験片であります。一つの比喩を分解検討することによって,その詩人の素
質やタレントは忽ち測定されてしまうものです。
 ヒュームは,比喩というものは,次々に寿命を終えて死んでしまうものだ,とい
っています。つまらない詩人とは,そうして死んだ比喩を知らずに使用している詩
人のことです。そしてすぐれた詩人とは,たえず新鮮な生命をもつ比喩を無限に発
明できる能力をもった詩人のことです。ヒュームは又,散文とは,詩人において生
命を失った比喩が保存されている博物館だと言っております。
 いずれにしても,詩が説得の文学ではなく,暗示の文学であるという点からも,
詩は比喩的文学であるといえます。事実,比喩の機能が複雑になり拡大してゆく時,
あらゆる詩の題(テーマ)は比喩されるものであり,作品はそのテーマを暗喩する
ものだともいえるでしょう。
 このように,比喩が単なる修辞学上の一方法としての,図式的な形から,複雑な
変形や複雑な機能にまで発展してゆくとき,あらゆる詩は,一つの主題にむけられ
る一つの比喩であるといえます。
 すぐれた比喩を創造しえない詩人に,すぐれた詩の創造しえない理由も又ここに
あります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 次は,短詩の作品の紹介です。
 
=====================================
 ☆小島 のぶよし
   「気管支にべっとりと錆びついた少女の銃声に初潮はいま」
 
 ☆三浦 以玖代
   「みかん一つころんで 淋しいネ 夫婦って」
 
 ☆坦ケ 真理子
   「耳穴からひき出す父の声ただ割れる氷像消えた妹の後姿」
 
 ☆谷口 慎也
   「土器の裏側を排尿の祖父」
 
 ☆淀川 章子
   「こいびとまほうびんにつめてさませないあい」
 
 ☆墨 作二郎
   「森に座わるピエロの背に苦がき墓地」
 
 ☆吉田 健治
   「天井に星くず口ひげうすい男がねむれない」
 
 ☆平田 守純
   「崩壊へ 青年レンガを積む 杭を打つ」
 
 ☆山坂 乙二
   「明日失くしたらしい 少女が海で拾った性殖気期」
 
 ☆島貫 敏
   「勝ちほこってみる羊歯ほどの骨のきしみ」
 
=====================================
 UKGさん,三浦さんの作品などいかがですか?
 FRBさん,山坂さんの作品はいかがでしょう?
 
 
 いじょ 第十回終わり                      SOME
 
 
PS.うーむ,十回続きましたね。これも皆さんの熱心な投稿があってのことです。
   これからも続けますので宜しくお願いします。
    それと「比喩」の部分の書き抜きが終わりましたので,次は「イメージ」
   の部分を書き抜く予定ですが,何か話題になりそうな「モノ」があればリク
   エストしてみて下さい。出来る限りフォローしたいと思います。
 
PS2. 短詩作品に誤植(笑)がありました。山坂さんの最後の「性殖気期」は
   「性殖期」の間違いです。訂正して読んで頂きたいと思います。オンライン
 
                                 SOME
 
 
 
 
#1623 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (FSG50668) 92/10/29  1:45 ( 17)
SOMEさんどうもです。  NMT
★内容
ありがとうございます。SOMEさん……
 
僕が自分の作品を見て「なんじゃこりゃ」と思ったのもそのせいかもしれません。
 
漫才のつっこみでいうところの「そのまんまやないけー」ってかんじですね。
 
  次回から「イメージ」の話をして下さるそうですが
 短詩ってのはその短い言葉の中にどれだけたくさんの「イメージ」
 をふきこめるかってことなのかなぁ……。
 たくさんあればあるほど短詩を読んだ人もいっぱい想像したりできて
 すっごく楽しいかもしれませんね。
 
 短詩って奥が深いんやなぁー……でもおもしろいですね。
 ≠ワたがんばってかいてみよーっと
 (↑「またがんばってみよーっと」です。ごめんなさい)
 
                        NMT
 
 
 
 
#1627 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 92/10/30 10: 4 ( 24)
嬉しいこと!               SOME
★内容
 以前,カフェ・テラスでも探した事がありましたが,「抒情文芸」という雑誌に
ついて,やっと「嬉しいこと」に行き着きました。
 
 ここで「短詩」を始めてから,短歌や俳句の雑誌を購読していました。一ヶ月く
らい前に「短歌研究」誌に後藤すみこさんのお名前を発見して,やはり御活躍だな,
と嬉しく思っていました。又,先日は川柳関係の本を読んでいて,吉田健治さん,
墨作二郎さん,三浦以玖代さんが神奈川のある川柳の団体で活躍中であるのも知り
ました。そして目玉(!)は,今月の「短歌研究」誌の書評の欄にとある本の評が
載っていましたが,その発行所が「抒情文芸刊行会」であるのを偶然発見し,連絡
先を教えて頂き今日やっと連絡が付いたのですが,やはり,と言おうか本当?と言
おうか,一時廃刊されていた「抒情文芸」の読者だった方が惜しまれて発行元であ
った久保書店から版権を譲っていただいて,17年前から「抒情文芸」を発行し続
けている,と言う事でした。懐かしくて懐かしくて,当時の仲間達のお話をしたり
してしまいました。今は半分以上新しい方が投稿なさっているそうです。なんとあ
の谷村新二(この字で良いの?)さんも「抒情文芸」の読者だったとか...。
 「短詩」は山村先生御高齢のため撰者を退かれ,今は金子兜太先生の撰で「俳句」
になっているそうです(ちょっと残念)。思わずパソコン通信で「短詩」をやって
いるんですよ,と言ったら「私自身は良く判りませんが,読者の方でPC−VAN
に入っていらっしゃる方もいますよ。」とおっしゃていました。
 すぐに購読申し込みをしました(^。^)。
 本が到着したらまた報告します。
 
                         久々に若返った SOME
 
 
 
 
#1634 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (JRJ61008) 92/10/31 13:32 ( 34)
おもわず笑ってしまいました>SOMEさん  FRB
★内容
 だいぶ遅れてしまいましたが、解説(解読?)ありがとうございました。
 
>すが「昇天」という言葉が良く判りません。「ブラウス」と来て「昇天」と来れば
>...ゴメン石投げないで!
 
 これにはおもわず吹き出してしまいましたっ!(笑)。こういう解釈があるとは全
考えていませんでしたので・・・あはは。なるほど、そこをだけ抜き出してしまうと
(抜き出さなくても?)SOMEさんが「...ゴメン石投げないで!」と言われた
のもわかります(笑)。
 
 まぁ冗談はさておき、この作品は、かつて世間に出ることをベッドの上で夢見てい
少女がいた・・・、と言う背景から生まれたものです。このことがうまく伝わらなか
たのは、やはり私の力不足と言う他ありませんね。短い文で自分の思いを的確に伝え
というのは本当に難しいです。
 また作品をUPする機会もあるかとおもいますので、その時は懲りずにお付き合い
くださいませ。次回は是非インパクトのある作品にしたいなぁ。
 
 山坂 乙二さんの
   「明日失くしたらしい 少女が海で拾った性殖期」
 
ですが、「明日なくしたらしい」この部分がどうもよく判りません。
「明日」は未来形、「なくした」は過去形ですよね。それをどういう意図で組み合わ
せているのか?、「昨日」なら判るのですが。できれば、SOMEさんの解説を聞か
せていただきたいのですが。それにしても、こういった作品は、私にはちと照れ臭い
です(笑)。
 
PS.別なSIGの話で恐縮ですが、「海に咲く花」を聴いていただいてありがとう
   ございます。海に対して特別な思い入れがあるわけではないですが、海が近く
   ない所に住むことが多かったせいか、海に対する憧れはありますねぇ。
                               FRB
 
 
 
 
#1637 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 92/11/ 2  6:17 ( 20)
SOMEさん>いつもどうも      UKG
★内容
 そうですか、「抒情文芸」との再会、おめでとうございます。これまでのSO
MEさんのがんばりを見ていて、何かにつながっていくのではないかしら、そん
なぼんやりとした期待のようなものを持っていたのですが。おもしろい話題が見
つかりましたら、どうか、わたしたちにもお裾わけ下さい。
 
 短詩紹介コーナーですが、今回は、
 
 谷口慎也
 「土器の裏側を排尿の祖父」
 
 島貫敏
 「勝ちほこってみる羊歯ほどの骨のきしみ」
 
 の二編が、とても印象深いものに思いました。SOMEさん推奨の「みかん一
つ・・・」は、まだその心境に達していませんので、ちょっとぴんと来ませんで
した。
        「酒は百薬の長」などといいますが、いやあ、やめられない!
 
11/02
 
 
 
 
#1659 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 92/11/ 9 17: 6 (160)
『あなたも短詩を』その11.       SOME
★内容
『あなたも短詩を』第十一回
 
 久しぶりに短詩を作ったのですが,完全に「俳句」になってしまった。
 
   「ふうわりと落ちる蝶 冬の日は風もなしに      SOME」
 
 今回はResと,作品紹介だけです。
 
 
●FRBさん
 そうか「ブラウス」は全然違う意味だったのですね。全く別方向を向いてしまっ
た。申し訳有りませんでした。
 その関係の話を少ししましょう。
 
 以前にも掲げましたが,北川冬彦さん(いま書いていて「冬彦」さんだと気が付
いた←関係ない事で失礼!)が
  「    馬
    軍港 を 内臓 している  」       (現代仮名使いにした)
を発表された時(昭和4年),いろいろな方の批評を頂いて「面白い」とおっしゃ
っています。酒井書店「現代作詩講座」の中に自作解説と言うことで,北川さんご
自身の文章がありましたので,ちょっと長めですが引用します。文中『かれ』とは
ご自分をそう呼んでいます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この詩は,かれが中学時代を過ごした旅順の一風景である。
 あるとき,白玉山という丘の上から日露戦争当時,軍港であった旅順港を見下ろ
していると,向こうから馬が登ってきた。その胴っ腹が軍港を覆い,馬は軍港を孕む
んでいると見えた。その記憶が,十数年後,詩を書こうとするとき,面白いと思っ
た。牛の胴っ腹の中に百姓が横たわっているマルク・シャガールの「村」という絵
と想い合わされ,馬が軍港を内臓しているイメージの詩に造型されたのである。
 かれは,最初,明治・大正のどの傾向の詩にもあき足りなくて,それらに反抗し
て,主観を抑制した物としての,新しい実感の詩を凝縮した表現で書こうとしたの
であるから,その詩形が,この「馬」のように短化したのは自然の成行きである。
 
 <近代象徴詩においては,言葉はなによりも情緒のかなでる音楽美観をつたえる
ものであり,漠然とした気分や雰囲気を醸し出すものであったが,それが現代詩に
なると,言葉はなによりもイメージの形成という役割をもつようになった。これは
情緒の美・音楽の美から,イメージの美へという変化をしめすものであって,この
変化に近代詩から現代詩への推移を読みとることができる。これは詩における音楽
性の抹殺であり,詩の革命であった。
 その当時−−現代詩の変革期を回想して作者はいっている「形式的韻律なんか念
頭になかった。感情流露を事とする既製の詩を軽蔑し,新風樹立に急がしかった。(
中略)現代の詩人としての冬彦は,このような態度と方法においてその詩的革命を
遂行した。(中略)古く固められた一つの壁を突破するには,そのような激烈な詩
精神の発動を避けることはできない。「馬」はそういう作品であった>と伊藤信吉
は「現代詩の鑑賞」に述べている。
 
 <詩の短詩形への趨勢は現代詩の特徴ある一つの世界的傾向となって来ているそ
うである。わが国の詩壇に於いても,近来靡蔓する短詩の運動の範囲と速度とは実
に著しい。そして疲れてしまった古い詩壇に替わるべき新しい詩壇の兆萠は,かか
る詩の新形式に殊に明らかに現れてきているように見える>と二十代の若い村野四
郎は,北川冬彦,主として短い詩から成っている「検温機と花」の書評で書いた。
 
 この「馬」という詩に対して,かれの友人で,その夭折を惜しまれ,今日,若い
世代の讃仰を深めつつある小説家の梶井基次郎は,<北川冬彦のこのやうな詩にな
って来ると,軍港といふ二字が既にもう軍港のヴィジョンを伴うのである。そして
「内臓してゐる」で,昔の人が南蛮渡来の人体解剖図を信じた奇怪さで,馬がそれ
を「内臓してゐる」真実を信じさせられてしまふのである。このもっとも短い詩は
最も強い暗示力を示している。そしてもう一つ注意さるべきことは,この詩の構図
が,「物質の不可侵性」を無視することによって成り立っているといふことである。
このことは度々Cubismの画家のmotiveになっている>と解説した。
 
 戦後,将来に多くを期待されながら,三十代で逝った詩人池田克己は,<馬の内
臓に透視された軍港。この一枚の画面から,奇怪な構造の仕組まれた,軍国の秘密
を,強い暗示として与えると想う>と書いた。
 
 また丸山薫は,<「馬」に陸軍を連想し,「軍港」に海軍を連想した,「陸軍の
なかに海軍がいる」>と考え,伊藤信吉は,<「馬の内臓」のぐにゃぐにゃしたあ
りさまを感じた。それは人間などにくらべてずっと大きいだろうし,それだけにこ
こに内臓されたなにものかは,ある特殊な規模をもつだろうとおもった。この内臓
のイメージに並んで「軍港」が浮きあがってくるのだが,その内臓の形が,軍港を
連想させるのではないかとおもった。もちろん馬の内臓だからそこには暗い色がた
だよっており,それが軍国的なものを嫌悪する重鬱した感情を象徴する。私のうけ
た印象はこんなにも単純である。(中略)鮮烈であり端的であること。一瞬のうち
に形成させるイメージ。印象の強烈さ。−−これがこの作品の生命である>と云っ
た。
 
 作者は,このようにいろいろの解釈の出ることを面白いことと思った。このよう
にいろいろの解釈が出ることは,この詩に仕掛けられた言葉の暗示力による観念想
起がもち来らす結果に違いないのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
以上です。
 
 次にこれ又方向違いになってしまうかも知れませんが,山坂乙二さんの
   「明日失くしたらしい 少女が海で拾った性殖期」
を解読してみますね。
 後半が主題で,前半はトリックでしょう。「海で拾った性殖期」ですが,作者は
この「期」はもちろん「器」を意識しているでしょう(書いていて私も照れ臭い)。
あと「少女」なので「思春期」も含んでいるかも知れません。あるいは「思春期」
の次の「期間」...というつもりかも知れません。それを拾うのはやはり「海」
のようですね,「山」ではないですね。「都会の裏通り」かもしれませんが,作者
は「海」にしました。
 前半のトリックがこの詩の弱点かも知れませんね。前半と後半の位置づけがどう
とでも出来てしまうのです。これはイメージが広がるとか,そういう事では有りま
せん。
 まず「失くした」のは誰か...多分少女でしょう。何を失くしたのでしょう.
..多分生殖期でしょう。この「何を失くしたか」はいろいろ有りそうです。「
明日」かも知れませんね。
 で,時制の意味ですね。多分過去型は「決定事項...もう変更できない部分」
未来型は「未決事項...推量部分」を意味すると思われます。簡単に云うと「間
違いなくそうなのだろうが,そうでない部分もあるのかな」という気持ちですかね
ぇ(かなり苦しい解釈だなぁ)。この作品では,シニカルな視点の様な気がします
(「らしい」という表現で)。
 私だったら,もう少し意味を限定させて,
   「明日は失くしたらしい ...」
または
   「明日を失くしたらしい ...」
とかにする所です。
 
 
●UKGさん
 三浦 以玖代さんの
   「みかん一つころんで 淋しいネ 夫婦って」
はぴんと来なかったとか...。
 
 これもちょっと解読してしまいましょう。
 この短詩はとても見事なシチュエーションだと思います。「淋しいネ」...こ
のカタカナの「ネ」で茶ブ台的軽妙さが出ています。茶ブ台とくれば湯呑が乗って
いて,みかんが「ひとつ」転がっていたりします。そこで「夫婦って,赤の他人な
んだよネ」と軽く言ってのける(都々逸でなくて,浪花節ですね,これは)。その
くせ,普段の生活はしっかり夫婦しているのですよ。「赤の他人」だから選ばれて,
結ばれて一緒になったんだよ。それなのに死ぬまで「他人」だなんて。天の神様も
あじな罪作りをなさる...。深読みしすぎましたかね。
 
 次は,短詩の作品の紹介です。
 
=====================================
 ☆久露 直也
   「溶ける記憶に降り注ぐ夏雨よ 僕の二一才の祝いか」
 
 ☆いずみ たつこ
   「色あせたフロシキ腰にまいて今日を結びつける」
 
 ☆江口 昭
   「土佐衛門拾いあげろよ んだ 春だ」
 
 ☆平井 恭子
   「帯〆からぬれそぼった娘が初恋に戻っていったとか」
 
 ☆吉田 健治
   「花びらが静かにトランプを切っている 狂え!」
 
 ☆淀川 章子
   「日没の殺気に魚たちがつられる」
 
 ☆平田 守純
   「灰色の夕焼け来るらし夏日に吾等失速す」
 
 ☆柴崎 柴吉
   「半透明なロウソクの搖れ 灯に死児孕む女達」
 
 ☆吹田 まどか
   「今日もマフラーの少女で沼を深くする」
 
 ☆村田 治男
   「舌のおくに]むらがる明日をねらいうちする」
 
=====================================
                        今回はこれまで  SOME
 
 
 
 
#1665 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (KRB29863) 92/11/11 11:18 ( 11)
なかなか難しいですね>SOMEさん      AI
★内容
   批評をどうもありがとうございました。
   うむむ・・・なかなか難しいかもしれない。
   短いだけに・・・かな・・・
 
   また時間があったら頑張ってみたいと思います。
 
                        AI
 
 
 
 
#1680 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 92/11/29  7:10 ( 19)
短詩>      UKG
★内容
 
    こじ開ける貝のこころの痛み指が聞く
 
   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 はじめ、
 
    閉じた貝をこじ開ける心の痛み指よ聞け
 
 としたのですが。はてさて、アドバイスをお願いします。
 
   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 おまけ
 
    へん、なんだい 俺にだって意地があるさ 濡れ落葉
 
              (都々逸ふう短詩)
 
11/28
 
 
 
 
#1688 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (JRJ61008) 92/12/13  9:30 ( 14)
短詩>ありがとうございます      FRB
★内容
 
 御無沙汰しております。久しぶりにギャラリ〜に詩をアップしてみました。
実に半年ぶり・・・以上ですかね(^^;)。まぁそれはさて置き、
 
SOMEさん>
 色々とRESありがとうございました。遅れ馳せながらお礼申し上げます。
こっちは一ヶ月ぶりか・・・(^^;)
 本当に様々な解釈が出来る詩って面白いですね。私も楽しまさせていただ
きました(^^)。まぁ、これは詩だけに限ったことではないですがね。面白つ
いでにまた短詩を考えてみました。
 
 「秘めたる怒り 犬を乗せた時刻表を睨む」
 
                         FRB@冬が好き!
 
 
 
 
『あなたも短詩を』その12.       SOME
★内容
『あなたも短詩を』第十二回
 
 いやあ,遅くなりました。師走だから...等と一応言い訳。
 
 さて,Res風解説ですね。
 
●UKGさん
 
    「 こじ開ける貝のこころの痛み指が開く 」
 
 これは結構素直ですね。いつも私が比喩だナンダと言っているので,ひねくれた
表現が良いと勘違いされている方がいると困ります。素直が良いのですよ。しかし,
素直であり乍らインパクトのある作品となると,なかなか出来ない気がしますが。
そこで私は安易に変な比喩の表現に走ってしまうのですネェ(自戒自戒)。
 
 この作品は「こじ開ける」と「貝のこころ」が強く結びついています。「貝」を
開けるときどうします?多分「こじ開ける」ますよね。ですので意味が重複してい
る,と判断してしまうのです。「無理強い」される事を言いたいのかなぁ。もっと
強烈な言葉を探したいですね。
 
    「 夜明けにさらされ絶叫する貝は 誰の指を恨もう 」
 
 おまけの方,「濡れ落葉」ってなんだっけなあ...と思うのでありました。
 
 
●FRBさん
 
    「 秘めたる怒り 犬を乗せた時刻表を睨む 」
 
 ウーム,これは判らん。「自由なイメージ」と「難解」・「一人よがり」っての
は紙一重のようで恐いです。
 「犬を乗せた」が判りませんでした。FRBさんの解説が欲しいなあ。
 それと「秘めたる怒り」という表現がちょっと陳腐かな。
 どうもすみません。
 
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 村野四郎さんの「現代詩を求めて」から「イメージ」についての文章を書き抜き
ます。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
”詩の構造”という項目で
 
(A)音楽的構造
 
<言葉の要素のひとつは「響き」である>
 
<韻文詩のおかしたあやまり>
 
<真の韻律とはなにか>
 
と説明され,その後で次の文が続きます。
 
=====================================
 
(B)心象的構造
 
<言葉のいまひとつの要素は「意味性」である>
 言葉そのものに属する聴覚的機能に触れずに,単に語数や行数のみに拘泥して詩
の外面的形態をととのえようとする音数律定型が,今日ではもはや新しい詩的美の
障害でさえある所以を前項でのべました。
 「技術が原始的な時代には純粋な金属がなかった。文学もまた同様に原始時代に
は純粋な文学というものがなかった」とするヴァレリイの言葉を逆用すれば,詩の
音楽性もやはり一種の未分化のコロナであって,詩の文明の歴史の上において当然
分析処理されるべき運命にあったといえましょう。
 「詩人は夢みない。彼は計算する」とコクトオが彼の「職業の秘密」の中で言っ
たり,「詩とは正確ということであり,数学である。ところが人々は不正確なもの
を詩的で,ロマネスクであると考えている」と『俗な神秘』の中でいったりしてい
ますが,ここでいう「夢みるもの」「不正確なもの」は,すべて前にのべた音楽性
の混沌であり,「計算されるもの」は「考えられるもの」であり,論理であること
はいうまでもありません。
 さて,この「夢みるもの」に取ってかわり,新しい詩の魅力の主題となったもの,
現代詩の内部構造の主材となったものは何かというば,詩の,考えさせる機能であ
る意味性であり,それが創りだす心象の型態性であります。早くいえば,詩の魅力
の中心が,歌われるという音楽的な世界から,それを眼で読み,意味を考えること
によって人々が胸に描きだす空間的な心象(イメージ)の世界に移ったということ
であります。心象は後にのべるように主知の所産ですから,近代文学の一般の傾向
として,主知性が増大するとともに,いよいよこの型態性,詩的美の要素としての
明確な相をはっきり示してきたのであります。
 こうした傾向は,わが国においても,萩原朔太郎がいちはやく彼の詩論の中で「
詩は心象の美学である」といっていますが,すでに明治二十年代に森鴎外が,山田
美妙の『韻文論』に対して「美妙は唯耳の美術(韻格)をしりて空想の美術(詩)
を知らざるようにおもわるべし」と「国民の友」誌上に発言して,心象の美学の重
要性を力説しています。殊に鴎外が空想の美術として,これに「詩」と註解を加え
ているところに,詩という「文学」を「音楽」から識別した彼の識見をみるのであ
ります。恐らく鴎外は日本の詩において,心象の美学を確認した最初の人ではない
かとおもわれます。
 
<新しい心象美学への展開>
 アメリカにおいてこれを確認して,強調したのは1913年にE.パウンドによ
って起こされたイマジズム(写象主義)の運動であって,彼が「ポエトリイ」誌に
掲載したプログラムには,心象を表すこと,表象に寄与しない言葉は絶対に使用し
ないこと,新しいリズムの創造,古いメトロノーム(拍節)に従わないことなどを
規定して,心象の機能を重視すると同時に,他方その機能の阻害となる音楽性(メ
ロディー)の機能を排除しようとする考えをはっきりと表明しています。彼のこう
した考え方は1931年に書いた『読書論』の言語論の中にも現れています。彼は
詩的な世界を形成する言葉は,次のような三つのものによって飽和されるとしてい
ます。(一)Melopoeia (二)Phanopoeia (三)Logo
poeia。彼はここで詩語の機能を書いているわけですが,(一)は言語の韻,
(二)は言語の作像的な機能,(三)は論理的な機能をさし,(二)と(三)は共
に詩語の意味性であり,ひとしく心象をうむ言葉の機能であります。
 フェノポエイアは普通視覚的映像,つまり詩の意味が読者にえがかせる絵画適,
風景的な情景であって,これが最大限に達したのは,アルチウル・ランボオの作品
ではないかとパウンドはいっています。しかしパウンドが「言葉と言葉との間の知
性の舞踏」とよび,「きわめて取り扱いにくい美学」であるとしている(三)のロ
ゴポエイアも,実は今日では思考の型態として心象の一領域にすぎないものとして
認識されているのです。西脇順三郎も「イメエジには二種ある。そのへんにある事
物の象と,抽象的な単に幾何的な,図案的な象とである。後者は抽象的な認識方法
に属する」といっていますが,この抽象的な心象とは,実はパウンドの(三)に該
当するロゴポエイアであって,論理的な心象型態のことであります。このことは論
理的な現代詩の内部構造に重大な意味をもってくるものでありますから後に詳述し
たいとおもいます。
 いづれにしても,このように詩的美の世界が時間的な音楽性から,空間的な心象
の型態性に求められるようになったのは,ただにイマジズムの運動ばかりでなく,
近代芸術の非常に大きな特徴であって,フランスにおいても,ドイツにおいても第
一次世界大戦を境にして,いよいよ明らかに現れてきているのです。フランスでは
超現実主義(シウルレアリズム),ドイツでは新即物主義(ノイエ・ザハリヒカイ
ト)の思考と方法の上にその性格を明瞭に示し出してきているのであります。
 フランスではキウビズム以後,絵画的な手法が急激に詩の中にとり入れられてき
ているのですが,ことにシウルレアリズムにおいては,絵画と詩とは手法の上では
殆ど同じ軌道の上で進んできたといってよいのです。そして詩は「歌う」ことから
完全に「描く」ことに向かい,詩は全く言葉による絵画の美学として展開してきま
した。シウルレアリズムは人も知るようにその独自の詩法である自動記述法によっ
て,無意識と夢の世界を描き,この超現実の世界に全く新しい美の世界を求めよう
としたのでありますが,これを詩構成の上から見れば,それは全くイメエジの特殊
な構成手法による文学なのであって,イヴン・ゴルの監修していた超現実主義の雑
誌の第一号に,彼が「二十世紀までは詩の質を決定するものは耳であったが,二十
世紀以後は眼がその後をとった」といっているのをみましても,彼らの思考がどこ
にあったかは明瞭であります。彼らはいくつかの夢−−声のない絵画をもっとも遠
い関係において連結し,連想の日常性,習慣性を破壊して,その全く新しい空間に
美の世界を創造しようとしたのですが,畢きょう終始イメージを主題とし,その特
殊な構成技術のみが,その詩法上の中心となっているのであります。
 ドイツに発展した新即物主義は,一層明瞭にそうした性格を,彼らの出発におい
て示しています。即ちその方法が建築美学に出発しているからであります。彼らの
理念的母胎は,ハイデッガアやハルトマンの存在論につながるものですが,その表
現方法は,グロビウスやコルビジュの型態美学の知的な客観性に強くむすびついて
展開してきました。たとえばギュンター・ミュラアは「もはや色彩にではなく,空
間に決定的なものが見出される。−−いつもノイエ・ザハリヒカイトが問題になる
ときには空間的な建築,その意味での構成要素,それに対する一つの特徴が支配し
ているのは明らかである」といい,「美は合目的性に帰する。真に合目的なる型態
が,それ自身もっとも意味深い型態である」として,すべて美の意識が型態性に集
中されています。そしてこの新しい客観性の文学においては,主情的な音楽の抒情
性は全く無視されて,明確な型態の客観性が,詩の魅力の主題となってきているの
であります。
 このシウルレアリズムにしろ,ノイエ・ザハリヒカイトにしろ二十世紀前半の詩
的思考を代表する二つの流れですが,前者の主観的なデフォルメエションと後者の
客観的な合目的性とは,全く対蹠を示しています。しかしここで考えるべきことは,
この二つの新文学が,ともにその美学を空間的な型態性に求め,その方法を視覚的
造形にもとめたということであります。そしてこれらの文学は,ただ理論や文学運
動としてではなく,近代文学の一つの執念となって,今日のわれわれの文学の中に
つよく生きているということです。
 このように二十世紀の新文学は,音楽にではなく,空間に心象造型の美学を求め
てきました。そしてさらに,この傾向のもっとも純粋な追求の形は,今日の抽象芸
術(アブストラクト芸術)のノン・フィギュラティブの思考や方法の上に,いよい
よ純粋に現れてきているのをみるのであります。
 かくして,詩が時代の要求するところに従って,知的になればなる程,その対象
として型態が重視され,心象の形が詩構成の重大な要素となってきたのであります。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 まだ続きますが,今日はこれまで。
 
 
 次は,短詩の作品の紹介です。
 
=====================================
 ☆坦ケ 真理子
   「服裂かれて姉さんは砂 かえせかえせ腰骨は私が噛む」
 
 ☆米山 喬
   「棒突き立てれば一枚の影がよじのぼってくる」
 
 ☆後藤 すみ子
   「別れる時は雪の上を上手に歩いて下さい」
 
 ☆早川 琢     サワチ  フチ
   「犬棄てや 遺り餌皿の縁 西び」
 
 ☆橘 由紀
   「少女達は一枚一枚殻を忘れてくる」
 
 ☆風間 房江
   「洗面器に眼を置き忘れちゃった」
 
 ☆森 充代
   「高まる少女らの足音四月は影がない季節出勤簿は白」
 
 ☆淀川 章子
   「恋は呼吸が苦しい黄昏をとじこめた水槽」
 
 ☆月光寺 照行
   「傘におくれた1本の逃げ足である」
 
 ☆江口 昭      ドモリ
   「なぜ丸ばかり書く吃者の笛」
 
=====================================
 
 
     第十二回終わり                     SOME
 
 
PS.ほんとに遅くなりました。何とか12回を終わらせることが出来ました。半
   年で12回,一月に2回というまあまあのペースでしたね。来年も続けまし
   ょうかね。
 
 
 
 
#1824 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (MBH38915) 93/ 3/13  9:40 ( 11)
短詩>雨について              KNO
★内容
 
 「雨」について2つほど短詩らしきものを創ってみました。
 
 
 「最高の演出家である雨は、依頼も受けなければ報酬も受け取らない」
 
 「落ちてくる滴に、自分の世界をうつしだして、涙を流す少女がいた」
 
 
              やっぱり、どうも才能のなさを感じる KNO でし。
 
 
 
 
#1832 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 93/ 3/17  6: 3 ( 36)
短詩>&いろいろ>     UKG
★内容
 
短詩>目カクシヲシテ ミロトイウノカ 事実ノ向コウニアルモノヲ
 
 *なんか危ないなあ、どうも度々逸になりそうで。
 
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 
 
#1860 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 93/ 4/11  7:27 ( 32)
短詩>           UKG
★内容
   *
 
  稲妻をつかんだ手のひらの小さなしわ
 
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 
 
 
#1886 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 93/ 5/ 7  6: 1 ( 10)
短詩>シンデレラの憂欝   UKG
★内容
 
   シンデレラの憂欝
 
 アスファルトの上 かけらをのこす ガラスのくつ
 
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 もう一つ、何かが足りない、弱い・・・、うむむ。
 
5/5
 
 
 
 
#2212 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 93/11/17 21:44 ( 36)
「短詩」を継続したいと思います。     SOME
★内容
 
 昨年の暮れに「あなたも短詩を」が12回で宙ぶらりんになっていて,何と!あ
っという間に一年が過ぎようとしております。今年に入ってからの個人的なモヤモ
ヤ(心の)も何とか静まってきたようなので,再開させて頂きたいのですが如何で
しょう。
 
 ここで「短詩」と言うものに初めてお目にかかる方も多いと思いますので,この
Sigで「短詩」を始めた経緯をザッと説明させて下さい。
 
 
 まず「短詩」とはどう言うものなのでしょう。私は,「短詩」とは定型でない短
い詩型で,その内に詩的世界を内包しているもの,と考えています。こ難しい事を
抜きにして要するに「短い詩」のことです(^_^;)。「短い」とはどの位かと言うの
も難しいのですが,取りあえず「一行の詩」と言うことで始めましたが,これに固
執するものではありません。
 「短詩」の始まり。もう二十数年前になりますが「抒情文芸」と言う,散文・詩
短詩・短歌・・・・の投稿文芸誌がありました。私はそれまで下手な現代詩を書い
ていたのですが,この雑誌を購読するようになって初めて「短詩」と言うものを知
りました。その抒情文芸の「短詩」欄は山村祐という詩人が選者を担当されていて,
先生がこれとは別に「短詩」と言う同人誌を主宰なされているのを知り,私もその
同人誌の仲間入りをさせていただきました。それから数年の内に両誌とも廃刊に追
い込まれ,私も詩作から遠ざかってしまいました(抒情文芸は今は復刊されていま
す)。
 昨年の六月にこのSigにお邪魔するようになり,それをきっかけに浮き雲さん
から「短詩講座」を勧められ「それでは...」と昔を思い出しながら「あなたも
短詩を」を始めた訳です。その内容は皆様から実作を寄せて頂き、それを私がおこ
がましくも解説させていただく...と言う形を中心に,「短詩作品」の紹介とか
読み物として「現代詩」についても書いています。
 
 
 こういう所で,よろしかったらあれからUGMさんから3作,KNOさんから2作
投稿いただいておりますので,次回に「第13回 あなたも短詩を」を再開させて
いただいてよろしいでしょうか。
 
                                 SOME
 
 
 
 
#2214 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 93/11/19  5:58 ( 12)
祝!短詩再開>UKG
★内容
 で、さっそく最新作に挑戦してみました。
 
 『風は行ってしまったのに 足元で 枯葉が一枚 後ろを向いたよ』
 
  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 都々逸調になりそうで、うーん、むずかしい。それから、おしまいの「よ」は
なくて良いかな、とも思いました。題は、「晩秋の黄昏」かなあ。
 みなさんの短詩に対するイメージを損ねたら、ごめんなさい。
 SOMEさん、よろしくご教示下さい。
 
11/18
 
 
 
 
#2227 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 93/11/24 18:21 (169)
『あなたも短詩を』その13.       SOME
★内容
 
●UGMさん
 お久しぶりでした。歓迎有り難うございます。早速再開させていただきます。
 
●YKOさん
 初めまして!宜しくお願いしますね。「短詩」が出来たらすぐにご投稿下さい^_^)。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『あなたも短詩を』第十三回
 
 では早速ですが実作解説です。
 
☆KNOさん
 3/13に頂いております。
 
 「最高の演出家である雨は,依頼も受けなければ報酬も受け取らない」
 
 んん,これは「事実」を「叙述」した説明文とも受け取れますね。「雨」という
演出家が何をしたのか(何もしなかったのか)は,確かに読み手にゆだねられてい
ますが,KNOさんご自身はどういう事を捉えておっしゃているのでしょう。私はそ
ちらの方が気になります(^_^;)。例えば
 「無償の雫は___________を____する」ちょっと意味が違ってき
ましたが,この下線に何か入りませんか?
 
 
 「落ちてくる滴に,自分の世界をうつしだして,涙を流す少女がいた」
 
 これは「ヴィジュアル」なイメージが描かれています。うーーん,「だから?」とい
う疑問と言うか,その奥が知りたいというか...。状況説明に留まらずに,もう
一歩踏み込んでみて下さい。
 
 
☆UGMさん
 3/17に頂いております。
 
 「目カクシヲシテ ミロトイウノカ 事実ノ向コウニアルモノヲ」
 
 これは第二回にも言った
   SASさん 「私が蜘蛛の巣から助けた蝶に私もなりたい。」
   KNOさん   「水平線の向こうを僕は見たかった」
   愛さん    「 「もう何もいらない」そう呟いた私は今どこに・・・ 」
と同じ弱点が有るように思います(SASさん,KNOさん,愛さんこんな所に引
き合に出して申し訳ありません!)。「何行かの詩の中の一行」という気がするの
です。
 とここまで書いて思い出したら,第10回にも同じ事を書いていましたね(^_^;)。
 
 カタカナでの表現にはもっと工夫がいるとは思いますが素晴らしい着眼点ですね!
 
 
 
 実作はまだ頂いてあるのですが,今回はこれにて...。
 
 
 では続いて,村野四郎さんの「現代詩を求めて」(現代教養文庫−社会思想社−)
から「イメージ」についての文章の続きを書き抜きます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
<イメージ(心象)とはなにか>
 ここで,心象(イメージ)の本質を少しくわしく考えてみましょう。元来イメー
ジは通常,心象,心的映像,写像などとさまざまな言葉によって表されていますが,
これはややもすると幻想とか空想なだと混同されやすいのです。けれども,いわゆ
るファンシーと呼ばれるものより,もっと純粋で明確な型態を意味すると解釈され
なければならないとされています。ラスキンも,イメージをつくりあげる機能であ
るイマジネエションについて書いていますが,彼によればイマジネエションは理知
の法則に従うものであるが,ファンシーは思考を形成したり,創造する力のない劣
等な機能であるとしています。ファンシーは詩人の意志の外にまで無責任に拡がっ
ていく動物的な感情の働きであり,イメージは詩人の明確な意識の統制の中に作り
だされるものだからであります。なお,説明を加えれば,単に幻想とよばれるもの
は,外界の刺激をきっかけにして,白昼夢のように非現実的な表象を際限なく浮遊
させる受動的な行為現象ですが,イメージは一定の方向に意識の関連をたもちなが
ら,表象の世界を創造してゆく能動的な行為現象であります。これが,心象が一面,
知性の形象化された型態と呼ばれる所以なのです。
 
T.E.ヒュウムが彼の芸術哲学の中で,「詩におけるイメージは単なる装飾では
なくて,直覚的言語の真髄そのものである」といっているのもこの意味においてで
あります。
 いづれにしても現代の知性は詩の中に言語によって描き出された絵画(心象)を
見ようとするのであって,その空間に構成される心象の形態的構造によって,彼ら
の審美的要求を満足させるようになってきています。それは全く絵画の鑑賞の場合
に酷似しています。ただ絵画の場合は,画面を構成する素材そのものには意味もイ
メージもありません。しかし詩の場合においては,一つのイメージを構成する単位
的な素材即ち言葉そのものに既に意味があり,イメージがあるということです。そ
れだから詩の造型の方法は,すでに性格づけられた諸単位をもって,一つの性格を
形作ってゆかなければなりません。そこに非常に複雑で困難な詩の仕事があるので,
このことは,ヴァレリイも,この難行を詩人の宿命として嘆いている程のものです。
 そして彼は,「適当な意味における詩とは,言葉の手法をその本質とする」とい
って,詩の究極を言語の技術の世界にもとめていますが,言葉をイメージの表象で
あるとすれば,詩とは心象の設定をその本質とするともいいかえることもできます。
純粋な詩といえば,心象のもっとも合目的的に(審美的な意味において)構成され
た詩ということもできます。こうした心象の構成操作は,じつは一種の計算であっ
て,前世紀的天才の自然発生的な流し出し表現方法とは,根本的なちがいを示すも
のであります。コクトオのいう「詩の計算」もこの意味においてであると解釈され
ていいとおもいます。
 さて,このような詩の新しい内容的要素である心象を,詩人たちは実際にどのよ
うにして,彼らの情感や思考の表現型態として,一個の詩にまで創りあげ,審美の
対象に構成するのでしょうか。
 
 
 
(C)心象の構成
  −−主として思想の表現について−−
 
<新鮮な心象は広大な認識の領域から生れる>
 萩原朔太郎はわが国現代詩人の中で,自由詩を発達させたチャンピオンであるに
もかかわらず,自由詩の中に定型律的な拍節をおそれながらも,なおリズムに執着
をもっていました。(『調子本位の詩からリズム本位の詩へ』)。しかも一方にお
いては「詩とはイメージの文学である」としています。彼の詩論は独創的ではあり
ますが,いつもこうした多くの矛盾を含んでいることが特徴ですが,実際には詩人
としての彼は音楽をすてた自由詩の中に,新しい美の組織である心象の型態性を確
認し,追求した先駆者であって,これに対してかれの先輩であった北原白秋は,こ
うした明確な詩的思考にめぐり合わず,最後まで音楽性によって彼の文学の境界を
朦朧とさせていました。こうした点で,朔太郎の詩が白秋の詩に比して,今日なお
生き生きとした今日的レアリテをもって生きのこっている理由もはっきりしてくる
のであります。
 さて心象そのものの一般的生態と,造形型実際についての考察をすすめてみまし
ょう。言葉は,正確にいえばその意味性とヒビキによって何らかの心象を創ります。
それはマイケル・ロバーツのいうように,感覚的心象であろうと象徴的心象であろ
うと変わることがありません。そして言葉の集合であり,詩の一単位である行も,
各行ごとになんらかのまとまった心象をえがく,そしてそれらは次に引きつがれ,
互いに作用し,累積して最後に詩作品全体としての心象を形づくる。それらは煉瓦
工が個々の煉瓦をつみ重ねることによって,一つの構造物を形づくるに似ています。
それ故原則としては一つの言葉による心象は,各行の心象の合理的な一単位でなけ
れば,その構造物は詩としての安定性をもつことはできないでしょう。また個々の
心象と,それを集成する心象との合理的な関連とは,意味の上からいえば一貫した
論理性でありましょうが,心象型態の上からいえば,それら各々の色合,影,匂,
ヒビキなどの属性の中からひき出された一連の類似性(アナロジイ)乃至はその調
和でしょう。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 (次回に続く)
 
 
 次は短詩作品の紹介です。
 
=====================================
 ☆三枝 宏子
   「人形の処女膜破る少年の瞳で焼け爛れる夕焼けか?」
 
 ☆道上 大作
   「一人真顔残して痒い痒い月光」
 
 ☆桜 陽子
   「満ちたりて鉢植になっている 窓」
 
 ☆平井 恭子
   「木もれ陽に降る雨 定まるあの人の位置」
 
 ☆江口 昭
   「女 光浴びて猫の舌洗ってる」
 
 ☆貴踏 勝泰  タワムレ
   「午睡の蝶の戯にことば少なで貴女と知る」
 
 ☆村田 治男
   「卵の中のさわぐ満潮時 を 計量する」
 
 ☆森 まさみ     カバネ
   「吐きつづけた愛を屍の影に横たえた蜘蛛」
 
 ☆柴崎 柴吉
   「しきりに帰りたがっている丸太の睡り」
 
 ☆田村 信行
   「ポカーンと春の陽流れて十円残った掌」
 
=====================================
 
 以上で第13回を終わります。
 
                                 SOME
 
 
 
 
#2233 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (MBH38915) 93/11/28 10:32 ( 14)
ご講義ありがとうございます。        KNO
★内容
 
 SOMEさん、ご講義ありがとうございます。
 「叙述」の癖がなかなかぬけませんねぇ。僕は。一応僕のスタンスとして、僕が何
を感じたのか、僕がどうしたのかなどというのは詩自体には全然関係ないことだ。と
いうものがあるので、読み手に委ねすぎて、僕を消滅させているのかもしれません。
そのことを反省して「最高の〜」には僕の感情を入れたつもりだったんですけど、ど
うやら付け焼き刃はよろしくないようです。多分、一歩踏み込んで感情を表に出すの
が怖いんでしょう。
 でも、僕としては、感情や表現を書き手に委ねないで、読み手がもっと創造しても
いいと思うのです。だからこそこのスタンスに立っているのですから。僕自身の実力
がまだまだ足りないので、理想、完全には近づいてはいませんが。
 
 ということで、また。
 
 
 
 
#2240 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 93/12/ 8 22:14 (195)
『あなたも短詩を』その14.       SOME
★内容
 
『あなたも短詩を』第十四回
 
実作解説
 
☆UKGさん
 
 「稲妻をつかんだ手の小さなしわ」
 
 名詞が最後に来ると,よほどの新しいイメージの創造が必要とされるようです。
なにが主題か判りませんでした,申し訳ありません。
 
 
 「アスファルトの上 かけらをのこす ガラスのくつ」
 
 例えば順番を変えてみましょうか。
 「ガラスのくつ アスファルトの上 かけらをのこす」
これで大分違ってくると私は思うのですがどうでしょう。体言止めだけのせいでも
ないでしょう。言いたいことが何か,おっしゃるとうり何か欲しいと思います。
 
 
 「風は行ってしまったのに 足元で 枯葉が一枚 後ろを向いたよ」
 
 えーと,まずちょっと長い気がします(^_^;)。前にも書いたように「一息で読め
る長さ(口に出しても,黙読でも)」にしたいのです。
 
 
 
      後  足  風
      ろ  元  は
      を  で  行
      向     っ
      い  枯  て
      た  葉  し
      よ  が  ま
         一  っ
         枚  た
            の
            に
 
と読めますよね。でこう書くと,やはりこの前に「風」か「枯葉」の説明があった
のでは?と感じられます。
 都々逸調は大賛成です。又おっしゃる通り「よ」はいりませんね。
 
 辛口だけになってしまいました。懲りずに頑張って下さい!
 
 
 
 次に村野四郎さんの「現代詩を求めて」からの書き抜きです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 こうして言葉による心象は互にアナロジイを求めつつ,次第に大きな,広い,新
しい心象を形成しながら,詩の終わりに近づくのであります。その様相は,ある時
は膨張し,ある時は収縮し、あるときは早い速度で,ある時は緩慢になりながら,
丁度蛇のゼン動のように詩の中を通過するのです。ヒュームも詩人の想像の様相を
蛇のからだの運動にたとえています。いずれにしても心象は類比によって互に連結
して詩を構成してゆくものであります。こうした一般的なメカニズムは,超現実主
義においては一見否定されているようにみえますが,しかし実はそうではありませ
ん。つまりこの文学の方法は連想の断絶にあるとされ,通俗的,習慣的な連想を断
絶して,もっとも遠い関係にある心象を結びつける方法ですから,ここにいう心象
造型の一般的原則には反しているような感じをうけるかもしれません。しかし元来
詩の魅力というものは,心象の新しさが読者に不意打ちをくわせるところの一種の
驚愕にあります。それ故心象は読者の予想外のところで出あい,予想外の様相で結
びつくことがもっとも効果的であるわけです。彼らはこの美意識の原理を計算にい
れて,意識的に心象の習慣的な結合を拒否しているのであります。実は,彼らとい
えども,心象相互のアナロジイを無視しているわけではなく,又無視できるわけで
もありません。彼らは,ただ通俗的な人々の意識の下に埋没している心象の生態を
発掘し,発見して,それら新しい生態の間に前人未踏のアナロジイの場を見つけだ
そうとしているにすぎないのであります。けっして支離滅裂な言葉を無秩序に並べ
るのではなく,じつはその底に新しい一つの意識関連が存在しているのであります。
ブルトンは超現実主義の第一宣言の中でこういっています。「心象は精神の純粋な
創造である。それは多分比較から生まれでてくるのではなくて,多少とも縁の遠い
二つのレアリテの接近から生まれでてくるのだ。接近された二つのレアリテの関係
が遠くかつ正しければそれだけ,心象は強いものとなるであろう。それだけ情緒の
力と,詩的レアリテとをもつことになるであろう」これは彼らの意識的な方法を物
語るものであります。イメージが新しい相をもって結びつき,そこに新しいイメー
ジの相を創造する,それがどんな場合でもすぐれた詩創造の原理であります。それ
ならイメージの新しい連結の相とはなんでしょうか。それはどうしてえられるかと
いえば,それは言葉の新しい機能によって行われるといえます。言葉の機能という
ものは神秘的に無限にちかいが,われわれの通常の世界では,ただ生活上の便宜の
ために,そのごく一小部分だけが使いならされ,使い古されているにすぎません。
そしてこの機能の大部分はわれわれの意識下に埋没して了っているのです。そして,
こうした普通の言葉の機能ではとうてい物事の複雑万態の姿や意味をとらえること
も表現することもできません。
 詩人はそうした埋没している言葉の機能を掘りおこし蘇生させ,それによって普
通では現しえない事物の相を空間にえがきださなければならないのであります。こ
こでことわっておかなければならないことは,言葉とは認識の方法であり,言葉の
機能の領域とは認識の領域のことだということです。言葉の新しい機能を発掘し,
それを使用するということは,日常の世界で忘れられた事物の意味を新しく認識す
るということと同じことなのです。
 それだから結局,すばらしく新鮮なイメージの造型は,すばらしく広い認識の領
域,即ち深い認識力によってのみ得られるといえます。貧弱な認識の領域,従って
習慣的な言葉の機能によっては,平板な,ありふれた心象しか創造することはでき
ません。詩人の仕事というものは決して偶発的な行為でもないし,単なる文章製作
作業でもないのです。
 いずれにしてもイメージの習慣的な接近や連結方法は,詩から新鮮さをうばい,
詩そのものを通俗的で平板なおもしろくないものにしてしまいます。ことにそれが
通俗的な人生観や社会観によってみちびかれ,つなぎ合されるとき,この上もなく
退屈なものとなります。新しい詩人の文学的抵抗は多くこうした通俗性に対して集
中されているとみてよいのです。西脇順三郎は,彼の『詩の内容論』の中で,「直
接的に感覚したイマジナリを発見しなければ,永久的にドッシリしたものはできな
い。観念やモラルから出発してできたイマジナリは観念の歴史やモラルの歴史に左
右されてしまう。−−それが何か思想やモラルを象徴するために使用したものでな
いものを直接的なイマジナリという。換言すれば感覚だけを象徴するに使用したイ
マジナリのことである。」といっています。勿論これは多分に西脇流の好みの詩観
による発言ですが,その精神は,前記の通俗性への反逆的傾向の一面をよくものが
たるものであります。
 
<心象には二様の性格がある>
 心象の中で,視覚的心象と論理的心象とがあることは前にのべたところですが,
詩の中で視覚的心象を作ることは,それが美的であるかどうかは別として,すこし
もむずかしいことではありません。一つの情景を眼前に描きだせば,それで一応詩
としては,鑑賞の対象にはなりうるものであります。たとえば,
 
   月の夜の
 
   白い白い木僅に
 
   影さすものは
 
   笹の葉。
 
    *
 
   月の夜の
 
   雫するもの
 
   はれやらぬ椎の狭霧。
 
    *
 
   月の夜の
 
   薄支かげろふ,
 
   白芥子の
 
   空に舞へよ。       −−北原白秋『月光微韻』より
 
 
 
   きのうは,明るい日のいろ
 
   きのうまではまだ夏のこころ。
 
   玉蜀黍をうえた谷隅の
 
   榛の木かげをゆく小川の流れ  −−モレアス『冬,北風はなげいて』より
 以上の例のように一つの情景的風情をつくりあげるように,各イメージがその形
や色調や匂の上で選択され一つの情景的調和の中で平面的に配列構成されれば一応
それでよいのです。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 (次回に続く)
 
 
 短詩作品の紹介。
=====================================
 ☆本間 美千子
   「たとえば乳房を支える三本指がマニキュアしてちゃネ」
 
 ☆三浦 以玖代
   「渚ゆく 満月がしづかに喉をすべってゆく」
 
 ☆小島 のぶよし
   「胃袋が化膿している眠りの受話器」
 
 ☆後藤 すみ子
   「釣り針にぷらーんと私の朝がくる」
 
 ☆風間 房江
   「迷惑そうな鼻水垂らし婚期の裏で欠伸する詩」
 
 ☆いづみ・たつこ
   「組んだ足 だるくって切ってしまった」
 
 ☆谷口 慎也
   「汽笛反響する指紋の奥のあなたよ」
 
 ☆沢 章子
   「焦燥−−−わた雲に亀裂をいれる裸樹の梢」
 
 ☆柳 ひふみ
   「決して来ない”幸せ”足音の歩道に呪文となえる」
 
 ☆石原 明
   「それは湿潤に生えてくる 少女のくちびるは傷口のように開かれる」
 
=====================================
 
 以上で第十四回を終わります。次回は多分来年になるでしょう。
 
                                 SOME
 
 
 
 
#2260 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (QJJ52942) 93/12/19 11:34 ( 15)
短詩>                   YKO
★内容
 
 文字通りの言葉が時代を背負って死んでゆく
 
 ミイラ男に変身させたトイレットペーパーは溶けて流れた
 
 夜空を膨らませる特異点としてのワタシ
 
 K3に温もりと終末感を詰め込んだのは
 
 食べてしまいたくなるストレスに食べられてしまいたい
 
 キットあしたもだよ
 
 
  来年になるんでしたっけ>ふつうサムさんと読んでしまいそうな気がします(^^)
 
 
 
 
#2265 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 93/12/22  5:59 ( 11)
短詩>YKOさん      UKG
★内容
  +
 YKOさんの短詩がいくつか紹介されていますが、わたしの好みからいえば、
 
  夜空を膨らませる特異点としてのワタシ
 
 が、おもしろいと感じました。「特異点」というのがいいですね。「得意」と
も読み替えられ、いっそう興味深いことばだと思います。
 
 (18日の職場の忘年会で、チト飲み過ぎたワ)
 
12/22
 
 
 
 
#2267 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (QJJ52942) 93/12/23  1: 8 ( 25)
多謝>UKGさん               YKO
★内容
 
 あとがきになりますが、(^^;
 
 
 1)言葉とその意味するところの関係、ある時代を代表するような人の死去。etc.
 
 2)数年前によく友人と行った串かつ屋でのことです。久しぶりに行って話題にな
   たことに、彼がトイレットペーパーを顔に巻き付けて月光仮面になりきって暴
   ていたのは今は昔。
 
 3)ビッグバン。
 
 4)ビッグバン理論の裏付けとなる背景輻射K3。
 
 5)現代人はストレスにさらされているとよく言われます。新聞でストレスを楽し
   という言葉を見かけてそれが印象に残っています。
 
 6)こどものこころ。
 
 
  著作権を侵害しているものがいくつ有るか解りません。その気は無いのですが全
 だったりして、以前に書いたもので後から気になったのが2つくらい有ります。(^^;
  最後の1行は行儀が悪かったですね。m(__)m
 
 
#2317 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 94/ 2/18 19:10 (139)
『あなたも短詩を』その15.       SOME
★内容
 
『あなたも短詩を』第一五回
 
 遅くなりました。では早速...。
 
 
実作解説
 
☆YKOさん
 たくさん御投稿頂きまして,有り難う御座いました。
 
 「 文字通りの言葉が時代を背負って死んでゆく 」
 これは私には分かりませんでした。イメージが湧かないのです。あとがきも読ま
せていただきましたが,やはり分かりませんでした。比喩が当たり前すぎる気がし
ます。
 
 
 「 ミイラ男に変身させたトイレットペーパーは溶けて流れた 」
 この作品もこの一行では完結していませんね。主題がない気がする。
 
 
 「 夜空を膨らませる特異点としてのワタシ 」
 これは短詩ですね(^_^)。あとがきによると「ビッグバン」との事ですが,この詩
は読み手にいろいろなイメージを与えることと思います。作者の言いたいことの追
体験だけでなく,自分のイメージを重ね合わせられるのですね。UKGさんも推薦さ
れていました。
 
 
 「 K3に温もりと終末感を詰め込んだのは 」
 中途半端ではないですか?余韻を狙ったのでしょうか?「K3」という単語を私
は知らないでいました。エベレストとかの高峰の名前だったかな?なぞと考えてい
ました,申し訳有りません。
 
 
 「 食べてしまいたくなるストレスに食べられてしまいたい 」
 短詩のようで短詩でない。皆さん一度はこういう表現をしたくなるようですね。
 
 
 「 キットあしたもだよ」
 これも短詩ではないようです。イメージがないと言うことと,主題がはっきりし
ない感じです。
 
  それと私のハンドルはSOME(ソメ)です。別のSIGでも「サム」と読ま
れていたようです。
 
 
 今回はYKOさんの作品だけでしたね。
 
 
 なにかと忙しく,村野四郎さんの本の書き抜き(引用)と,短詩作品の紹介を書
く時間がなかなか捜し出せないので,今回はいままで投稿された作品の発表会をし
ましょう。
 
 
−−−−− きまぐれ 短詩 発表会 −−−−−−−
 
☆SASさん
 「 私が蜘蛛の巣から助けた蝶に私もなりたい 」
 
☆UKGさん
 「  決意
  虹 山並 瓦 光るアスファルト 」
 
 「 きりきり噛んだ爪の苦さしょっぱさに逃げ出す文字を見失い 」
 
 「 心臓がひとつ鳴った ああ、と思う 」
 
 「 ことばを重ねてかくした素顔 這ずる思いが指からこぼれ 」
 
 「 あら、蝶が ううん花びらだよ 春が舞う 」
 
 「 こじ開ける貝のこころの痛み指が開く 」
 
 「 へん、なんだい 俺にだって意地があるさ 濡れ落葉 」
 
 「 目カクシヲシテ ミロトイウノカ 事実ノ向コウニアルモノヲ 」
 
 「 稲妻をつかんだ手のひらの小さなしわ 」
 
 「 アスファルトの上 かけらをのこす ガラスのくつ」
 
 「 風は行ってしまったのに 足元で 枯葉が一枚 後ろを向いたよ 」
 
☆KNOさん
 「 壁も窓も天井もアスファルトの上で揺らぐ陽炎 」
 
 「水平線の向こうを僕は見たかった」
 
 「 拳を握りしめても 爪のあとしか残らなかった」
 
 「 言いたい言葉、伝えたい言葉は 午前3時の天気予報」
 
 「 色づき薫る 陽ざしに溶けて 今は秋」
 
 「 最高の演出家である雨は、依頼も受けなければ報酬も受け取らない 」
 
 「 落ちてくる滴に、自分の世界をうつしだして、涙を流す少女がいた 」
 
☆FJWさん
 「 彼女のからだはワインの瓶よりも軽い 」
 
☆FRBさん
 「 花ひらく 貴方が故に   さぁ、ごらんっ!朽ちて逝く様 」
 
 「 ガラスの縁で傷ついた指 赤の海に沈む想い出 」
 
 「 淀みに咲く小さなブラウス 大海への夢昇天 」
 
 「 秘めたる怒り 犬を乗せた時刻表を睨む 」
 
☆TSTさん
 「 鏡の中 涙と一緒に脱ぎ捨てた髪 」
 
 「 入学の朝 鏡の自分に照れ笑い 」
 
☆NMTさん
 「 木々と楽しい晩餐会 風が踊り 虫が歌う 」
 
☆AIさん
 「 「もう何もいらない」そう呟いた私は今どこに・・・ 」
 
☆YKOさん
 「 文字通りの言葉が時代を背負って死んでゆく 」
 
 「 ミイラ男に変身させたトイレットペーパーは溶けて流れた 」
 
 「 夜空を膨らませる特異点としてのワタシ 」
 
 「 K3に温もりと終末感を詰め込んだのは 」
 
 「 食べてしまいたくなるストレスに食べられてしまいたい 」
 
 「 キットあしたもだよ」
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
    以上  第一五回終わり。
 
                                 SOME
 
 
 
 
#2319 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (QJJ52942) 94/ 2/20 12:28 ( 11)
多謝>SOMEさん             YKO
★内容
 
 にぎわいにもならず申し訳ないです。
 
 カメラ片手に散策気分そんな風に続けようと思います。ポジありネガあり心霊写真、
 
 念写なぞも。あの六つは忘れて下さい。(^^;
 
 昨日は奈良に行って来ましたが、テナントビルの3Fにこもっていたので残念なが
 
 鹿に煎餅をやれなかった。
 
 
 
 
#2331 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (MBH38915) 94/ 3/19 10:17 ( 10)
短詩>久しぶりに書いてみました       KNO
★内容
 
 
 ひさしぶりに、短詩と呼べるかどうかわかりませんが、書かせていただきます。
 
 
 「15kHzの夜は 錆びたメトロノームと羊」
 
 
  こんなもんでどうでしょうか。SOMEさん。
 
 
 
 
#3448/3448 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 95/ 6/14 16:51 (110)
『あなたも短詩を』その16.最終回   SOME
★内容
 今から3年前、平成4年7月23日(#1515)に第1回を書き込んだ短詩講座も、ず
っとお休みを頂いており、前回(その15.)は去年の2月18日(#2317)に書かせ
て頂きました。もう1年と4ヶ月も経ってしまいました。心の中では気になってい
たのですが、なかなか再開できず今日に至っております。このままでは中途半端な
ことこの上ない。そこで、今回を持ちまして終了とさせて頂きたく思います。前回
で皆様の作品の発表会を行ったのも、一つの区切りになったのではないかという気
持ちです。
 また皆さんが短詩に興味を持って頂き、再開の御要請があればその時に第2次の
短詩講座を考えたいと思います。
 
=====================================
 
『あなたも短詩を』第十六回(最終回)
 
☆実作解説
 第1次の最後の投稿作品となりましたのは、去年の3月19日(#2331)で頂いたK
NOさんの作品です。では最後の解説を…。
 
 「15kHzの夜は 錆びたメトロノームと羊」
 
 整った短詩作品です。後半の「錆びたメトロノームと羊」がなかなかの表現です
ね。正確にテンポを刻む筈のメトロノームも錆びてしまった。無理に動かそうとす
ると嫌なギ・ギ・ギと音を出しそうな夜、羊はどう寝ているのだろう(羊は従順の
象徴として考えてみました)。前半の15kHZの夜のイメージが若干弱いところ
でしょうか。メトロノームとの関連性から可聴範囲ギリギリの高い音の意味だと思
いますが、これは曖昧ですね。もう少し噛み砕いた表現が良いかと思います。
 
 
 村野四郎さんの「現代詩を求めて」からの書き抜きも「イメージ」の途中までで
したので、区切りの良いところまで紹介して終わりにしたいと思います。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかしこれと異なり論理的心象の構成はしかく簡単ではありません。論理,思想
というような抽象を,どのように感じられる心象としてこれを空間にかかげること
ができるか,これが問題であります。ことに所謂抒情詩から脱けでて,批評とか風
刺,諧虐その他さまざまな知的精神をとりいれ,論理をその主題的なものとする傾
向にある現代詩においては,この方法はとくに重要であるようにおもわれます。
 元来,詩を鑑賞する場合でも,詩の中にある思想的な要素をよみとって楽しもう
とする場合と,詩の中にある感覚的な要素をくみとって楽しもうとする二つの場合
があることは事実です。詩をつくる詩人の側においても同様であります。つまり論
理を詩の主題としたがるものと,感覚的経験を主題にしたがるものとがあるのです。
しかし詩の中で純粋に思考の論理だけをのべることはできません。なぜなら詩は論
文ではないからです。エリオットがいうように「詩は思想をバラの香のごとく感じ
させるもの」でなければ審美の対象とはなりえないからであって,詩の中の思想は,
論理としてでなく,何か感じられるものに変質して,詩の中にはいってこなければ
ならないのです。そして感じられるもの,美の対象となりうるものは何かといえば,
それは情緒であります。それゆえエリオットはここで,思想がある情緒に還元され
る過程についていっているのだと解釈してよいのです。思想を「感じられるもの」
に変えることを,もっと心理的にいえば,論理を心象的なものに変えることであり
ます。これについてはH.リイドが彼の『論理の型態』という詩論の中でこういっ
ています。
 
   詩における論理は感じられる思想とよびたい。そして自分は又どんな思想で
   も,もしそれが心的型態において理解されるのでなければ,詩とはなりえな
   いと考えている。私たちには,より正確なドイツ語 Gestalt に相当する言
   葉がないが,必要なことはなぜ思想又は観念が単に暗喩的な心象のみでなく,
   視覚的心象と感性的に同一なものを喚起するかということである。即ち夢に
   変わった思想に関する説明である。
 
 リイドは,思想は夢に変えられなければ,詩とはなりえないことを主張しながら,
どんな経路をとって夢になるかということに設問しています。私はこの問に対して
次のように応えたいとおもいます。
 思想という一連の論理は思考型態という一つの形をもちます。それはまだ視覚的
な型態とはよばれない一つの型態ではありますが,詩人はこの思考型態とある物象
との間に,一つの類比を求め,その類比を中心にし,又それを手懸りとし,物象を
えがくことによって,そこにかくれ連っている思考型態を暗示しようとするのです。
論理は物象の心象を通して,ここに感じられるものとなります。この暗示の方法は,
物象と物象との間に行われる象徴,又は暗喩の方法と同じものです。こうして思想
はいわば物象の型態に類似した視覚的心象に還元され,つまり一つのイメージとし
て,感じられるものとなり,詩的鑑賞の対象となりうるといえるのです。エリオッ
トのいう思想の「客観的相関物」の設定はこの状態をときあかすものです。
 象徴の原型である比喩は,このような思想の情緒的還元作用におけるもっとも重
要なメカニズムであります。なぜならば,詩人が一個の論文かきでなく,詩人とい
う芸術家である以上,それよりほかに思想を表現する方法がないからであります。
 ことに前にものべたように,現代においては昔と異り,詩人をめぐる外的諸条件
が,詩人に非常に複雑な自意識や,これに伴う論理を要求してきますから,この唯
一のメカニズムに課せられる負担は一層大きく,その詩法としての重要度はいよい
よ増してきています。
 こうした比喩,ことに暗喩によって,思想が心象に還元される状態は,まるで毛
虫の実体が夢幻的な蝶に変身する瞬間に似て,現代詩のあらゆる部分に現れてきて
います。
 
<思想だけでは詩は書けない,その形象化が必要だ>
 それ故こうした思想の情緒的還元の方法をしらないものには,様々な知的な精神
的要素をふくむ現代詩は到底かきえないのではないかとおもわれます。今日いつも
目にふれる沢山の初心者の詩を見ると,詩の中のいたるところに転がっている抽象
的概念は,全く何らの心象的な還元もへず,論理は単なるリクツのままに放置され
ていて,芸術としては全く魂の消化に適さないといえます。事実それらは芸術では
なく,不完全な説得の文章にすぎなくなっているのです。
 暗喩はアリストテレス以後詩法上の最大,不可欠の詩の要素とされていますが,
暗喩の練達さと,これによって創り出される心象,それに対する審美の意識こそ,
いつの時代でも詩作法上の要諦であることに変わりがありません。立派な思想をも
っていれば,自動的に立派な詩がかけると考えるほどナンセンスなことはありませ
ん。なぜならば,単に思想という論理の集積ではいかんともしがたい特殊な感覚と
精神的操作を要する神秘的な領域が,そこに横たわっているからであります。立派
な思想は立派な論文は書けるかもしれませんが,立派な詩がかけるとは限りません。
いうまでもなく深い思想は,事物に対する精密な認識と,深い洞察の成果ですから,
暗喩の広い領域獲得の前提になりうることは確かであります。そういう点で逆に詩
人が浅い,つまらない思想しか持ちあわせない場合は,おそらくその貧弱な暗喩に
よる貧弱な心象造型によって,つまらぬ詩しか書けないであろうことも又事実であ
ります。
 
(この後北川冬彦さんの「鯨」、小野一三郎さんの「大怪魚」を例に取り説明され
て、心象(イメージ)の項は終わっています。)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 長い間ご聴講有り難う御座いました。。そして投稿して頂いた方には心から感謝
致します(_ _)。
 
                                 SOME
 
 

 


第二回は1996年6月から1998年1月までの間です。


#4599/4602 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 96/ 6/14  5:55 ( 22)
短詩(一行詩)研究>UGM
★内容
 
  「個性」
 
  それぞれの季節にそれぞれの花わが娘たちに重ねる
 
 
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 一昨年、この「トークテラス」で、そめさんを講師に、「短詩」の勉強会を開
き、盛況だったことがあります。
 で、そろそろ、第二期を計画して欲しいなあ、そんな思いがあって、上の詩を
アップしてみました。
 
 そめさん、講師、お願いできますか?
 もし、再開していただけるのでしたら、はじめてのみなさんも多いことでしょ
うから、プロの方の作品などを紹介していただきながら、短詩のおもしろさ、楽
しさを勉強するところからはじめてはどうかと思います(そういえば、5月ごろ
に中年隊の連詩を企画するようなことを言ったような言わなかったような。マイイカ)。
 
 
6/13
 
 
 
 
#4606/4608 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/ 6/17 18:51 ( 29)
RE#4599 UGMさん              そめ
★内容
 
●UGMさん
 お久しぶりでした。
 短詩ですね。そうそう前回は平成4年7月から平成7年6月まで、全16回の講
座(?)でしたね。ここ「きまぐれ遊歩道」への参加者も変わってきたこともある
し、再開してみましょうか。
 ただ(ここから言い訳モード)、私の勤めている会社も世間のご多分に漏れず、
不況のあおりを食らっております。外食産業などは賑やかになってきたかな、と言
う気がするのですが、私ども建設業は構造不況とかで、政府もテコ入れするのでし
ょうが私たちの会社のような末端には何の影響もありません。いつ吹き飛んでもお
かしくない状況です(;_;)。生き残るために必死です。ただ無闇と忙しいだけで、
詩作をする気持ちにもなかなかなれません。
 
   …こんなときだから、詩作を…
 
 実は私はクラシック・ギターを愛好する者なのですが、右手が腱鞘炎になりここ
数カ月、楽器に触れてもいません。それも、心をカサカサさせる一因…。
 
   …こんなときだから、詩作を…
 
 あぁ、何を書いているのだろう。…そんなこんなでResは遅くなったり、不定
期になったりしますが、応援して下さいますか??(甘えるのではない!←天の声)
 
 前回のSysOpはTHRさんでしたが、今回はTMさんですね?開講して
よろしいでしょうか?
 
 「短詩」そのものと私のかかわり合いなどは、次のアーティクルで。
 
                                   そめ
 
 
 
 
#4607/4608 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/ 6/17 18:52 ( 37)
短詩と私(なんか恥ずかしいタイトルだなぁ)  そめ
★内容
 
 私が短詩と出会ったのは30年も前になりますが「抒情文芸」という投稿文芸誌
が初めてでした。この文芸誌は小説・詩・短歌・短詩というジャンル分けで、一般
読者の投稿作品が紙面の半分を占めていました。短詩の選者は山村祐先生と言う方
でした。後は憶えていない(^_^;)。結構投稿される方多かったようです。各県で支
部を作り、「抒情文芸」誌とは関係なく(読者であることは勿論ですが)会員の作
品を批評などしたり、機関誌も出しました。全国大会も開かれ、私も一度参加させ
ていただきました。
 この短詩の山村先生は、別に「短詩」という同人誌を発行なされていて、私も早
速会員になったものです。しかし皆さん理論武装なさり、目もしっかりしている。
感性も抜群の方達が揃っていて、若輩者の私などは、恐くてなかなか投稿できませ
んでした。
 
 残念ながら抒情文芸は商業ベースに乗り辛かったようで、私が購読を始めて数年
で廃刊になってしまいました。全国の読者で、復刊運動・カンパを募ったりしまし
たが、結局1号しか延命する力はありませんでした。
 それから20年も経ってしまいますが、私がここに何の因果か「あなたも短詩を」
講座を開くようになったとき、ひよんなことから「抒情文芸」がまだ続いている事
を知りました。廃刊を惜しむ読者の必死の努力で、版権を頂き(前は久保書店でし
た)、季刊ではありますが発行を続け今夏季号で79号になりました。投稿という
形を今も採っています。しかし山村先生ご高齢と言うことで、「短詩」は金子兜太
先生による「俳句」になっていました(今は三橋敏雄先生です)。
 ですので、「短詩」と言うことを正面に挙げた場所は、今はここだけになってし
まったのかなあ、という気がします。
 
 
☆TMさんへ、皆さんへお詫び&お願い!
 今年の1月に、この抒情文芸も全国大会が開かれ、昔の投稿者が多数集まったそ
うです。私は参加できなかったのですが、このSIGでの短詩の状況をプリントし
て提出させて頂きました。山村先生もご出席されたそうなので、目に止まったので
はないかと思います(その割には、何の連絡もありませんが…)。
 SIGに何の相談もなく、当時の講座に参加なさった方の承諾も得ずそのような
場に提出してしまったことを、とてもおそくなってしまいましたがお詫び申し上げ
ます。お許し下さい!
 
 
                                   そめ
 
 
 
#4608/4608 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/ 6/17 18:53 ( 29)
【短詩】とは?                そめ
★内容
 
 さて、「短詩」とは?と問われて明確な定義などできない自分であります。字義
の通り「短い詩」?私は、『基本的には一行からなり、それだけで自立でき、十分
なポエジーを内包するもの』と考えております。爆発寸前の風船で、エネルギーが
詰まっています。
 
 何はともあれ、昔の同人誌から私の好きな作品を数編挙げてみましょう。前回紹
介したものもあります。
 
 ☆後藤すみこ
  「あばらを開いて星がおちてゆくのをみせてあげよう」
 
  「やがて川となり裸体を流れる黒髪」
 
 
 ☆坦ケ 真理子
   「こんなに濡れて 紙飛行機の夕暮」
 
 
 ☆三枝 宏子
   「とっても痛みますサラサラ砂の傷くれたひと」
 
 
 このようなモノを「短詩」と考えています。いかがでしょう?
 
 「短詩講座」開講を前提とした文章となってしまいました。申し訳ありません。
TMさん、宜しくお願いします。
 
                                   そめ
 
 
 
 
#4609/4609 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (TRIMOON ) 96/ 6/19  0:50 ( 13)
RE#4607>短詩講座          TM
★内容
トークテラスの研究と批評の場にふさわしいので、
再開していただくとうれしいですね。
 
旧の短詩講座をまとめて、ライブラリ化も考えていたのですが、
初期のころのが残っていなかったので、
改めて新規開講はうれしいです。
 
短詩の発表の場は、きまぐれギャラリーとか気まぐれ地下室ともありますので、
十分活用してください。
 
 
                 (TM)
 
 
 
 
#4613/4615 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 96/ 6/22  9: 7 ( 31)
祝!開講「短詩講座」>UGM
★内容
 
 そめさん、年寄りのわがままを聞いていただき、感謝しています。
 
 気長に続けましょう。
 
 ここ4年ほど、子どもの本を読み、評論の勉強を続けながら、あち
こちの集まりなどにも顔を出してきたわけですが、80年代後半から
90年代前半までの過度期が終わり、いま、転換期に入ったと思いま
す。
 たとえば児童文学の場合は、感性を大切にする短編と、子どもたち
をとりまく過酷な状況を突破していく方向を提示しようとする長編、
この二つに集約されてきたといえます。
 
 わたしが、今回、「短詩」講座の再開を呼びかけたのは、感性を大
切にするという方法論をもう少し突っ込んで勉強し、同時に、自らの
センスを確かめてみたかったからなのでした。
 
 そして、そめさんの紹介してくれた、担ケ 真理子さんの「こんな
に濡れて 紙飛行機の暮」を読み、わたしの考えがそう間違ってはい
ないな、と確信を持っているところです。ほかに、後藤さんや三枝さ
んの作品もすばらしいのは言うまでもありませんが、担ケさんの作品
は、秘めたる爆発力では最高だと思います(前回もずっと注目してお
りました)。
 
 そめさんの講座に参加しながら、思索を深めると同時に、短詩の創
作も楽しみたいと思っております。どうぞよろしくお願いします。
 
 
6/20
 
 
 
 
#4621/4621 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/ 6/25 22: 7 (139)
【短詩】短詩講座 その1.          そめ
★内容
 
 では早速「短詩講座」第1回を開きましょう。
 
 といっても、小難しい理論を研究する訳ではありませんから皆さん気楽にご参加
下さい。
 形態としては、前回を踏襲させて下さい。
 
 ●皆様の投稿の作品を私なりに解釈させて頂く。
 ●その時の関連事項を考える。
 ●作品紹介
 
を三本柱として行きます。
 それで、皆様作品を投稿されるときに、出来るだけタイトルの先頭に【短詩】と
いうヘッダーを付けていただくと助かります。全ログは閲覧しておりますが、漏れ
がないとは限りませんので(^_^;)。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第一回
 
 まず、UGMさんの実作が寄せられているので、解説を試みてみましょう。
 
 ☆UGMさん
  「個性」
   それぞれの季節にそれぞれの花わが娘たちに重ねる
 
 えー、まず題の「個性」をどう扱うか、まだわたしの中で判っていません(^_^;)。
一応2行の作品として扱いますが、基本として1行でお願いしますね。
 それはそれとして、この作品からはUGMさんの娘さん達に対する愛情が優しく伝
わってきます。しかし(^_^;)、これは私の感覚では和歌だと思うのです。どこがで
しょう?。まず「呼吸」が挙げられます。この作品は2呼吸で読まれると、より良
いような響きを持っていますね。リズムがあり「すぎる」気がします。メロディに
なってしまっていませんか?
 それと「イメージ」。これは題材と相俟って、ある種の色彩が感じられて結構で
した。しかし(^_^;)(^_^;)、この作品の中心主題をこの「色彩」にもって行きたい
気がするのです。そのときはインパクトが弱い、ですね。エネルギーがちょっと足
りない。
 
 厳しすぎる指摘かも知れません。申し訳ありません。
 
 
 次に私の短詩の師である山村先生の文章を載せたいと思います。これは前回の講
座にも紹介させていただきました。「短詩」という同人誌に載せられた文章です。
 
=====================================
『 「一行の詩と多行の詩」      山村 祐
 
 俳句誌や川柳誌では,読者は予め,それが一行の詩であることを期待して読んで
くれるが,私たちの一行の詩には読者に必ずしもその予期は与えられていない。揃
べられた数篇の一行詩を一篇の詩作品と思いこんで,父子で検討してみたがどうし
ても理解できなかったという笑えない話もある。
 一行の詩は,一行で完結した世界をその体内に展開させていなくてはならない。
読者にそれを納得させなくてはならない。従って,一行の詩には一行の詩としての
性格が生まれてこなくてはならない。
 「短詩」誌は,一行の詩というをまず表面に押し出してきた。一行で完結する詩
的世界の創造方法を検討するために。その創造方法が俳句や川柳とどう違うかを見
きわめるために。
    *
 私は人間の生理的な条件を重視して,短詩を一呼吸の詩と規定してきた。しかし
一呼吸のうちに快適に読み切れる範囲は昔と大分条件が変わっている。
 詩が声を出して読まれることの多かった時代から,現在は活字文化の深化によっ
て,黙読されることがむしろ普通となった。黙読といっても頭の中で声を出して読
んでいることもあり,単に眼で活字を追っていることもある。いずれにしても,声
を出して読まれるときと活字で黙読されるときと,二つの読み方がはっきりしてき
た。従って,一呼吸で快適に読み終える範囲は,かなり拡まっていると言えよう。
声を出して読む速度と,黙読の速度とにはかなりのひらきがあるのだから。
    *
 リズムがある時間継続されると自然にメロディの要素を生むという考えが久しい
前から私の頭を離れない。何処かで読んだものなのか,自分で考えたものか,今で
は定かでない。このことと,短詩形作品は一呼吸詩だという考えとは密接に関係が
あるように思う。
 定形短歌には昔から朗詠の習慣がかなり行われてきたが,俳句や川柳にはそれが
ごく少ないことを以前書いた。『短歌の朗詠では,575をよみあげてから,次の
77に移るとき,声の調子を変えて読むとよみ易いし,美しくも聞こえます。例え
ば初心講座3の例歌の<玉の緒よぉ絶えなば絶えねながらえばぁ>と声に張りをつ
けて高々とよみ,次に<忍ぶることの弱りもぞするぅ>に移るときは,呼吸を変え,
声を低く弱々しくうたうことによって,効果をあげます。このことは,短歌の定形
は,二呼吸によまれる性格をもつことを示すものと言えます。』(「短詩」No.
5初心講座5)
 しかし私には短歌の性格がまだよく掴めていない点がある。特に最近の非定形短
歌には,一呼吸詩への接近が感じられるものがある。短歌の構成の変化にもよるが,
朗読と黙読の違いも作用しているのであろう。
 いずれにしても,定形短歌は呼吸を変えてよまれるときメロディの要素を生み,
一旦メロディの要素を生んだとき,更に次々とメロディを展開させてゆきたい欲求
と,それを圧さえる気持ちとの双方が働くのではあるまいか。短歌の朗詠で終わり
の77を2回繰返すことや,かつて寺山修司氏が「短歌は歌謡曲になれ」という意
味の言葉を吐いたことは,短歌のそうした性格を示しているように思う。
 俳句,川柳,短詩の音量は,リズムがメロディの要素をまだ生まないところに,
その限界を求めたい。私が短詩を,呼吸を変えないで一呼吸のうちによむ詩と考え
る根拠の一つはここにある。
    *
 一呼吸の詩とは,その体内に断絶や休止感を持たないということでは決してない。
またそれは必ずしも一行の詩とは限らない。三,四行に行分けした,いわゆる多行
形式の一呼吸詩があっても差支えない。俳句や川柳にはこうした試みはすでにあっ
た。俳句の高柳重信氏や川柳の松本芳味氏など。
 「短詩]誌でこれから多行形式を試みるとき,その作品が高柳作品や松本作品と
どう違うか,の検問をうけることを,将来は覚悟していなければならないだろう(
高柳作品や松本作品が,それぞれ俳句であり川柳であるならば)この辺はかなり微
妙な点だ。もちろん作者は俳句であり川柳であると考えている。そのタイトルで発
表しているのだから。しかしこの二人の作家が,俳句の枠,川柳の枠を踏み越えて
いたか,いなかったかについては,なお検討の余地が残されている。しかし私は看
板の名称争いを試みようとするのではない。二人の作品が現代的な発想に支えられ
ていると考えるならば,その作品の検討は決して無意味ではないことを言っておき
たいのである。
    *
 短詩形式(私の考えでは一呼吸詩)を前提条件として承認する詩人と,これと別
に,ポエジーの要求に従って,長くも短くも作品を書く詩人とがいることを前号で
触れた。私はこの両者をジャンルの問題として,最短詩形の詩と,現代詩とに分け
て考えてみた。現代詩から出発してきた私は,後者の短い詩にも充分な魅力を感じ
ている。
 ここで私は提案したい。もし欲求の烈しい詩人がいるならば,短い多行形式の作
品を寄せて欲しい。いずれにせよ「短詩」の性格は,魅力ある作品によって,おの
ずから明らかにされてゆくに違いないのだから。              』
=====================================
 
つぎは作品紹介。5つ程。
 
 ☆若生 敬一郎
   「息つめ息つめ思索の海底に潜る 眼鏡かよ」
 
 ☆渚 ゆう
   「めくった夜中 寝ていた白猫釣る」
 
 ☆九島 秀夫
   「落下 とある日の透明な血を掬う」
 
 ☆早川 琢
   「悪阻の妻 葱の白さを盗み見る」
 
 ☆坦ケ 真理子                マ リ
   「閉鎖の陰で食虫植物を食べていた わたしの教授」
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 以上 第一回短詩講座終了。
 
 ご意見、ご批判、なんでもお寄せ下さい。               そめ
 
 
PS TMさん 前回の講座のログは全部持っていますが、利用して頂けます
  でしょうか?
 
 
 
 
#4628/4629 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 96/ 6/30 11:26 ( 19)
短詩>UGM
★内容
 
 「短詩講座」、はじまりましたね。
 で、「個性」を取り上げていただき、恐縮です。例としては、あまり上等の出
来栄えではありませんでしたね。
 
>リズムがあり「すぎる」
 そのとおりです。語呂合わせになっていますね。エネルギーも不足気味です。
 
 山村さんの提唱しておられる、「短詩形式=一呼吸詩」という考え、なるほど
うまく言い当てていますね。納得です。
 
 作品紹介では、早川さんの、「悪阻の妻 葱の白さを盗み見る」は秀逸ですね。
 あの、ぬるりとした白さと、それを盗み見る視線が絡みあう様が目に浮かんで
きます。
 こういうのを真似ないといけませんね。
 
6/30
 
 
 
#4632/4635 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (JKM15020) 96/ 7/ 1 22:34 ( 1)
短詩   優しいひととき    SZR 
★内容
小さな寝息の三重奏 疲れも忘れ笑顔に戻る
 
 
 
#4633/4635 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (JKM15020) 96/ 7/ 1 22:40 ( 1)
短詩   母は強し     SZR
★内容
風邪ひくたびに 寝てられないと強くなる母  
 
 
 
#4634/4635 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (KAE89861) 96/ 7/ 2  7:16 ( 9)
短詩のこと         NS
★内容
 
 
そめさん、ごぶさたでした。
 
短詩、興味深く拝見しております。
がしかし、あまりに極端という感じがして、なかなか近寄れません。
詩を作る上での参考にさせていただくということで、拝見させていただきますね。
 
      NS
 
 
 
#4654/4655 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/ 7/11 18:34 ( 11)
短詩Res:御礼&遅くなって申し訳有りません そめ
★内容
 
●SZRさん
 短詩を2つUPして頂いて有り難う御座います。御礼が遅れて申し訳有りません。
第二回の講座で解説させていただきます。
 
●NSさん
>がしかし、あまりに極端という感じがして、なかなか近寄れません。
 うーむ、そうおっしゃらずに是非参加して頂きたいものです。
 
 
 もう少々お時間下さい。                       そめ
 
 
 
 
#4657/4658 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/14 15:13 ( 8)
短詩 > 恋心                MSI
★内容
 
  透けし細首の淡き後れ毛に誘われたる宵風の夏色に燃揺る溜め息
 
                                MSI
 
  P.S. そめさん > (ボードでは)御無沙汰致しておりました (^^)v
     短詩講座を初められた御様子。詩の勉強を兼ねて、参加させて頂こう
     と思います。宜しくお願い致します m(__)m 。
 
 
 
 
#4658/4658 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/14 15:14 ( 4)
短詩 > 夏の夜               MSI
★内容
 
  硝子の中で崩れ落ちる氷の切ない響きを運ぶ風の中でときめく浴衣の影
 
                                MSI
 
 
 
 
#4661/4663 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/18 23:35 ( 5)
短詩 > 凧                 MSI
★内容
 
  糸の切れた凧は自由に夢の空を舞うけれど
          風の切れた凧は静かに落ちて行くものよ
 
                              MSI
 
 
 
 
#4663/4663 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/ 7/21 19: 5 (164)
【短詩】短詩講座 その2.          そめ
★内容
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第二回
 
 まずはRes
●KNOさん
 KNOさんの作品への感想が中途半端だったような気がしますが、時効と言う
ことで大目に見てやって下さい。
 さて、短詩講座を再開いたしましたので投稿をお待ちしています(^_^)。
 
●UGMさん
 早川さんの「悪阻の妻 葱の白さを盗み見る」が気に入られたようですね。こう
いう雰囲気は私好みです(^_^;)。「悪阻」にルビをふるのを忘れていました。「つ
わり」です。私は男ですので「悪阻」の気分は判らないのですが、判らないながら
も、さもそうであろうという男の作品ですね。
 
 
 次に実作解説です。
 ☆SZRさん…遅くなって申し訳有りません
  「優しいひととき 小さな寝息の三重奏 疲れも忘れ笑顔に戻る」
 
 また「題名」が付いていますね(^_^;)。俳句、短歌などと同じく、題名は基本的
に要りません。が、題名も作品の内である、と思われて書かれる方はそれでも結構
です。今回は作品の中に組み込んでしまいました。
 意識的か、無意識か…5・7調になっていますね。私などはわざと避けるような
体質になっていますが。標語などを考えると、つい5・7調になったりしますね。
万葉の時代からのものですねぇ。やっぱり、短歌ですか、この作品は。優しい作品
大歓迎なのですが、緊張感とか、エネルギーが欲しい気がします。
 
 
  「母は強し 風邪ひくたびに 寝てられないと強くなる母」
 
 これもリズムをひきずっています。そして、この作品はこれで一行の作品ではな
い気がします。前回の講座でも何回か指摘させていただいた「ある詩の中の一行」
ではないでしょうか?「小さな寝息…」のほうは、確かにこれで完結しています。
が、この作品は一行で立つには弱い気がします。もっと沢山のことを言えるのでは
ないでしょうか。ぎゅっとエネルギーを詰め込みましょう(^_^;)。
 
 
 ☆MSIさん
 お久しぶりですね。私は感想もなかなか書き続けられずに、一年もすぎてしまい
ました(私信モードで失礼!)。
 さて、短詩作品を頂きました。有り難う御座います。うむ、やはり読めない単語
がちらほら…(ルビをふってくださると助かります)。
  「恋心 透けし細首の淡き後れ毛に誘われたる宵風の夏色に燃揺る溜め息」
 この作品にも題が…。言葉遣い、情景描写には定評のあるMSIさんの面目躍如で
すね。化粧品の宣伝の、うなじ当たりを描いた日本画風のイメージを思い浮かべま
す。言葉達もそれぞれ雰囲気を醸し出して結構なのですが、短詩としては余りにお
喋り過ぎる気がします。つまり「説明文」のような感じを受けます。「宵風の夏色
に燃揺る」等という、ふるい付きたくなるような(あれこんな表現あったかな?)
魅力に溢れていますが、いかんせん普通の詩作品むけの言葉ですね。短詩ではこの
一行を多分2つか3つの言葉で言わなければいけないのではないでしょうか。
 
 
「夏の夜 硝子の中で崩れ落ちる氷の切ない響きを運ぶ風の中でときめく浴衣の影」
 
 これも、ずいぶんとお喋りです(^_^;)。情景描写としても前の作品の方が良い出
来のようです。ちょっと分散気味です。MSIさんはこういう「浴衣の影」をどうな
さりたいのでしょうか。隣の家の綺麗な嫁さんだったりして…(←冗談ですよ)。
 
 MSIさんの作品は、長いとは思うけれど、心魅かれるものです。この線で突き詰
めていって欲しいと思います。
 
 
 さて、次は昔の短詩誌に掲載された短詩作家達(素人ですが)の詩論を紹介しま
す。昭和43年、44年頃のものです(27、8年前(^_^;))。みな手探りで短詩
を作っていました。
=====================================
『  「短詩についての試論」               三枝 宏子
 
 短詩は川柳でも短歌でもない。
 こんなあたりまえのことは、すでに短詩作家なら誰でも知っているであろう。し
かし短詩暦一年半(その間半年あまり空白状態)位になる私は、短詩の本質がわか
っているか?等と問われたら、いまだ何もわかっていないのである。そこで短詩と
は何か、そしてさらに短詩の現代詩的発想とは何かをあらためて、私なりに考えて
みようと思うのである。
 早川琢氏は「短詩とは究極において現代詩であらねばなるまい」と、もっともら
しくのべているが、私はもっとはっきり言おう。
 短詩とは現代詩である。
 だから私は自己流の短詩を書く。ただ私の技法で書く。当然出来あがった作品に
は私の形式が生まれる。それが個性にもなってゆくのだと思う。その点で私は川柳、
俳句、短歌などとは別に、しかもそれらとはまったく異なった、新鮮な程のミリョ
クをもって、短詩が誕生したと言うことはうれしい事実だと思う。そしてその短詩
を偶然のめぐり逢いのように知ってしまった私は、ああそうですか短詩などと言う
ケッコウなものがあるんでしたら、せいぜい自由に書かせてもらいましょうか、と
大きなツラをしているのである。それは私が、ほとんど自由を許されない、しかも
かならずしも正しいと言えない道徳、秩序等がはんらんしすぎいている現代の状況
の内側で詩の世界ではせめて言葉を拘束せず、私自身も出来るだけ手足をのばし、
自由に生きてやろうと言う願望をいつももっているせいである。それ故、時々短詩
誌上で俳句とも川柳とも短詩ともつかない、カビくさい作品に触れると、オイお前
お願いだから再一度頭の掃除をやってくれよ。と言いたくなるし、思わずかがみこ
んで嘔吐したくさえなってくるのである。私はあくまで誰が何と言おうと、短詩を
現代詩として現代詩的立場から読み、論じてゆくつもりだ。(短詩を俳句、川柳な
どと並べてみれば、ただ短詩には伝統がない、とか現代詩的発想で書かれるものだ、
とか一行ほどの詩である、などと言う短詩論をいつまでも空しくくりかえし続ける
様な気がしてならないのだ。)
 いろんな短詩論の中で一番私の心をさそった中島可一郎氏の「放哉と冬彦」の中
で彼は、
 
    馬
 軍港を内蔵してゐる
    *
    春
 てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った
 など幾つかの短い現代詩をとりあげ、さらに「ぼくは、短歌や俳句・川柳などだ
けを短詩型文学の範囲にいれているわけではないので、現代詩とよばれるジャンル
についても、その対象に入れているものがあるのをお断りしておきましょう」と、
最初にことわり書きがしてある。だがこれらの作品を、
 馬 軍港を内蔵している
 春 てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った
 と書きなおしてしまえば、それはもう立派に短詩誌上にとりあげられるであろう。
どこがちがうかもうわかっていると思うが、前者の場合には、馬・春はテーマとな
っており、後者の場合にはテーマと言う役目が失われ、詩の中に含まれている。
 私は短詩を書きはじめた頃、なぜ短詩に題をつけないのだろうかと考え、またそ
のことを誰もあまり気にとめていないことを不思議に思った。しかし今少しわかっ
てきた様な気がする。つまり俳句とか川柳とかの古くささに対して短詩という新し
いものが、考えだされたからである。これが現代詩の中から、現代のベラボウに長
くなりがちな詩に対抗して、短詩という短いモノをみなおそう!などと言うカンバ
ンのもとに、短詩がうまれていたら、最初っから短詩にはちゃんと題がつけられ、
今の様に俳句や川柳などと論じられることも、ほとんどなかったであろうし、あえ
て現代詩的発想をもってと言う必要もなかったであろう。そのうち私は題をつけて
書くかもしれない(私の短詩として)。一つ一つに題をつけ現代詩として現代詩誌
上に発表しても、誰もそれをアングラ詩だなどとケチをつける奴はいないと思う。
またもしそう言う奴がいたら、そいつの頭の中にはクモの巣ばかりがはびこってい
るにちがいない。しかしどうか?今書いている私たちの短詩を、いくら今アングラ
全盛時代だとは言え、アングラ呼ばわりされたのでは、私は黙っておさまっておれ
ないのである。時々短詩をやめてしまおうかと思ったことがあったが、私は短詩を
アングラ詩的にしか見ない人がいれば、なお書いてやる!と言う気になってしまう。
だがそう言われたということに関しては、私達にも責任がある。短詩を安易に考え
すぎているからだ。以前短詩研究会において、短詩とは現代詩を縮めたものだよと
か、この短詩は引きのばせば現代詩になるんではないかとか、そんな情けない発言
を、私は一、二度耳にしたことがあった。私が今一番恐れていることは、今後も短
詩が俳句や川柳と現代詩の間にはさまって、中途半端的に息苦しく呼吸するのでは
ないかと言うことである。短詩が短詩として孤立してしまえば問題はないわけだ。
それには私達のよりいっそうの自覚が必要となってくる。短詩をこれからも書いて
ゆこうとする以上は、私達に短詩に、また自作品に責任を持たなくてはならない。
いくら私達短詩作家が若くても、短詩を今後育ててゆくのは私達の役目なのだから。
短詩という短さの中に、たえず私達は脱皮と冒険をくりかえすべきだ。
                                    』
=====================================
 
 次は作品紹介。
 
 ☆石津 恵造
   「ネ・ねホントよワカッタ轢死体がたやすく騒ぎはじめる血友病者らの懺悔
                                なんだな」
 
 ☆石原 明
   「嘔吐に失流していくイルミネーションの生活の白い指紋に展ける水平線」
 
 ☆いずみ たつこ
   「組んだ足 だるくって切ってしまった」
 
 ☆後藤 すみ子
   「訣れる時は雪の上を上手に歩いて下さい」
 
 ☆坦ケ 真理子         スロウプ
   「(皮膚を噛むのよ)潜伏期の傾きでスカートに嫌気性細菌這わせる」
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 第二回短詩講座はこれまで。
 
                                   そめ
PS。MSIさん。またまた作品を有り難う御座いました。こちらは、第3回の方
         で解説させていただきます。
 
 
 
 
#4665/4669 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/23  2:26 ( 32)
やはり短詩は難しいですね          MSI
★内容
 
  特に私のように、幾つもの描写を重ねてひとつの色を模作する人間には、
  きついものが在ります(自己分析(^^ゞ) そして、やはり、 "お喋り" に
  なって仕舞いますね。講座を拝読させて頂きながら、気長に短詩を勉強さ
  せて頂きます。
 
>来のようです。ちょっと分散気味です。MSIさんはこういう「浴衣の影」をどうな
>さりたいのでしょうか。隣の家の綺麗な嫁さんだったりして…(←冗談ですよ)。
 
  其処が問題です。ああもしたいこうもしたい… でも、本当は蛇の生殺しが
  良いな。等と思いながら、結局自分自身が生殺しに成っていたりして (^^;
 
  って、冗談ですけどね (^^;
 
  流石に そめ さん… 鋭いところを突かれて仕舞いました ^^;
  詩に限らず… 最近は随所に其の辺り(どうしたら良いのか分からない)と
  伝うか、「自分はどうしたいのかが分からない… 」と言った淀みが滲み出
  ています。人生の夏ばて期に突入したか… 或は、持て余し症候群に陥って
  仕舞ったのか… 取り敢えずは、一過性の夏風邪で在って欲しいと願う今日
  この頃です(以上自己分析でした ^^;)。
 
 
> 隣の家の綺麗な嫁さん
    アオム   ムシ   アヤ      ヤワハダ
    腹向けの蟲よりも妖しく身悶える淡肌
 
 
        アマ
    罠よりも蜜い眼差し
 
                          (嘘)^^; MSI
 
 
 
 
#4666/4669 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/23  2:27 ( 5)
短詩                    MSI
★内容
 
              ヨイヤミ
    お前の帯が蛇にみえる宵闇
 
                              MSI
 
 
 
#4667/4669 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/23  2:28 ( 5)
短詩                    MSI
★内容
 
    ヨルナガ    イロサム イ  ワケ
    夜流れる汗の艶寒い伝い分
 
                              MSI
 
 
 
#4668/4669 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/23  2:29 ( 4)
短詩                    MSI
★内容
 
    透けし肌より見えぬ心の綾に魅せられた夜
 
                              MSI
 
 
 
#4669/4669 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/23  2:29 ( 4)
短詩                    MSI
★内容
 
    夏の夜 忘れられた言葉を誘う波音
 
                              MSI
 
 
 
 
#4673/4675 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (YUM93661) 96/ 7/28 13: 5 ( 6)
短詞                    TNK
★内容
 
 稜線をたどる君の指先に燃える我が心
 
           TNK ☆彡  28-July-1996 12:56:42 PM
 
 
 
 
 
#4674/4675 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (YUM93661) 96/ 7/28 13: 6 ( 6)
短詞                    TNK
★内容
 
 君授けし従順の喜び 君与えし般若の思い
 
           TNK ☆彡  28-July-1996 01:01:00 PM
 
 
 
 
 
#4675/4675 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (YUM93661) 96/ 7/28 13: 6 ( 6)
短詞                    TNK
★内容
 
 銀色の細長き蜘蛛の糸 我捕らえし君の糸
 
           TNK ☆彡  28-July-1996 01:03:12 PM
 
 
 
 
 
#4676/4686 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/30 18: 6 ( 4)
短詩                    MSI
★内容
    カ ヤリビ
    蚊遣火に落ちたるまなざしに からみし溜息
 
                                MSI
 
 
 
#4677/4686 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/30 18: 7 ( 4)
短詩                    MSI
★内容
 
    戯れ言と濁せども 猶余りし想いの仮名遣い
 
                                MSI
 
 
 
#4678/4686 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/30 18: 7 ( 4)
短詩                    MSI
★内容
 
    水面を移る篝火に飛び入る虫にもにた一夏の恋
 
                                MSI
 
 
 
#4681/4686 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/30 23:56 ( 3)
短詩                    MSI
★内容
 
    奇麗に澄んだ瞳の奥のドロドロが美しい
                              MSI
 
 
 
#4682/4686 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/30 23:57 ( 4)
短詩                    MSI
★内容
 
    薔薇の棘で君の胸の膨らみを弄ぶ夜
 
                              MSI
 
 
 
#4683/4686 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/30 23:57 ( 4)
短詩                    MSI
★内容
 
    嘘にせよ 何処までだったら信じてくれる?
 
                              MSI
 
 
 
#4684/4686 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/30 23:58 ( 4)
短詩                    MSI
★内容
 
    三角に張られた糸は縺れないらしい
 
                              MSI
 
 
 
#4685/4686 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 7/30 23:58 ( 4)
短詩                    MSI
★内容
 
    夜の色に染まらない様に 君を朝に帰してあげても良いよ
 
                              MSI
 
 
 
#4688/4694 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 8/ 5 23:57 ( 4)
短詩                    MSI
★内容
              ソ ト
  ああ、風景が。 想い出の圏外でひからびてゆく。
 
                              MSI
 
 
 
#4689/4694 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 8/ 5 23:58 ( 4)
短詩                    MSI
★内容
 
  心が蘇生した夜、腐った痛みが僕を呪う。
 
                              MSI
 
 
 
#4690/4694 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 8/ 5 23:58 ( 4)
短詩                    MSI
★内容
 
  風に流れる蜘蛛の糸にからまる微かな虹のかおり
 
                              MSI
 
 
 
#4691/4694 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ARE63145) 96/ 8/ 6 12:31 ( 4)
ここは短詩の場なのですか
★内容
短詩も、きまぐれギャラリ〜に書いた方がいいと思うんですけど。
ちがうかな。。。。
 
                      THR
 
 
 
#4692/4694 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (TRIMOON ) 96/ 8/ 7  9:17 ( 13)
短詩の掲載について TM
★内容
きまぐれトークテラスでは、
短詩講座は7月21日以降、
ギャラリーの感想等は7月16日以降掲載がありません.
丸2週間以上掲載がないということは、
短詩の掲載が原因とは特に考えられませんが、
トークテラスでの短詩の掲載は短詩講座での研究のためですので、
短詩を発表される方は、次の短詩講座までの間の短詩の掲載は
1文書内に複数の短詩をまとめていただき、
短詩講座間での短詩の掲載は一文書内にとどめていただくようお願いします.
どうしても発表したいということであれば、
フォーラム#2のきまぐれギャラリーまたは
電子会議室#3の気まぐれ地下室を利用してください.
                    (TM)
 
 
 
#4694/4694 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/ 8/ 7 21:44 (171)
【短詩】短詩講座 その3.          そめ
★内容
 今回は沢山の短詩の発表がありましたので、そのコメント集ということにさせて
頂きました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第三回
 
 発表して頂いたMSIさん、TNKさん有り難う御座いました。ちょっと厳しいコ
メントもありますが、ご勘弁下さい。これに懲りず、たっくさんの作品お待ちして
います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1.
 
凧:糸の切れた凧は自由に夢の空を舞うけれど
          風の切れた凧は静かに落ちて行くものよ
 
                              MSI
 
コメント:まず、長すぎます。そして内容は短詩ではありませんね。当たり前の内
容を当たり前の表現で書いた…。ちょっと厳しすぎますか?
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
2.
 
              ヨイヤミ
    お前の帯が蛇にみえる宵闇       
                       MSI
コメント:これも違うなぁ(^_^;)。…その「宵闇」がなんなの?
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
3.
    ヨルナガ    イロサム イ  ワケ    
    夜流れる汗の艶寒い伝い分       
                       MSI
コメント:これが短詩です。内容はちょっと難しいですが…。「寒い」に関してで
すが、もうすこし季節感が欲しいという気がします。別に俳句ではないのでこのま
までも良いのですが、抽象的になっていますのでどこかに具体的なものが欲しいと
思いました。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
4.
    透けし肌より見えぬ心の綾に魅せられた夜              
                       MSI
コメント:ぎりぎり短詩かな?でもそう考える
には「透けし肌」が具体的過ぎるなあ。いい雰囲気ですが。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
5.
    夏の夜 忘れられた言葉を誘う波音                 
             MSI
コメント:「夏の夜」「忘れられた」は陳腐な表現。名詞で終わっていて、「それ
でどうしたの?」と言いたくなります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
6.
 
 稜線をたどる君の指先に燃える我が心
 
           TNK ☆彡  28-July-1996 12:56:42 PM
 
コメント:うーむ、やはり短詩ではない気がするな。「稜線」に心を込めたのでし
ょうが、まだ十分ではない。それと『短詞』となっていましたが、これに意味はあ
るのでしょうか?新しいジャンルかな?
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
7.
 
 君授けし従順の喜び 君与えし般若の思い
 
           TNK ☆彡  28-July-1996 01:01:00 PM
 
コメント:文語の表現が気になります。と言うよりも、普通の言葉で良いのです。
どうしても短歌をひきずってしまいそうですから。
 「君から貰った従順の喜び 君がくれた般若の思い」で良いですか?これは、ま
だエネルギーが十分ではないですね。正直言って、「従順の喜び、般若の思い」は
陳腐過ぎます。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
8.
 
 銀色の細長き蜘蛛の糸 我捕らえし君の糸
 
           TNK ☆彡  28-July-1996 01:03:12 PM
 
コメント:これも文語だ(^_^;)。表現は、まだ長いですね。例えば「蜘蛛の糸」は
「銀色」で「細長い」のは当たり前です。ですから、短詩では前半は「蜘蛛の糸」
だけになります。後半は、「その様な糸に私は捕らえられた」訳ですが、これも当
たり前の発想なのですよね。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
9.
 
    カ ヤリビ
    蚊遣火に落ちたるまなざしに からみし溜息
 
                                MSI
 
コメント:う〜ん、なんで「からみし」という文語なのだろう?すなおに「からむ」
で十分でしょ。で、これは短歌ですね。文語を使っているから、という意味ではあり
ません。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
10.
 
    戯れ言と濁せども 猶余りし想いの仮名遣い
 
                                MSI
 
コメント:日本人って、短くすると文語にしたくなるようですね(^_^;)。此の表現
はUGMさんお得意の都々逸かな?最後の「仮名遣い」はなかなか良いですね。その
前の「猶余りし想いの」は良くない。「戯れ言」でもうその想いは表現しています
から。「戯れ言に濁す仮名遣い…」ここから始めたい気がします。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
11.
 
    水面を移る篝火に飛び入る虫にもにた一夏の恋
 
                              MSI
 
コメント:ほら、文語が…。発想が単純です。表現も短歌してます。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
12.
 
    奇麗に澄んだ瞳の奥のドロドロが美しい
                              MSI
 
コメント:「綺麗…ドロドロ」は長すぎる表現です。そういう「美しさ」をどうし
たいのか、あるいはどう感じたのか…が問題だと思います。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
13.
 
    薔薇の棘で君の胸の膨らみを弄ぶ夜
 
                              MSI
 
コメント:MSIさんの作品は、名詞で終わりにするときは、余程エネルギーを持っ
た終わり方をしないと、単なる描写で終わってしまう気がします。
 此の作品もそんな弱点があります。発想も目新しいものではないし…。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
14.
 
    嘘にせよ 何処までだったら信じてくれる?
 
                              MSI
 
コメント:残念、これは短詩ではない。一行で成り立っていません。何行かの詩の
中にあったほうが良さそうです。
ちなみに、こういう表現はどなたでも1回は書きたくなるようです。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
15.
 
    三角に張られた糸は縺れないらしい
 
                              MSI
 
コメント:これは短詩になっていますね。さいごの「らしい」が秀逸な表現です。
余韻がありますね。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
16.
 
    夜の色に染まらない様に 君を朝に帰してあげても良いよ
 
                              MSI
 
コメント:やはりまだ短詩の発想ではない気がしますね。そんな単純な気持ちでは
ないのでは?
 「夜の色は嫌いな目に 引きずられた後ろ髪を騙してやる」
こんな感じかな?
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
   今回は以上。                          そめ
 
 
 
 
#4695/4697 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/ 8/ 7 21:59 ( 17)
短詩発表について               そめ
★内容
 
 まず、THRさん、TMさん、その他大勢の方にご迷惑をお掛けして申し訳
御座いません。私の言い方がいけなっかたのですね。前回はこれほどの発表は御座
いませんでしたので、余りの沢山の発表に戸惑っているところです。1つの短詩で、
1つのアーティクルを使うのはたしかに、他の方のご迷惑となるところですね。申
し訳ありませんでした。一つのアーティクルにいくつでも良いので、纏めて下さる
と幸いと思います。
 私のRESがもっと早ければ良いのだとは思いますが、遅筆故に申し訳ないこと
をしてしまいました。こればかりは「早く」といわれても「できるだけ…(^_^;)」
とお答えするしかございません。たくさん作品ができたら、次の講座までとってお
いてください。かならずお応えはします。
 
  とりあえずお詫びまで。                      そめ
 
 
 以上のような条件で、【短詩】はこちらで続けて宜しいでしょうか?地下室に潜
行することも考えておりますが…。
 
 
 
#4699/4700 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 96/ 8/10 14: 4 ( 63)
短詩について>UGM
★内容
 
 「短詩講座」は、ぜひ、現状のまま、ここ「トークテラス」で続けて下さい。
 
 また、MSIさんが精力的に作品を投稿してくれたのに、ほかのメツセージが上
がらなかったこともあって、ボード上で大変目立ってしまい、悪いほうに取られ
たのはとても残念でした。
 そめさんや、MSIさんが恐縮する必要があるのかな、とわたしはいささか合点
がいかない気持ちでおります。
 もっとも、短詩に関心のある者として、やや消極的であったかな、と反省して
いるところですが。
 
 「トークテラス」をはじめ、「きまぐれ遊歩道」に用意されている各ボードを
どう利用していくかは、会員の相互理解と協力の上に成り立つことはいうまでま
ないことです。
 そういう意味では、いま少し、ボード上でのイベントを暖かい目で見ていただ
くと共に、その芽を育てていくような思いやりのあるコメントなりアドバイスを
お願いします。
 
 ボードについての意見は、「編集室」に掲載するのが約束になっていますが、
併せて「トークテラス」にダブリ掲載し、会員の目を引くというのも許されるか
な、と考えています。どうぞ、よりよいボードづくりのためのご意見をお寄せ下
さい。
 
 こんなことを言うと、「何を、SIGOPのようなことを言う」とお叱りをい
ただくかも知れませんが、そもそも、短詩および「短詩講座」は、わたしが呼び
かけてはじめたものだからです。
 そして、講師であるそめさんを無理に引っ張り出したいきさつがあるわけです
が、その時、「のんびり進めましょう」とお願いしたのもわたしでした。
 
 お願いになりますが、わたしは、これからも「のんびりペース」で短詩を楽し
んでいきたいと考えております。そめさんも、ご自分の私生活を犠牲にしないで
楽しみながら、講師を続けていって下さい。
 そして、短詩に興味を持たれた方は、その都度「トークテラス」に作品を投稿
していって構わないと思います。創作は、特に詩は、「気合い」というか、「い
ま」というものが重要な要素の一つであると思います。
 
 今回のことで、「投稿を控えなければ」、と萎縮することがあっては決してな
らないと思います。
 「トークテラス」は、作品そのものを批評しあったり、有志で童話や詩の研究
活動を行い、その成果を会員みんなに公表し、共有財産として残していくための
その「たまり場」のようなものです。
 感想や、感想へのレスなども、その一つとして位置づけられています。
 
 見出しを一読したときに、雑然として見えたとしても、あるいは、がらんとし
ているように見えたとしても、それは、その時々の「トークテラス」の生きてい
る証でもあるのだと信じています。
 
 もし、「トークテラスは変わらなければならない」と考えておられる方がいら
しとして、それが可能になるには、ボードに意見を書き込むことです。黙ってい
ては何も変わりません。
 よりよいボードを作っていくのは、わたしたちの「ひとこと」です。
 
 
TMさんへ>
 短詩および「短詩講座」は、「きながにノンビリ」という前提ではじめ、みな
さんの了解を得たものと思っています。「ノンビリ」とは、そうですね、1カ月
から数カ月に一度のペースと考えて下さい。
 「やめた」と宣言しない限りは続いている、と受け止めていただくと有難い。
 
                              UGM
8/10
 
 
 
 
 
#4700/4700 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (YUM93661) 96/ 8/10 14:57 ( 12)
RES>#4694>そめさん             TNK
★内容
 コメントありがとうございました
 短詞はただ 漢字変換の関係で 気がつかなかっただけです^^;
 
 あの3つは  MSIさんの詩を読んでいる内に
 今年知り合った方の事が思い浮かんで
 一時的に浮かんだ言葉をそのまま綴って書き込んでみました。
 
 まだ 短詩の感覚が つかめていないまま 唐突に参加してしまいました^^;
 
           TNK ☆彡  10-August-1996 10:42:02 AM
 
 
 
 
 
#4702/4702 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (TRIMOON ) 96/ 8/13  2: 5 ( 16)
Re&;#4695 短詩発表について       TM
★内容
研究の場としてのトークテラスでの短詩の発表について、
短詩講座での講座内容を受けての発表であれば
トークテラスを利用するのは問題ないと思います。
また、短詩講座については、研究という位置づけと
考えていますので、問題無いでしょう。
 
ただし、短詩についての発表と批評検討が、
発表が主体となり発表の比重が高くなった場合は、
短詩の発表はトークテラスではなく、
ギャラリーまたは地下室がよいとTMは考えます。
 
これについての意見は、今後フォーラム#4のきまぐれ編集室で
お願いします。
 
                 (TM)
 
 
 
 
#4697/4697 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 8/ 8 12:36 ( 22)
短詩の件                  MSI
★内容
 
  了解しました。次回講座まで作品の発表は控えさせて頂きます。
 
  評価の事。言葉が無い(笑)
  短詩其の物が何であるのか… 私には其処のところが良く分かりません。
  しかし… 必ずしも動詞が必要になって来ると云う事であれば、私には難し
  過ぎるかも知れません。観る事(心に映る事)それ事態が私にとっての動的
  現象であって、視覚を離れて、或は視覚の中に、私が動く事は決して無い。
 
  窓に背を向けて、窓の外を観る… 之が今の私の紛れも無い最大の動作です。
  形容の為の副産物が名詞… 其れは意識しているわけでは無く、必然的結果
  とでも云いますか… その女のやわらかい肌より、その奥に隠された鋼鉄の
  ような心を思いっきりこの手でつねって見たい。と云うふうに、見たいだけ
  で、決してつねったりはしないよ。と云う前提がなくては、そんな残酷な事
  等、私には書けないし(笑)第一に、つねると云う動作其の物が物憂い。
 
  感覚。総ての事が私には風景以外の何物でも無いから… 爆発するようなエ
  ネルギ… 理性をバイパスして直接脳を刺激する様な視覚が欲しい? (^^ゞ
 
  今回の総評と、次回の講座を参考に、何とか、自己消化してみます。
 
                              MSI
 
 
 
#4722/4732 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RPH80072) 96/ 8/24 13: 8 ( 15)
短詩講座、今ごろになって目を通していますが       MHA
★内容
 アクセスしてダウンはしているものの(落ちついたとき読もう)と思ってそのま
まにしていましたが、ここの書き込みも2番のギャラリーと並行してぼちぼち7月
の半ばあたりのものから読み進みようやく追いついてきました。
                                      
 短詩というジャンルがあることすら知らなかった私です。もっとも今書いている
詩へのresも、身のほども知らぬごく個人的な感想にしかすぎませんが。
                                      
 あまり長すぎる作品はついていくだけのスタミナがないので、ぎりぎりまで切り
詰める短詩というものに興味を覚えつつあるところです。もっとも現在のところ普
通の詩を短くしたものや短歌、俳句とどう違うのかほとんど把握できていないが。 
                                     
 今後の皆さんの作品応募とそれに対するそめさんの研究を楽しみにしています。
                                      
                                      
                                   MHA
 
 
 
#4746/4746 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/ 9/ 5 12:39 ( 35)
短詩及びその周辺の事柄            そめ
★内容
 やはり「短詩」そのものが、どんなものだか判らない…、というご意見が多いで
すね。正直言って私も「短詩」の定義は判りません。ただ、沢山の「短詩作品」に
つき合いがあり、投稿した作品に批評を頂いたりなどしているうちに、「短詩の感
覚」が、多少身に付いた…という気がするだけです。
 
 
 この「短詩」に興味がない方も居られるとは思いますが、私はどんな方でもこの
SIGにいらして、作品を発表されている方は『言葉』の勉強はされていると思っ
ています。例えば詩にとって大事と思われる「比喩」をとりあげてみましょうか。
「比喩」そのものの事は、前回の短詩講座で紹介させて頂きましたので、今は説明
しません。名詞での比喩の場合(「何々」のような「これこれ」とかの表現)、あ
る言葉(「何々」)は、意味もあるし、イメージも持っているし、雰囲気も持って
いるし、リズムも持っている。そしてもう一つの言葉(「これこれ」)も同じよう
にいろいろなモノを持っています。これをどう結びつけたら新しいイメージがでて
くるのか…これが比喩だとおもいます。私は元の言葉の持つものを自分の内にとり
いれたい、さらに2つのモノが出会ったときの新たなモノを創造したい…そう願っ
ているのです。
 しかしこれには勉強が必要です。なんでも見てやろう、盗んでやろう…。その一
つの手助けのつもりもあって、この極端とも受け取られ兼ねない短い詩形の「短詩
講座」を開きました。皆さんに「短詩」をやってくれ、と強要などさらさら考えて
おりません。皆さんの言葉に対する「感覚」を磨く(おこがましいゾ!←自分)一
助となれば開いたのも無駄にはならないでしょう。
 
 
 以前「感想」について、いろいろ意見が出されたことがあります。(私も1年前
までは感想を書かせて頂いておりました。)その時と同じ様な戸惑いが今の私にあ
ります。あの時は、「感想を書かれるなど、迷惑なことだ…なにをゴチャゴチャ言
っているのだか…と思っている方もいるのだ。」と、感じました。それでも私は感
想を書いていましたけど(書かなくなったのはただ時間的な問題)…。今回も、戸
惑いはありますが、「短詩講座」は続けて行きます。
 
 
 また例によって、文意の判らないものになってしまいましたが、お許し下さい。
 
                                   そめ
 
 
 
#4753/4755 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 9/ 7  7:11 ( 20)
老いて候                  MSI
★内容
 
  1年前… 確かに騒いだような騒がなかった様な… いや、一年前私は既に
  此処には居なかった様な… (^^;  今の私にはあの頃のような元気は在りま
  せん(笑) おとなしくなって帰って参りました。他所で騒ぎ疲れて帰って
  来たと言う噂も在りますけど…(爆笑)
 
  短詩講座の中の短詩に触れて、ふと感じた事は、昭和なんだ… と言う事で
  しょうか。 大正文学は華やかで妖艶で儚いけれど、悲しみすら清々しい。
  昭和に入ると、少しずつ濁った風が吹きはじめ、派手で卑らしくて破壊的で
  どろどろとして来る。時代は、間違いなく言葉の意味を変えてしまうものな
  のだと思います… 悲しい事ですけど、平成になった今の時代に言葉が確か
  な言葉で生き残り続ける事を望のは難しい事だと思います。私事で恐縮です
  が、時間的に詩作が困難になりつつあるのもさる事ながら… 今の私は、ま
  るで別人の様に感情がなくなって居ます(笑)今の私にとって そめ さんの
  短詩講座は、心の回春剤かもしれません…  (^^;  まぁ、気長にガンバ!
 
  そめさんに負けないくらいに、意味不明になって仕舞いました(笑)
 
                                MSI
  追記:叔母様の短歌集が読みたい (^_^)
 
 
 
 
#4773/4773 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/ 9/11 13:17 (115)
【短詩】短詩講座 その4.          そめ
★内容
 うーーん、前回から早くも1カ月以上も過ぎてしまいました。夏休みを頂きまし
たねぇ(^_^;)。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第四回
 
 予想されたこととは言え、投稿が少ないとやはり淋しい(;_;)。
 
 
 ☆MSIさん
               ソ ト
  「ああ、風景が。 想い出の圏外でひからびてゆく。」
 
 「風景がひからびる」という表現はとても良いと思います。これが比喩の醍醐味
です(^_^)。こういう発想を皆さん持っていただければなぁ、と思います。そして
このフレーズを中心に、この短詩は出来ています。
 まず「ああ」ですが、要らないんじゃないかな?嘆息か、諦めか、意外性か…、
そのような意味を込めたモノでしょうか。これは読者に判断させて良いのではない
でしょうか。そして、この部分で「。」だと、どうしても二呼吸にしたくなります。
多分MSIさんもそれを狙ったのだと思いますが、今の所、「一呼吸」で纏めたいと
思いますので、変えさせて下さい。
 するとここまでで
  「風景が想い出の圏外でひからびてゆく。」
となりました。次に「想い出の圏外で」という副詞ですね。ここが2つ目の中心で
す。この表現が私には「甘く切なく…」過ぎるものに感じられますが、悪いもので
はありません。この部分の表現を、もっとせっぱ詰まった、エネルギーをもったも
のにすれば、さらに飛躍できるのではないでしょうか。
 もう一点、この作品は、具体性に欠ける気がします。そこを克服させるには「風
景」という抽象を、具象に変える必要がありそうです。例えば他の作品を借りて「
ダリの時計の風景」とかにすると、少しは具体的になりますね。ここに、現在の聖
紫さんの直面する場面を描けば、立派な作品になると思います。
 
 
  「心が蘇生した夜、腐った痛みが僕を呪う。」
 
 なかなかバランスのとれた短詩です。この作品の構文は、「夜に、痛みが(僕を)
呪う」ですね。「痛み」が「呪う」のは、すこし当たり前の感覚ですね。そこら辺
が、この作品にインパクトを感じない原因かも知れません。「心が蘇生した」良い
表現ですね。しかし、「蘇生」は「夜」の仲間の気がするのですが(これは全くの
私の感覚です。もしかすると、この作品全体が「夜」と言わなくても「夜」になっ
ていて、それがそう感じさせるのかも知れません。)。これもどこかで具体的にな
らないと難し過ぎる作品になってしまいます。
 
 
  「風に流れる蜘蛛の糸にからまる微かな虹のかおり」
 
 情景描写を借りたMSIさんの心象を描いていますね。これはこれで完成している
ようですが、ようく読むと、ある詩の中の一行だと思えてくるのです。ですので、
これは短詩ではないようです。
 構文はない。ただ「虹のかおり」があるだけ…。もったいない、なんとかしたい
なぁ、という気持ちにさせます。名詞で終わっているから…、すべて「虹のかおり」
を説明するだけだから…、と言うだけではないのです。私にも名詞だけの作品はあ
ります。
 「駅前広場の 回遊する魚群の マリオネット」
というものです。ただ「マリオネット」を修飾しているだけですが、短詩になって
いると思います(自分で言うのも変ですね)。
 
 
=====================================
 次は作品紹介のコーナーです。今回から少しの間、昔の抒情文芸誌に掲載された
作品と、選者の山村祐先生の評を紹介します。
 
(昭和43年6月号から)
●一位
 「遠く 洋館の灯 回顧の速さで 雪降る」     今井 校太郎
  <評>「回顧の速さ」は巧みな表現。
 
●二位
 「鼻かめば冬の景色の硝子が割れる」        吉田 健治
  <評>作者の内部にも、冬の景色のひろがりがあって、張りつめた透明な思い
    の割れるおとに耳かたむけています。
 
●三位
 「私をとりまく群像よ 臭ぁい長靴の底だ」     田村 信行
  <評>この比喩は的確。
 
●佳作
 「屋上満開 作られた日曜 平和売られ」      江口 昭
  <評>平和日本をやわらかに皮肉っていますが、作者の眼はなかなかしんらつ
    です。
           ハ ハ
 「雪降りて やぶれた亡母の水のむおとがします」  しんよう・きんこ
  <評>雪が降って、不幸だった亡母の孤独へのいたわりやかなしMNO思いの広
    がるのを、「水のむおと」でたいへん切実に表現しています。語尾を「し
    ます」としたことも、その効果をましています。
 
 「スケーターで踊る湖遠いカレンダー」       中島 昇
  <評>スケーターで湖が踊っているような、そんな思い出をうまく出していま
    す。
 
 「ささやけば、青銅時代めく森である」       寒河江 喬
  <評>森のなかでささやくと、先祖たちの遠い時代に語りかけているような、
    何やら秘密めいた森の姿になって、そのしずけさが一層に身にしみてきま
    す。
 
<<6月号 総評>> 今月の作品をよんでいますと、一人一人の作者が、それぞ
れ自分自身の表現力を充実させてきたことを強く感じます。きれいな言葉で飾りた
てたり、必要以上に難しい言い回しをしても、虚しさだけが残ります。すぐれた作
品のなかの言葉は、みないききと読者に語りかけています。それは作者の心の深い
ところから生まれてきた思いに満たされているからでしょう。すぐれた作品をよむ
と、作者の心の深淵にふれて、思わずハッとします。そのとき読者が感じとる驚き
こそが、詩の魅力となります。すぐれた詩が創られるためには、まず作者がどれだ
け深く思いをひそめているか、が求められます。そしてその思いを、どういう言葉
によって、どのように構成してゆくか、それらはすべて作者の才能と努力です。間
違っても魂のこもらない、見せかけだけがうつくしい詩は書かないこと!
                                 山村 祐
 
=====================================
 以上でした。総評の『必要以上に難しい言い回しをしても』とか、『魂のこもら
ない、見せかけだけがうつくしい詩は書かないこと!』とこれは私の耳に痛い言葉
です。
 
 第四回短詩講座でした。
 
                                   そめ
 
 
 
 
#7231/7234 きまぐれギャラリ〜
★タイトル (KAE89861) 96/ 9/12 19:54 ( 33)
短詩      NS
★内容
 
そめさん。  短詩講座読ませていただいております。
読めば読むほど、むむむむという感じで難しいです。
しかし短い中から吹き出してくるものは、なかなか刺激的です。
毎回・興味をもって読んでいます。
 
読んでいると、やっぱり書きたくなってきます。
だめだだめだと思いながら、何度も書き直していましたが
これでは、いつまでたっても完成できないような気がしますので、
不安ながら掲示してみることにしました。
 
 
***************************************************************
 
  別れの日が雨でも 左の胸だけは濡らすまい
 
***************************************************************
 
    窓の奥で手なんか振ったって 見えやしないよ
 
***************************************************************
 
  内と外は別々となる すりガラスの窓
 
 
***************************************************************
 
    23725回目の朝に向かって走る電車
 
***************************************************************
 
NS
 
 
 
 
#4782/4790 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ALN36727) 96/ 9/13 21:52 ( 26)
【短詩】短詩講座 その4.に寄せて     MSI
★内容
 
  投稿者が少ないと そめ さんは淋し… けど、私はマンツーマンで奥の深い
  批評が頂けて嬉しい(笑)
 
  とことん煮込んで、具の無いカレーが鍋底でエキスの固まりになると、短詩
  の味がするのかも知れませんね ^^;
 
 
> 「私をとりまく群像よ 臭ぁい長靴の底だ」     田村 信行
 
  これ、気に入りました。
  私を取り巻く偶像よで切り込MNO一呼吸を置き、臭ぁい長靴の底だで妙に間
  延びさせた終わりかたが切り込みよりウエイトを持っている… 今風で言え
  ば「危ない刑事」風の乗りですが、当時はそういった風潮が結構パターンだ
  った様に記憶しています。
 
  あとは、なんだか喉に魚の骨がつかえたようで、何度読み返しても… デヘヘ
  って感じで… 私が普段普通の?詩を書く時でも、敢えて字足らずと言うか
  接尾語等の不備を意識して犯す事を思い浮かべると、作者なりの表現なのだ
  ろうと思うのと同時に、それが読んで取れる短詩評者の凄みすら感じます。
  匂いから言えば… 思わず石川達三の若い時代の作品を思い出して仕舞いま
  したが、果たして氏が詩を書いたか?特大の疑問符です。
 
 
  [ 安酒 手中で腐れゆく乳房匂う ]
                                MSI
 
 
 
 
#4790/4790 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/ 9/14 21: 3 ( 0)
短詩>NSさん了解しました   そめ(T/O)
 
 
 
 
#4799/4799 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 96/ 9/18 21:13 ( 29)
短詩>UGM
★内容
 
  作品1
 
  辱めを ちぎり 踏みつけ 唾をかけ
 
 
  作品2
 
  封を切る指先の震えを叱る
 
 
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そめさん、こんにちは。
 作品1の初稿は「辱めのことばを ちぎり 踏みつけ 唾をする」でした。出
だし、ごたごたしているので、縮めました。「唾をする」も、対象があいまいな
ので、「唾をかけ」としました。
 作品2も、「震えを叱る」「震えに舌をうつ」のうち、前者をとりました。迷
いがあること自体、まだ、作品にするのに醸成不足なのでしょうね。
 
 
 「短詩講座 その4.」、ご苦労さまでした。
 作品紹介での評者の「間違っても魂のこもらない、見せかけだけがうつくしい
詩は書かないこと!」は、耳が痛い!ですね。
 
 では、講評を楽しみにしています。
 
9/17
 
 
 
 
#4818/4821 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ZDH17759) 96/ 9/28 16:13 ( 7)
短詩かな?                   EK
★内容
 
 
おかしみの向こうの悲しみにあなたが見える
 
 
                             EK
 
 
 
 
#4837/4844 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (KAE89861) 96/10/ 7  7: 0 ( 4)
短詩          NS
★内容
 
  心から・をくりかえす、手紙の文字の嘘
 
 
 
 
 
#4869/4874 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 96/10/17 20:38 ( 31)
短詩>UGM
★内容
 
 
   ざくろ
 
 
  ザクリと開いた傷口に目をそむける
 
 
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 きょう、長女の「単位取得演奏会」というのがあって、女房と二人で聞きにい
ってきました。これは、文字どおり学内の演奏会なのですが、自由に入場できる
のです。いつもならアルフレッド・リードの演奏会などでしか使われない立派な
ホールで娘のクラリネット演奏を聞くことができ、大満足でした。ただし、本人
は出来栄えについて辛い自己採点をしておりましたが。
 時間は午後2時からでしたので、わたしも女房も午後から休暇をとってかけつ
けました。まあ、親ばかとでもいうのでしょうか。
 
 その帰り道、平塚駅からわが家までの途中にある公園で、柿の実とざくろをも
ぎとり、土手にさいていたススキを取りました。
 
 次女もきょうで中間テストが終わったということもあって、みんなで回転寿司
でも食べ、そのあとでカラオケに行こうかという話が出たのですが、次女の「行
きたくない」の一言で夕食は、小僧寿司になってしまいました。
 寿司を食べながら、娘たちが「ピザーラのピザがよかったな」などと勝手なこ
とをいっておりました。
 わたしはというと、きょうもまたビールと焼酎が飲めたのですから、これっぽ
っちも文句はありません。ハイ
 
 
10/17
 
 
 
 
#4898/4898 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/10/25 13:51 (159)
【短詩】短詩講座 その5.          そめ
★内容
 またまた一ヶ月以上も過ぎてしまいました。消費税5%は私の業界は今も盛りで
す。9月過ぎれば一段落、と思っていたのですがそうでもない。連日午前様です。
9月は3日しか休めなかった(^_^;)…。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第五回
 
 
 それでは、実作の鑑賞とまいりましょう。
 
 ☆NSさん
 投稿ありがとうございます。なかなか近寄れない、とおっしゃっていたので、よ
けい嬉しいです。
 
   「別れの日が雨でも 左の胸だけは濡らすまい」
 
 初めての短詩だと思いますが、素直な作品です。この詩に秘めた思いは十分に伝
わってきます。しかも、NSさん流に纏まっていて好感が持てます。しかし、独立し
たもの、と言う観点から、またエネルギーと言う観点からやや弱い気がします。具
体的に言いますと「別れの日が雨でも」は長すぎますね。もっと縮めましょう。こ
の「雨」が後半の「濡らす」に掛かっているのですが、短詩では余り気にしなくて
良いと思いますよ。「別れの日」も別の言い方はないかなぁ。「さ・よ・な・らの
氷雨」なんてどうでしょう?「左の胸の真実に、おびえるさ。さ・よ・な・らの氷
雨」内容が違ってきたような気がしますが(^_^;)。
 
 
   「窓の奥で手なんか振ったって 見えやしないよ」
 
 NSさんもこういう表現を一度はしてみたいのですね。短詩をどうぞ、というとこ
ういう表現をなさる方が多い。真実なのですが、これでは説明文過ぎるかな。次の
作品も同じ主題を扱ったものと思いますが、作品としては次の方が良い・
 
 
   「内と外は別々となる すりガラスの窓」
 
 視点が素晴らしいですね。点描、と言う感じが出ていて良いですね。ただ(^_^;)
短詩の場合は、もっとぎゅっと詰めちゃいますね。「すりガラスの窓」と言う言葉
だけで「内と外は別々」の意味を持たせることが出来そうですね。今のままでは、
説明文の気味が多すぎます。
 
 
   「23725回目の朝に向かって走る電車」
 
 これも視点が流石のNSさんです(^_^)。23725/365=65(閏年は計算に入れていな
い)年。65という数字は思っていたより多い(23725日!)んですね。私な
ど、一体何をやってきたのかなぁ。無駄だったと言うことは考えないようにしてい
ますが(^_^;)。
 短詩として見た場合、「朝」と「電車」だけで分かってしまう。もう一つ、何か
を入れたい。
 
 
   「心から・をくりかえす、手紙の文字の嘘」
 
 ううむ、これも説明的な気がする。手紙に書かれた「・」をじっと見つめていた
ら、モゾモゾと動き出して、小さな虫になった…、と言うようなモノをどこかで見
たような気がする。そんな感じでしょうか?「心から」という説明を何か強烈な言
葉にしたいと思います。「くりかえす」もこの場合余り上手くない気がするなぁ。
「手紙の文字の嘘」は良い表現だと思います。
 
 
 
 ☆MSIさん
 
   「安酒 手中で腐れゆく乳房匂う」
 
 短詩ですね(^o^)。これを読んでどんなイメージを湧かせるか、人によって様々
だと思いますが、私は好きです。私のイメージは「山谷」と「吉原」のミックスさ
れた雰囲気の中で自堕落になっている自分が浮かび上がります。ただ、「だから…」
という部分も必要かな、と思います。暗すぎるかなぁ?
 
 
 
 ☆UGMさん
 
   「辱めを ちぎり 踏みつけ 唾をかけ」
 
 「ちぎり」「踏みつけ」「唾をかけ」と、激情ですね。一言で表現できないほど
憤りを感じたら例えば「踏みつけ」だけを選んで、それにもう一つなにか別の言葉
を添えることで表現できないでしょうか?そのもう一つの言葉に「辱め」の意味ま
で持たせられれば、最高の短詩になりそうです(自分では難しいことですが(^_^;)。
 
 
   「封を切る指先の震えを叱る」
 
 これは説明ですねえ。何の封筒かは読む人によって様々。差出人の名前を見ただ
けで、その封を切る指先が震える。「いかん、しっかりしなければ!」。と言う風
景ですね。ちょっと具体性が足りなかったかな?良い短詩は、抽象的なものでも、
どこかに具体的なものがあるようで、そこで読む方も救われる、と言う気がします。
 
 
 
 ☆EKさん
   「おかしみの向こうの悲しみにあなたが見える」
 
 これは「おかしみ」と「悲しみ」の語感に触発されたのでしょうか。これもNSさ
んの2つ目の作品「窓の奥で…」と同じ傾向を持っています。表現されたい気持ち
は良く分かりますが、説明的過ぎるようです。「おかしみの向こうの悲しみ」これ
が言葉2つ位で表現できればなぁ。それと「あなたが見える」も長すぎます。「あ
なた」だけで十分だと思うし、「見える」ではインパクトがありません。「歪んだ
顔のソラリゼーション」とか…。
 
 
=====================================
 作品紹介
 
抒情文芸(昭和43年5月号) 抒情短詩選から
 
●一位
 「白墨の朝 湖底びっしり菊香り」         森村 節
  <評>わかり易く清潔な作品。最近の精進が実りを示し始めています。
 
●二位
 「まだいとけない護衛艦 の喉がみあげる 空」   鈴木 弥一
  <評>幼い兄弟を想像してみました。喉もとの愛らしさが見えてきます。
 
●三位
 「片手で昆布採り 重MNOある冬抱く私」      小松原 文
  <評>なかなかテクニシャン。ことばをていねいに使っています。
 
●佳作
 「俺をつぶすビル並木 一匹の蟻と歩く」      江口 昭
  <評>一匹の蟻、に都会生活の圧迫のなかの自分の姿を見つめる心理が出てい
     ます。
             カレイ
 「喰べ終えて奇形とわかる鰈の骨」         今井 伯愛
  <評>この作品を格言めいた理屈にとらないで、喰べ終えたときの驚きをまず
     感じとることです。
 
 「湖底に椅子あふれ 枯れ葉ばかり散る乳母車」   中島 昇
  <評>巧みですが、ことばがあって表現が薄い感じです。テーマをしぼりまし
     ょう。
 
 「裏切りの斜線引くと ゆっくりと銃口」      紫村 治
  <評>この人も巧みですが、前半のことばが常識的で弱いのが惜しまれます。
 
 「手のひらの皺 祖先が息づきはじめまして」    大端 ちづる
  <評>最後の、まして、がなかったら平凡な作品ですが、まして、とつづけた
     ので、作品にゆとりと幅がでています。
 
<<5月号総評>> 今月はわかりよい作品がそろいましたが、やや低調の感じで
す。しかし次第に充実さを加えている作家も眼につきます。作家には皆、波があり
ます。いつも頭の奥に、短詩への関心を失わないでいるならば、必ず壁は破られま
しょう。この欄で、すばらしい作品を見せた人々の名前にふたたび会う日を期待し
ています。
 七月は胡瓜の切り口 君はきみ僕はぼく
 かってこの欄にのった大村たかしさんのこの作品は、作品の解釈と別に、短詩の
性格を考えるうえにも参考になります。短詩は短い詩形ですから、すべてを説明し
て納得させる形式ではありません。人間の心理の、それこそ七月の胡瓜の切り口を
見るような、鮮やかな瑞々しさの一瞬をすくいあげる詩形です。そしてその切り口
は、あなた自身の切り口でなくてはなりません。君はきみ僕はぼく、そこに初めて
あなたでなくては書けない切り口の魅力が表現されます。
 いのちある日は切り口をみせて往く
 亡くなった私の友人にこういう作品もあります。人間のいる限りいのちのある限
り、切り口の美しさは私たちを捕らえて放さないでしょう。
                                 山村 祐
 
=====================================
 
 第五回短詩講座でした。
                                   そめ
 
 
 
 
#4903/4904 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (KAE89861) 96/10/27  7:31 ( 13)
短詩講座          NS
★内容
 
 
そめさん、短詩の講評ありがとうございました。
 
ただ短くすりゃ、いいってもんじゃないんですね(^^;)。
爆発寸前・これがキーワードだと思うのですが、どーしても説明が入ってしまう。
爆発すんのに説明はいらん!!・とわかっていても
それをちまちまと説明している自分に、ふと気づく・・。(^^;)
なかなか、もどかしいものです。
またいろいろと駄作を作ってみますので、よろしくお願いいたします。
 
        NS
 
 
 
 
#4907/4913 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RSB32311) 96/10/28  0:40 ( 32)
短詩−秋の日の夜長。KOH
★内容
 
焦る。
 
 ここが二人だけの空間だから短い沈黙の中で僕は焦る。
 
嫌う。
 
 バラであっても茎ごとちぎりたくなる衝動。
 
望む。
 
 同じ芽を持つこと同じ眼を持つこと。
 
ひからびる。
 
 陽の光の中で渇きながら笑いながら死んでゆきたい。
 
伸ばす。
 
 決して釣り合わぬ天秤の両側で二人は手を伸ばす。
 
喜ぶ。
 
 大人であっても魂だけは若返る瞬間。
 
なびく。
 
 秋風にはなびかぬが君の言葉にはなぜか動揺する。
 
絡みつく。
 
 育つほどに絡みつくポプラの枝。
 
 
 
 
#4912/4913 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 96/10/30  0: 2 ( 22)
そめさん、どうも>UGM
★内容
 
 短詩への批評、ありがとうございました。
 言われてみればなるほど、納得です。
 作品紹介にある、
 
>●一位
> 「白墨の朝 湖底びっしり菊香り」         森村 節
>  <評>わかり易く清潔な作品。最近の精進が実りを示し始めています。

>佳作
> 「湖底に椅子あふれ 枯れ葉ばかり散る乳母車」   中島 昇
>  <評>巧みですが、ことばがあって表現が薄い感じです。テーマをしぼりまし
>     ょう。
 
 を読んで、作品にも共感しましたが、<評>が的確ですね。特に、
>巧みですが、ことばがあって表現が薄い感じです。
 には感心しました。わたしのような初心者が陥りやすいワナですね。
 
  また、お願いします。
 
10/29
 
 
 
 
#4934/4934 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/11/12  8: 8 (149
【短詩】短詩講座 その6.          そめ
★内容
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第六回
 
 
 ☆UGMさん
 
   「ざくろ ザクリと開いた傷口に目をそむける」
 
 この「ざくろ」は主題ですね。作品の中に含めない方がよかったですね(ここに
書くときに私が一行にしてしまった)。
 ううむ、これはまだ具体的ではないですね。「目をそむける」何故なのでしょう?
UGMさんの経験をこれに加えたい気がします。例えばその色・模様がいかにも人間
の、切られてできた傷を連想するから…ザクロの味は「人間」を食べたときの味と
同じだから…。ざくろという対象をかりて、実は自分の気持ちを表現する…のでは
ないでしょうか。この作品はまだざくろそのものに頼りすぎています。
 
 私信(^_^;)。娘さんは音楽関係の学校なのでしょうか?アルフレッド・リードと
言うと吹奏楽の関係だと思いますが、管楽器専門の学校?クラリネットはモーツァ
ルトが好んだ楽器らしいですが、選ばれた動機はなんでしょ。うちの長女は今はピ
アノを習っていますが、中学に行くと部活が必須らしいですね、練習時間がとれる
かどうか心配です。その部活は、ブラ・バンにしようかとか言っております。
 
 
 ☆KOHさん
 短詩に投稿を頂き有り難う御座います。早速鑑賞です。
 
   「焦る。 ここが二人だけの空間だから短い沈黙の中で僕は焦る。」
 
 図らずもUGMさんの「主題」と同じ事がここでも…。最初の「焦る」は主題を説
明するものとして、詩の一部とは考えないで鑑賞させて下さい。以下の作品も同様
ですネ。
 これは短詩ですね(^_^)。ただしちょっと長い。「ここが」は要りませんね。
 「二人だけの空間だから短い沈黙の中で僕は焦る。」だいぶ格好がとれてきまし
た。次、「だから」も余分だな、説明的な言葉です。
 
   「二人だけの空間 短い沈黙の中で僕は焦る。」
 
良くなりましたね。ここまでにしておきましょう。
 
 
   (嫌う)「バラであっても茎ごとちぎりたくなる衝動。」
 
 うん、この「衝動」は良いですね。ただそれまでが長くて説明しすぎています。
「バラ」→「刺」→「痛い」→「(それでも)ちぎる」という連想が湧きますが、
これを2つか3つの言葉で表現できれば良いと思います。
「バラの刺の自意識過剰は突然死を招く」…どうも私はひねくれている(^_^;)。
 
 
   (望む)「同じ芽を持つこと同じ眼を持つこと。」
 
 「芽」と「眼」、この字に惚れちゃいましたね?なかなか考えさせられる主題で
すが、いまひとつピンとこない。表現もまだ幼さが残ります(^_^;)。
 
 
   (ひからびる)「陽の光の中で渇きながら笑いながら死んでゆきたい。」
 
 だいぶ短詩に近い。皆さん短詩に慣れてきて(嬉しいことです)、何かの詩の中
の一行…という作品は少なくなりました。この作品も独立して立っていますね。次
の課題は何度も書いていますが「説明」をなくす、と言うことでしょうか。この作
品も説明が多い。
 
 
   (伸ばす)「決して釣り合わぬ天秤の両側で二人は手を伸ばす。」
 
 この作品も上の作品と同じ弱点を持っています。「決して釣り合わぬ天秤の両側」
は随分と長い説明ですね。ここら辺をぎゅっと縮めてエネルギーを持たせましょう。
 
 
   (喜ぶ)「大人であっても魂だけは若返る瞬間。」
 
 これも全文説明ですね。具体性もちょっと足りないかなぁ。その「瞬間」はどん
なものなのでしょうか?
 
 
   (なびく)「秋風にはなびかぬが君の言葉にはなぜか動揺する。」
 
 ああ、「なびく」に惚れちゃいましたね(^_^;)。サンデーのなびきさんは好きだ
けど…って違うか(自爆)。これも一行なのだけれども、インパクト、エネルギー
が感じられないなぁ。
 
 
   (絡みつく)「育つほどに絡みつくポプラの枝。」
 
 これも自立していてグッドです(^_^)。短詩ですね。ただ、まだ素直すぎてなにか
もう一つぐらい言えそうですね。「育つほどに」がちょいと説明的ですね。
 
 以上、厳しいことばかり並べましたが、懲りずにたくさん作って、たくさん投稿
して下さい。
=====================================
 作品紹介
 
抒情文芸(昭和43年1月号) 抒情短詩選から
 
●一位
 「再会の店 ハンカチへ指は漕ぎ出す」       緑川 信
  <評>すこしアイマイさはありますが、なかなか技巧的な作品、例えばこんな
     ふうな理解をしてみるのも楽しいでしょう。再会を約した喫茶店。再会
     のすこし前とも、再会をしている最中の心理描写ともとれますが、期待
     やよろこびの気持ちをハンカチと指の動きに託した補湯弦の何気ない巧
     みさ。
 
●二位
 「アニメーションの夕暮れ 首の太い馬に接吻」   こまつばら・ふみ
  <評>アニメーション映画の場面を思い出しますね。ここにセックスをよみと
     るのは読者の自由でしょう。
 
●三位
 「割箸で貨物列車をすくう 駅裏食堂」       吉田 健治
  <評>デフォルメ(誇張)のギリギリの線といったところ。しかし妙に実感は
     湧きます、汽笛なんかも聞こえてくるような気がして。
 
●佳作
 「上空に大河流る兄弟離散の足音」         中島 昇
  <評>発想としては別に新しくありませんが、それだけに無難にまとめてあり
     ます。
 
 「NS陽浴び神さまに笛吹いている妹」        谷口 慎也
  <評>神さまの使い方が常識的なのが惜しまれますが、愛情はよく味わえます。
 
 「耳をつんざく落日の悲鳴 私だけが知る」     川瀬 理香子
  <評>音のない世界で音を聞きとるのが詩人の耳。見えないものを見透かし、
     色彩のないところに色彩を見分けるのが詩人の眼。しかしそれを充分読
     者にうなずかせる表現のむずかしさ。
 
 「燈台三月”スプーンの中には海があるのよ”」   道上 大作
  <評>イメージは的確。まだ春になり切れない寒い三月の海とその燈台という
     背景で、「スプーンの中の海」が生きています。
                ミドリ
 「ジャングル・ジム−−児の胎内緑息づく」     ハセガワ・ヨシカズ
  <評>連想のおもしろさ、緑の世界へ入ってゆく愛情の巧みな表現。しかし・
     うすこし字をきれいに書いてください。自分の作品は大切にすること。
 
<<1月号総評>> すこし以前に、現代の詩は音楽から絵画へ、歌う詩から考え
る詩への性格が重要になった、といわれていました。しかしこの例は短詩には余り
適当でないようです。むしろ短詩は建築といった方が適切だし、更にいえば、一行
詩は塔のようなものだといいたいところです。詩はいつの時代でも音楽的な要素を
失うことはないし、失ってはいけない、思考のおもしろさを欠いてもいけないもの
です。それらの要素が、どのように反発し合いながら統合され作品化されてゆくか。
建築はそれらのすべての要素の統合された姿です。そして一行詩は日本語が日本の
風土に築いてゆく塔とならねばいけない。塔の姿や構成は千差万別です。薬師寺の
東塔のように複雑なものから、中央アジアにそびえるカリャンのまるい素朴なもの
まで、あなたの才能に従って、あなたのバベルの塔を、あなたの手で築きあげてく
ださい。
                                 山村 祐
 
=====================================
 
 第六回短詩講座でした。
                                   そめ
 
 
 
 
#4938/4946 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RSB32311) 96/11/14 17:19 ( 10)
短詩。KOH
★内容
                                      
鯛を殺して何を祝う。
                                      
膣に流れ込む欲望が僕らを引き裂く。
                                      
月は海に映り形を崩すがそれでもやはり美しい。
                                      
敵意のない攻撃ほど卑しいものはない。
                                      
止まった時計など壊してしまえばよい。
 
 
 
 
#4957/4962 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 96/11/18 20:17 ( 12)
そめさん、どうも>UGM
★内容
 
 次回からはタイトルなしで書いてみましょう。
 
 それにしても、短詩の命は「エネルギー」ですね。主題とことばの葛藤、それ
のぶつかりあいにどれだけのエネルギーが込められているか。そして、そのこと
を読み手に手渡すことができるか。
 だんだんおもしろくなってきました。
 
 みなさんも、短詩講座に投稿を!
 
11/18
 
 
 
 
#4962/4962 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RBM17791) 96/11/19  0: 1 ( 1)
短詩を初めて投稿します  CSB
★内容
相対性理論 20世紀初頭の一つのベンチャービジネス
 
 
 
 
#4965/4969 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RBM17791) 96/11/20 21:49 ( 1)
短詩を投稿します  CSB
★内容
星の数ほどの世間が寄り集まってできた日本
 
 
 
 
#4993/4994 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 96/11/28 23:58 ( 8)
短詩>UGM
★内容
 
 
    もみじの紅を盗み見るいちょうの気分はイエロー
        アカ
 
11/28
 
 
 
 
#5004/5004 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 96/12/ 5 15:26 (124)
【短詩】短詩講座 その7.          そめ
★内容
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 今年の六月に始めた短詩講座も年内には、この第七回が最後かな?一カ月に一回
のペースでしたね。
 
 さて…
 
『短詩講座』第七回
 
 
 ☆KOHさん
 KOHさんもたくさん書かれますね。嬉しいことです(^o^)。では早速。
 
   「鯛を殺して何を祝う。」
 
 逆説を疑問という形で提言されていますね。いわゆる社会派と言われる作品です。
しかし、それにしてもちょっと底が浅い感じは否めませんね。短詩としても、未熟
…かなぁ。もう少し発酵させて下さい(^_^;)。
 
 
   「膣に流れ込む欲望が僕らを引き裂く。」
 
 短詩ですね。男の作品(顔が赤くなるけど…)。まだ抽象的で判り辛いですが。
あと、言葉の問題ですが「流れ込む」を「流し込む」とか、意味は違ってしまいま
すが「逆流」なども検討されてはいかがでしょうか。それらの中で、イメージ豊富
なものを選ぶなどしては?
 
 
   「月は海に映り形を崩すがそれでもやはり美しい。」
 
 短詩ではこういう「それでも」という言葉はここでは使わないと思います。「や
はり」という言葉もここでは使いたくないですね。全部が説明文の感覚です。
 
 
   「敵意のない攻撃ほど卑しいものはない。」
 
 これも説明ですね。説明はしなくて結構ですよ(^_^;)。そのような「卑しい」実
例を挙げて、比喩で卑しさを表現するなどしたいです。
 
 
   「止まった時計など壊してしまえばよい。」
 
 これも説明ですね。一つ目の作品と同じだと思います。
 
 
 
 ☆CSBさん
 投稿を頂きまして、有り難う御座います。
 
   「相対性理論 20世紀初頭の一つのベンチャービジネス」
 かなり短詩らしい作品です。が(^_^;)、これも説明ですかねぇ。相対性理論、と
いうひらめきを大事に展開したかった気がします。
 
   「星の数ほどの世間が寄り集まってできた日本」
 
 はい、これも視点は素晴らしいのですが、表現上短詩ではない気がします。特に
日本でなくても事情は同じでは?などという疑問もわき出しそうです。
 
 
 
 ☆UGMさん
 
   「もみじの紅を盗み見るいちょうの気分はイエロー」
        アカ
 
 これは、紅葉(黄葉)に触発された作品とお見受けします。とぼけたユーモアが
ありますね。しかし、これは「単に短い詩」ではないでしょうか。「盗み見る」と
いう表現をもっと何とかしたいのと、「いちょう」は「イエロー」なのですから…。
しかし、カタカナを使おうという意志は感じられました。頭の中で、イメージして
いたら、なにやら出てきそうな気がします。
 
=====================================
 作品紹介
 
抒情文芸(昭和44年1月号) 抒情短詩選から
 
●一位
 「靴が一足 頭の中に 漂流しているのである」   吉田 健治
  <評>のである、でおもしろくなっているが、吉田さんの作品としてはそれほ
     ど秀作とは言い難い。それだけ今月は一般に低調とも言える。
 
●二位
 「オッ 母ァ 骨つぼで笑うばかりじゃ永い夕陽が消えやしない」 武藤恭一郎
  <評>荒削りだが、興味のある個性だ。荒削りだからおもしろいのかもしれな
     いが、それだけではない未来性を感じる。へんにじょうずになってもら
     いたくない人だ。
 
●三位
 「NS日おいつめて秋刀魚の目に雨がふる」      後藤 すみ子
  <評>永い習作時代がやっと芽をふき出した人だ。おいつめて、ということば
     をこの作品に使うにはそうした習練を必要としたのであろう。
 
●佳作
 「黙れば線の太さで通りすぎる君よ」        江口 昭
  <評>何でもないようでいて作者はいいたいことはちゃんと言っている。
 
 「淡水魚は月の回りを泳ぎながら 私に問う」    月光寺 照行
  <評>幻想的な魅力はあるが、イメージとしての定着がすこし弱い。
 
 「夕焼けが静かにきるトランプ」          下村 泰郎
  <評>どうにでも理解してくれ、と居直ったような作品。夕焼けの色彩の多彩
     な美しさは感じとれるのだが。
 
 「風の吊橋 別れる時は耳噛まれ」         桜 輝根
  <評>抒情文芸誌には珍しくセクシーだ。心理描写も一応出ていて。
 
 「台風近し黒髪のやさしさ満ちる終電車」      中島 昇
  <評>やや古風だが素直。
 
<<1月号総評>> 意外性ということ。短詩の魅力を生む大切な要素ともなる。
しかし無定見にそれを試みたりすると、とんだ失敗をもたらす。やたらに奇をねら
っただけのことばの死骸は眼を覆いたくなるほどみじめだ。一見突飛に感じるかも
しれない表現でも、すぐれた作品には、作者の深いところから汲み上げられた無意
識の智恵がかくされていて、真夏の乾いた喉をうるおす冷たい地下水のような魅力
が生まれているものだ。意外性は偶然が生むとも言えるが、その偶然の陰には、作
家の才能と習練との深い必然性があってのことであろう。もちろん自分自分自身に
しっかりと根を張った作風を発見してゆくために、冒険は必要なことだが。
 
                                 山村 祐
 
=====================================
 
 第七回短詩講座でした。
                                   そめ
 
 
 
 
#5005/5008 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (FLC86293) 96/12/ 6  1:25 ( 14)
「短詩」らしきもの           KIT
★内容
 
 (近作)
 
  ・満員の電車に瀬戸黒の稚児の目
 
  ・クリスマスいっぱいのデパートと子供達の十二月朔日(ついたち)
 
 (夏作)
 
  ・「お早よう・・!」と呼び掛けた初夏の庭
 
  ・日照りが続き庭先の赤らむ梅干に暑い客
 
              '96.12.06. KIT
 
 
 
#5006/5008 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RSB32311) 96/12/ 6 21:50 ( 5)
短詩。KOH
★内容
                                
干涸らびた蛙が今日は消えていた。
                                      
ガラスに映る僕を外から眺める目が三つ。



 
#5008/5008 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (PRN81060) 96/12/ 7 13:26 ( 15)
短詩>そめサン、短詩のようなもの     JSH
★内容
 
そめサン、
 
短詩のようなものを、書いてみたのですが、どんなもんでしょか。
 
  「熱の下った朝には眩しい粥椀」
  
  「思い出ほくろ 通り過ぎてから振り返る」
 
  「別れ際の語尾の震えに石を蹴りとばす」
 
うーん、難しい。
JSHでした。
 
  
 
 
#5011/5012 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RSB32311) 96/12/ 9  9:36 ( 2)
短詩。KOH
★内容
 
夕焼けを言い訳に煙草を一本余計に吸った。。
 
 
 
#5012/5012 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 96/12/ 9 20:21 ( 13)
そめさん、サンキュー>UGM
★内容
 
 短詩への寸評、ありがとうございました。
 なかなか合格点がもらえませんね。ガンバルゾー
 
 「いちょうの気分はイエロー」は、「白い白馬にまたがって」と同じですね。
 「イエロー」と言ってみたかったのはご指摘のとおりです。
 
 
 山村さんの「無意識の知恵」に、思わずうなりました。
 
 
12/9
 
 
 
 
#5018/5040 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (FLC86293) 96/12/12 23:42 ( 22)
「短詩」らしきもの(2)        KIT
★内容
 
  ・ 鳴き競う庭の蝉とテレビの中の蝉と
 
  ・ 高校生らしき茶髪外見で判断を反省
 
  ・ 窓開けて「有難う」ぬくき藷の新聞包み
 
  ・ 古い日記帳は青春の置土産
 
  ・ 待人来たらず上弦の月冴えわたる
 
  ・ 美術館の椅子に一人静閑
 
  ・ すすき野に一瞬光る車一台
 
  ・ 音たてずに踏む落葉の道に小鳥鳴く
 
  ・ 十二月の短き日やっとできた短詩
 
  ・ 草木枯れて南天の赤増す初雪
 
              '96.12.12. KIT
 
 
 
 
#5067/5069 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RBM17791) 96/12/22  1:50 ( 23)
短詩講座に投稿します  CSB
★内容
・心が通じなくても簡単な挨拶と譲る気持はなくしてはならない
 
・人は働いて切り石を造り それを使って日々を営む
 安息日は祭壇を築くための石だから切り石を用いてはならない
 
・ピラミッドが崩れた 人々は夢を語り始めた
 
・東京 日本代表の積もりで独り相撲をとる一番の田舎者
 
・コメディアンは大人でなければなれない
 施した善行を数えるうちは大人になれない
 
・人間関係は衣服であり 孤独の人はこれを知る
 
・平安末期 武家の世の前日の女流作家の世
 
 
PS:「東京…」についてですが、
   私のような地方出身者でも、東京に長くいるとそうなります。
   自戒の意味もこめている積もりだし、個人攻撃をしている積もりは
   ありません。あくまでも一般的な傾向として感じたことを述べた
   までです。一種の逆説だと思ってください。
   首都圏在住の方は自分のことだと悩んだりしないでください。
 
 
 
#5068/5069 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RBM17791) 96/12/22 15: 7 ( 1)
短詩講座に投稿します2 CSB
★内容
・誰が見てくれなくてもいい 私はここにいるのだ
 
 
 
#5070/5082 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RBM17791) 96/12/23 21: 4 ( 3)
短詩講座に投稿します3  CSB
★内容
揺れる 海洋生物と船上の我が身とその内と
 
PS.多過ぎたら選ぶか次回にまわしてもらってもいいです。
 
 
 
#5098/5100 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 97/ 1/10 12:23 (121)
【短詩】短詩講座 その8−1.        そめ
★内容
 少し遅いご挨拶。
 
   明けましておめでとう御座います。
 
 ここの所、皆さんから沢山の作品を頂戴しておりまして、嬉しい悲鳴を上げてお
ります。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第八回
 
☆KITさん
 
   「満員の電車に瀬戸黒の稚児の目」
 
 「瀬戸黒」は「那智黒」と同じ様な”石”のことでしょうか?知識がなくって済
みません。これがこの作品の中心ですね。「稚児の目」がどういう意味があるのか
申し訳ありませんが、私には今一判りかねます。多分「瀬戸黒」が、イメージでき
ないせいだと思います。しかし、なかなかの短詩だと思います。
 
 
   「クリスマスいっぱいのデパートと子供達の十二月朔日(ついたち)」
 
 これは余り短詩ではありませんね。この観察は確かな目なのですが、表現がいか
にも「説明」です。
 
 
   「「お早よう・・!」と呼び掛けた初夏の庭」
 
 これは、普通の詩が短くなっただけではありませんか?こういう観察から短詩が
始まるのです。
 
 
   「日照りが続き庭先の赤らむ梅干に暑い客」
 
 俳句のにおいがしますね。表現も重復しています。「日照り」→「暑い」。「庭
先の梅干」もこれも当たり前、これも「日照り」の意味を内蔵している気がする。
「白茶の庭 梅干しに乾く客の汗」位には出来そうです。
 
 
   「鳴き競う庭の蝉とテレビの中の蝉と」
 
 これも「説明」だけです。視点も平凡かなぁ。
 
 
   「高校生らしき茶髪外見で判断を反省」
 
 これも全く「説明」ですね。詩でもない気がする(厳しくて済みません)。
 
 
   「窓開けて「有難う」ぬくき藷の新聞包み」
 
 あったかそうですね。「窓開けて「有難う」」は長すぎます。「ぬくき」「新聞
包み」がよいセンスだけに惜しい。視点だけで、あまり推敲せずに作った感じです
ね。
 
 
   「古い日記帳は青春の置土産」
 
 はい、これも「それで?」…という感じなのです。視点が当たり前すぎます(ま
たまた厳しすぎますね)。
 
 
   「待人来たらず上弦の月冴えわたる」
 
 これは良い短詩ですね。この調子ですよ!最後を「冴えわたり」とするとまた違
った感興がありますね(しかし、俳句に近づく危険性が出てきた)。
 
 
   「美術館の椅子に一人静閑」
 
 おっと、残念。これも当たり前の視点。
 
 
   「すすき野に一瞬光る車一台」
 
 KITさんは、一瞬の情景を捉えるのに巧みですが、まだ普通の短い詩です。
 
 
   「音たてずに踏む落葉の道に小鳥鳴く」
 
 俳句ですね。「音なしに 歩む落ち葉や 小鳥鳴く」。違う表現が欲しい。
 
 
   「十二月の短き日やっとできた短詩」
 
 うう、「やっとできた」が真実かなぁ?しかしこれも、短い「言葉」の作品。
 
 
   「草木枯れて南天の赤増す初雪」
 
 「枯れ草」「南天」「初雪」はやはり俳句ですね。短詩はこの三題でも、俳句ら
しさを避けます。「死に草にうなずいている雪の紅は南天」などではいかがでしょ
う。
 
 
 
☆KOHさん
 
   「干涸らびた蛙が今日は消えていた。」
 
 昨日通った道に、車でひかれたのだろうか、蛙の死骸があった。今日同じ道を通
ったら、あの干涸らびたものは、なかった。言葉で「説明」できてしまいました。
視点は良いのですから、表現を考えて下さい。
 
 
   「ガラスに映る僕を外から眺める目が三つ。」
 
 KOHさんは、こういう視点がお得意ですね。いぜん、NSさんが同じ傾向の作品
を発表されていました。
 「内と外は別々となる すりガラスの窓」という作品です。このときも「説明文
過ぎます」と書きましたね。この作品もその気味があります。
 
 
   「夕焼けを言い訳に煙草を一本余計に吸った。」
 
 うーむ、心理描写としても其れほどではありません(申し訳ありません)。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
全部で200行を越してしまったので、次のメッセージにこの続きを書きます。
 
                                   そめ
 
 
 
#5099/5100 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 97/ 1/10 12:25 (132)
【短詩】短詩講座 その8−2.        そめ
★内容
短詩講座 八回の続きです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
☆JSHさん
 
  「熱の下った朝には眩しい粥椀」
 
 JSHさんは初めての作品ですね。着目点がユニークで結構です。ただ短詩です
と、この「粥椀」を中心としてもっと沢山のことが言えそうな気がします。「熱の
下がった朝」は説明過ぎます。
 
 
  「思い出ほくろ 通り過ぎてから振り返る」
 
 後半が当たり前と言えば当たり前。ちょっとシチュエーションも曖昧な気がしま
す。「思い出ほくろ」の言葉に苦心の跡が感じられますが、成功はしていないので
は…。
 
 
  「別れ際の語尾の震えに石を蹴りとばす」
 
 説明…ですね。短くなった詩、またはある詩の中の一行、という気がします。
 
 
☆CSBさん
 
   「心が通じなくても簡単な挨拶と譲る気持はなくしてはならない」
 
 短詩ではありませんね。全く教科書の文章ですね(厳しくて済みません)。
 
 
   「人は働いて切り石を造り それを使って日々を営む
    安息日は祭壇を築くための石だから切り石を用いてはならない」
 
 なんというか、いわんとしていることが判るだけに、もどかしい!
 
 
   「ピラミッドが崩れた 人々は夢を語り始めた」
 
 短詩に近づいてきましたよ(^o^)。しかし、まだ表現が当たり前過ぎますね。「ピ
ラミッドが崩れた」で結末も推量できそうな気がします。またピラミッドでなけれ
ばいけない理由もなさそうですね。
 
 
   「東京 日本代表の積もりで独り相撲をとる一番の田舎者」
 
 皮肉に取らないでもいいのでしょうね。CSBさんは、視点で勝負!とい
う所が見られます(^_^;)。その視点を生かす表現を工夫して下さい(説明ではなく
)。
 
 
   「コメディアンは大人でなければなれない
    施した善行を数えるうちは大人になれない」
 
 これも「安息日」と同じですか。
 
 
   「人間関係は衣服であり 孤独の人はこれを知る」
 
 一つ目の作品「心…」と同じ傾向ですが、後半の意味で救われました。ただ表現
が…(^_^;)。
 
 
   「平安末期 武家の世の前日の女流作家の世」
 
 うーむ、事実の説明ですね。
 
 
   「誰が見てくれなくてもいい 私はここにいるのだ」
 
 やはり、という表現です。どなたもこういう表現を一度はなさいますが、残念な
がら短詩ではありません。
 
 
   「揺れる 海洋生物と船上の我が身とその内と」
 
 うむ、短詩ですね。まだ長いですが。それとまだ曖昧なところがあります。
 
 
 
=====================================
 作品紹介
 
抒情文芸(昭和44年3月号) 抒情短詩選から
 
●一位
 「ナイフの傷持てり ぼくの愛した樹々」        九島 秀夫
  <評> 簡潔な表現と短詩の二重性ナイフで傷つけた樹々が作者の胸の中にあ
る。それにダブって幼い愛情をめぐって自分が傷ついた記憶が浮かんでくる。肉親
やその他の愛情をめぐって。
 
●二位
 「棒がころがった冬の夕焼け」
 「座せば四面に起こる祖父の背の三角波」        寒河江 喬
  <評> 学生のふるったゲバ棒のころがった風景だけを考えたらつまらない。
ころがった一ぽんの棒が冬の夕焼けの象徴のようにある。その背後の作者の思いは、
それにつつまれて生きてくるのだ。
 
●三位        ロープ
 「母の病む夜は一本の綱垂れてくる」          泉 新次郎
  <評> よくわかる作品だが、発想の似たものが川柳や俳句にもある。
 
●佳作            ・・・・
 「歯の白さよ 僕から黄昏れるニイガタ訛に沈みたい」  江口 昭
 
 「カリフラワーはさむ箸より屈葬の母の影」       早川 琢
 
 「父親の便りのにがさよ 食卓より家庭崩れゆき」    中島 昇
 
  <評>上三編とも、作者の計算がよく行き届いている割には印象のうすいもの
がある。
 
 「パトカーのサイレン 俺 影背負って花瓶に消える」  三浦 純
  <評> ユーモラスな味わいがおもしろい。
 
 「少年がジュースをはいた夏の日から海は腐ってます」  ハセガワ・ヨシカズ
  <評> 達者な作家だ。ときに作られた感じを残すが、この作品には少年の哀
愁がにじんでいる。
 
<<3月号総評>> 短詩は短い。読者の胸に想像の翼を羽ばたかせる表現をとる。
また短詩形では、純然たる抽象作品は困難だというのが私の持論だ。どこかに具象
性(少なくとも具体性)を与えて、そこを手がかりに抽象の世界へも導かれる―と
いう方法でないと、伝達性を欠く結果となりやすい。ここから短詩の二重性が生ま
れてくる。眼前の風景の後ろ側に作者の思考をうかがいとれるとき、眼前の風景と
後ろ側の作者の風景とが入り混じり合い、微妙なニュアンスを生んで、新しい詩的
世界の創造が果たされる。これが短詩形作品の大きな魅力となる。
                                 山村 祐
 
=====================================
 
 第八回短詩講座でした。
                                   そめ
 
 
 
 
#5102/5112 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RSB32311) 97/ 1/11 18:10 ( 8)
短詩。KOH
★内容

干涸らびた蛙の香り、色なき夢に漂う。

ヤマ勘が、当たれば受かる、マーク式。(批評下さらなくてもよい作品。)

とほきにありておもはんと、我がふるさとはいづこにか。

死ぬか生きるか、寝ながら考え夢につく。
 
 
 
#5107/5112 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RBM17791) 97/ 1/12 15:35 ( 10)
短詩講座に投稿します。  CSB
★内容
そめさん、明けましておめでとうございます。
旧年中はどうもありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。
『心に響く短詩の世界』(篠原資明著 講談社現代新書)を買って読みました。
少し短詩のことがわかってきたような気がします。
----------------------------------------------------------
一番先に生まれて良かったこと。両親が若い期間が長かった。
 
海、。揺れる、。生物、舟と我、気血の流れ、。揺れる、。海
 (前回、投稿したものを推敲しました。)
 
 
 
#5113/5123 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RBM17791) 97/ 1/13 21: 6 ( 2)
短詩講座に投稿します  CSB
★内容
 看護婦(看護士)
(弁護婦)弁護士
 
 
 
#5118/5123 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (FLC86293) 97/ 1/14  1:15 ( 10)
「短詩」らしきもの(3)        KIT
★内容
 
・身代金相場は幾ら 人質一人の生命
 
・夜勤手当ては幾ら マージャンの頭脳革命
 
・悪夢 侘助椿の白い孤独が凍える
 
・厚化粧したサングラス 年令不祥の舞台
 
             '97. 1.14   KIT
 
 
 
#5125/5158 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RBM17791) 97/ 1/15 23:21 ( 7)
短詩講座に投稿します(1−2)  CSB
★内容
・ 看護婦 看護士
 (弁護婦)弁護士
 
・戻り先は幾つ?
 
 
※#5113は削除しました。
 
 
 
 
#5132/5158 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 97/ 1/17 21: 1 ( 12)
短詩>UGM
★内容
 
 
  遠い遠い 湾岸/アフガン/ボスニア/ルワンダ そしてあの戦争
 
 
  口をあけ見上げるわたしを笑うからす
 
 
 *97年最初の挑戦です。今年は月に一回はチャレンジしてみようと思います。
 
1/14
 
 
 
 
#5193/5194 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CLN74793) 97/ 2/ 3 21:46 ( 13)
短詩>そめさん            HRM
★内容
 
 
片道キップの茶髪 雪桜の道に立つ
 
 
 
そめさん、はじめまして。
HRMといいます。
短詩講座に参加を希望いたします。
よろしくお願いいたします。
 
             HRM
 
 
 
 
#5195/5197 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (VFR30521) 97/ 2/ 4 23: 4 ( 33)
短詩>初挑戦              SHK
★内容
 
 
   ・切れば赤いアイデンティティ ほうれん草で育ったの
 
   ・有刺鉄線に捕まった月 逝く前に抱かせて下さい
 
   ・ビール瓶の中の砂漠 脳天蜃気楼 忘却の旅かしらん
 
   ・影踏み影踏み 目ン玉盗んだ君の
 
 
   うーん (-_-)。実はたったこれだけに去年から四苦八苦。
   推敲しまくった挙げ句、案外何も手を加えていない第1稿
   の方が良かったりなんかしたら、立ち直れない(苦笑)。
 
   俳句も短歌も川柳も、少しばかり手を出したことはありま
   すが、短詩の方が大変のようです。
 
   何故だろうかと考えましたが、要するに長々と書かないと
   テーマを書ききれないような、そんな慣れ方をずっとして
   きたからかもしれない。加えて、言いたいことをぎゅっと
   ぎゅ〜っと、凝縮させる練習もしていない。
   けれど、言葉ひとつの意味やイメージを最も魅力的に感じ
   させるには実は短詩がうってつけなんじゃないかと、四苦
   八苦しながらも考えておりました。
 
   ところで、『短詩講座 8−2』(#5099) にある、
   「ナイフの傷持てり ぼくの愛した樹々」は良いですね。
   シンプルで深くて、感心してしまいました。
 
 
               VFR30521 SHK
 
 
 
 
#5196/5197 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (FLC86293) 97/ 2/ 5  1:28 ( 14)
「短詩」らしきもの(No.4)       KIT
★内容
 
・こころがゆらぐ 飛んでゆく・・
   止めて・・ 
   だれか!
 
・かげろうがゆらぐ 逃てゆく・・
   捕えて・・ 
   だれか!    
 
・ほのおがゆらぐ 燃え尽きる・・
   消して・・ 
   だれか!    
 
              '97.2.5   KIT
 
 
 
#5197/5197 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 97/ 2/ 7 18:21 (177)
【短詩】短詩講座 その9.          そめ
★内容
 またまた沢山の作品を頂戴しました。CSBさんの読まれた『心に響く短
詩の世界』は、私も去年の暮れに買っておいたものですが、やっと読み終わりまし
た。私の考える”短詩”とはちょっと違う方向ですが。
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第九回
 
☆KOHさん
 
   「干涸らびた蛙の香り、色なき夢に漂う。」
 
 表現は短詩ですが、ううむ、内容が難解で解釈できませんでした。言葉と言葉の
ぶつかりあいが短詩の魅力の一つなのですが、この場合説得力がない。イメージも
湧かないのです。前半と後半、それぞれはとても魅力的なのですが、結びつけられ
ない。もったいない。
 前回の「干涸らびた蛙…」を推敲なさったものでしょうか。前回よりはずっと良
いのですが、曖昧になってしまいましたね。
 
 
   「ヤマ勘が、当たれば受かる、マーク式。」
 
 批評ご無用の註がありましたが、書いちゃいます(^_^;)。これは川柳ですよぉ。

 
   「とほきにありておもはんと、我がふるさとはいづこにか。」
 
 「短い詩」であって、短詩ではありませんね。文語体ですので「短歌」の香りも
します。室生犀星を意識されていますね。
 
   「死ぬか生きるか、寝ながら考え夢につく。」
 
 これも、ただ事実を書いただけのようですね。「着想をいかに人に伝えるか」が
あまり練れていない感じがします。
 
 
 
☆CSBさん
 
   「一番先に生まれて良かったこと。両親が若い期間が長かった。」
 
 視点は非常に良いと思います。が、表現が短詩ではなく「短い文章」ですよね?
 
   「海、。揺れる、。生物、舟と我、気血の流れ、。揺れる、。海」
 
 私の思っている短詩は『一呼吸』の詩なのです。長くても一呼吸で読めるような
ものならば、数行でも良いとは思っています。この作品は逆に短いけれどどうも一
呼吸という訳には行かないようです。前にも書きましたが、名詞だけの作品は難し
いです。
 
   「看護婦 看護士
    (弁護婦)弁護士」
 
 草野心平の『冬眠』?これも名詞だけの作品ですね。自ずからある雰囲気は伝わ
ってきました。ただ「喩」が全然生きてこない。女性の「(弁護婦)」は、事実上
はいらっしゃるのに名称がない…とおっしゃりたいのかな?この場合の『士』は職
業上の一種のステイタスみたいなもので、女性でも『士』とつく方は他の世界でも
たくさんいらしゃいますが…(私の業界でも「建築士」など)。
 
   「戻り先は幾つ?」
 
 ううむ、これだけでは判らないなぁ…。
 
 
 
☆KITさん
   「身代金相場は幾ら 人質一人の生命」
 
 時節柄、ペルーの未だに解決が見られない事件の件かな?身代金という言葉から、
発想はそうかも知れないが、一般的な誘拐事件に敷衍したものと思われます。
 さてこの作品ですが、残念ながら短詩ではありませんね。発想だけで終わってし
まっている。
 
 
   「夜勤手当ては幾ら マージャンの頭脳革命」
 
 前半が上の作品と同じなのはどうも?です。これも同じく発想だけですねぇ。も
う少し表現を工夫したい。
 
 
   「悪夢 侘助椿の白い孤独が凍える」
 
 うん、これは良い短詩ですね。確かに椿って「孤独」感がありそうでで、確かな
観察です。しかも言葉も「侘助椿」と選んである。欠点は「悪夢」ですね。これだ
けではちょっと判り辛いですよ。
 
 
   「厚化粧したサングラス 年令不祥の舞台」
 
 どうもKITさんは、前半/後半という形式がお好きなようですね。それとも今回
だけ徹底してこの形に拘ってみたとか…。
 この場合前半の問題提議に対して後半で解決を与える、というパターンなのです
が、『意外さ』のようなものがありませんね。やはり『喩』というものを踏まえた
『意外さ』が、ひいてはエネルギーの源泉になるような気がします。
 
 
 
☆UGMさん
   「遠い遠い 湾岸/アフガン/ボスニア/ルワンダ そしてあの戦争」
 
 おっしゃりたいことは判ります。ただまだ言葉遣いに無駄が多い(^_^;)。「遠い
遠い」は、もっと違った言葉で「もっともっと遠い」意味にできそうです。また最
後の「そしてあの戦争」も地名を見ただけで判ってしまうのですから言わなくても
結構です。「死んで鳴き続ける嬰児」とかにすれば如何でしょう。
 
   「口をあけ見上げるわたしを笑うからす」
 
 「からす」があんまり当たり前すぎて、インパクトが感じられませんね。
 かつての「都々逸調」はいかがでしょうか?
 
 
 
☆HRMさん
 
   「片道キップの茶髪 雪桜の道に立つ」
 
 こちらこそよろしくお願いします。この作品、何故かは判りませんが、短歌の香
りがしますね。
 それはそれとして、短詩ですね(^o^)。しかし、イメージがまだ煮詰まっていない
気がします。後半の「雪桜の道に立つ」がはっきりしていないのですね。前半で見
事な表現で問題提起をして下さっただけに、惜しい!!
 
 
=====================================
 作品紹介
 
抒情文芸(昭和43年9月号) 抒情短詩選から
 
●一位
 「ほら タンポポに灯が点る 嫁にいけ」        大村 たかし
  <評> 童話的な作者の持ち味がよく出ている。歯切れもいい。
 
●二位
 「少年が弾く 湖底は秋のバイオリン」         谷本 静
  <評> 七七五音はすわりのいい日本語のリズム。初めの七音のあとに置かれ
た切れ目が、調子に流れすぎるのを防いでいる。
 
●三位
 「黄色い神経の傘ひろげ書を読むぼく の ばたつく蛾」 谷口 慎也
  <評> 長音の作品のリズムを引き締めるために、間のとり方にはことに細心
の注意が必要になる。作者の苦心もそこにある。
 
●佳作
 「糸切れて背骨でゆれるネクタイの首」         泉 新次郎
  <評> 糸あやつりの人形がうかんでくるが、そこにホワイトカラー族のかな
しさがにじみでてくるような作品。
 
 「洗面器には常に危険な藻しげる顔」          早川 琢
  <評> 朝毎の洗面器は爽やかな顔を映さないで、水底の藻かげに漂うような
自分の顔を見いだすのはなぜ?
 
 「夜桜や痴児に歯の生えるおそろしさ」         しんよう・きんこ
  <評> 「痴児に歯の生える」には動物的なおそれを感じさせる。それ故、「
おそろしさ」と断定したことばも生きている。生あたたかい夜桜の空気の中だけに、
なおさら。
 
 「雨あがれば街路樹にだまされてみたくなる」      寿々樹 涼
  <評> 一見何でもないような表現だけれど、言葉では言えないおもしろ味が
ある。それが詩というものであろう。
 
 「耳が一片のコッペパンを欲しがる 午睡」       畑 ちづる
  <評> 午睡の覚めたときの何とない不安感。夢うつつのなかで味わった恐怖
が覚め切らぬ頭に尾を引いているときの心象か。
 
 
<<9月号総評>> 短詩は自由な形式ではない。ある意味ではひどく人工的な形
式だ。感動をそのまま吐き出すことをしないで、一度二度と感情をせき止めてつく
る。せき止められた水勢が、何倍にも烈しさを増すように。そこに深い暗示力が生
み出される。リズムも生まれる。強調され、省略され、演出もされる。ある人が、
短詩形式は削る文学だ、という意味の言葉を口にしたことがある。削って削って、
なお削りつくせない最後の姿が短詩であろう。削りつくさないで、どうして、短詩
という最も短い詩の形式の魅力が生まれよう。
                                 山村 祐
 
=====================================
 
 第九回短詩講座でした。
                                   そめ
 
 
 
#5198/5210 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 97/ 2/ 7 18:27 ( 5)
SHKさん、KITさん短詩受け取りました。    そめ
★内容
 
 SHKさん、KITさんの最新の作品は第九回には間に合わなかったので、次回に
させて下さい。
 
                                   そめ
 
 
 
#5218/5223 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CLN74793) 97/ 2/15 20:12 ( 11)
短詩>そめさん            HRM
★内容
 
 
斜向かいにすわる喫茶店 忘草のピアスとの距離
 
 
短詩講座 への投稿です。
そめさん、感想ありがとうございます。
いわれてはじめて気がつきました。なのに・・。
時間がかかりそうです。よろしくおねがいします。
 
                  HRM
 
 
 
 
#5253/5255 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (YXM40082) 97/ 3/19 18:48 ( 14)
挑戦<短詩               YUW
★内容
 
 皆さんのUPされた短詩や、そめさんの「短詩講座」を読んでも、
 今一つ「短詩」のことがわかっていませんが、
 こころに思いついたものがあったので、一応?短詩として、
 UPさせていただきます。m(_ _)m
 
 果たしてこれは↓「短詩」と呼べるものなのかどうか・・・。
 
 
 <短詩>
  無意識に目にしたものに誘発される小さな記憶
 
 
                                YUW
 
 
 
 
#5258/5258 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 97/ 3/26 12:44 (121)
【短詩】短詩講座 10.           そめ
★内容
 一(ひと)月に一回になってしまった(^_^;)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第十回
 
☆SHKさん
 
   「切れば赤いアイデンティティ ほうれん草で育ったの」
 
 短詩に挑戦、有り難う御座います。最初からかなり優秀な短詩ですね(^o^)。見
事です。「アイデンティティ」の表現が硬い気がします。後半の「育ったの」とい
う柔らかな表現を生かしたい。「あいでんてぃてぃ」と平仮名にするだけで全然違
いますでしょう。
 
 
   「有刺鉄線に捕まった月 逝く前に抱かせて下さい」
 
 ううむ、これもまったく短詩です。ほんとに感心します。私の好きな後藤すみ子
さんを思い出させてくれます。有り難う御座います!
 前半の確かな観察が、後半の見事な心理描写で生きてきます。
 
 
   「ビール瓶の中の砂漠 脳天蜃気楼 忘却の旅かしらん」
 
 これは残念、外れちゃいましたね(^_^;)。イメージが分散気味で、常套的な気が
します。
 
 
   「影踏み影踏み 目ン玉盗んだ君の」
 
 恐れ入ります。そういえば、影には目ン玉ないのだなぁ。あるいは、影を踏むそ
ぉーっとね、が目ン玉盗まれたようなのでしょうか。いずれにしても良い作品です。
 ただ(^_^;)、この構成は短詩ではよく使われるのでこの構成では、幾つもは作れ
ませんね。
 
 
 
☆KITさん
   「こころがゆらぐ 飛んでゆく・・
    止めて・・ 
    だれか!           」
 
   「かげろうがゆらぐ 逃てゆく・・
    捕えて・・ 
    だれか!           」
 
   「ほのおがゆらぐ 燃え尽きる・・
    消して・・ 
    だれか!           」
 
 KITさんは新しい形に挑戦なさりますね。これは、現代詩ですねぇ。一つ一つの
作品を云々するより、新しい形として三つの作品を並べた方が効果があるような気
がします。短詩ではありませんが…。
 
 
 
☆HRMさん
 
   「斜向かいにすわる喫茶店 忘草のピアスとの距離」
 
 HRMさんは素敵な言葉遣いをなされますね。これもある一コマ、を定着させ
た短詩ですね。後半の言葉が特に素敵です。「勿忘草(ワスレナグサ)」でなくて「忘草(
ワスレグサ)」は意図したところでしょうか。私はワスレナグサと解釈してみましたが。
 
 
 
☆YUWさん
   「無意識に目にしたものに誘発される小さな記憶」
 
 初めてですね(^o^)。よろしくお願いします。これが短詩の出発点です。こうい
う「記憶」をどう表現したいかが問題です。この作品を二つか三つの言葉で纏めて
(例えば「裏通りの見知らぬ自分」とか)、それがどうなる、それをどう思う、ど
うしたいのでしょうか。難しく考えないでも、言葉同士のぶつかりあいを楽しんで
(苦しんで?)下されば幸いです。
 
 
=====================================
 作品紹介
 
抒情文芸(昭和43年7月号) 抒情短詩選から
 
●一位
 「胎児にじり寄ってくる浜木綿の群生する原円砂丘に吹かれている」石津 恵造 
  <評> 浜木綿の実は海に浮かんで遠方にまで運ばれる。その葉鞘は抱き合って
茎のようになり、大きな葉を四方にひろげる。私の幻想は、未来の胎児の姿と浜木
綿の姿とダブって、砂丘の風にふかれる「生」の寂しさをまざまざと感じさせるの
だ。
 
●二位
 「たどたどとおばあのながーい唾液 の 葬列」     谷口 慎也
  <評> 「おばあ」のたどたどしく単調な生とその終極とを象徴的に、また音
律的に巧みに表現し得た。
 
●三位
 「白すぎる満月に僕が植えました 耳」         泉 新次郎
  <評> 今月の入賞作は期せずして「生」の淋しさを高い密度で表現している。
この作品も、生の手探りの象徴として「耳」のイメージを幻想的にまた具体的にと
らえた。
 
●佳作
 「弟無事卒業 杉の木の上でいねむりする母」      平野 謙吉
 
 「妹の失語症が澱む海を母はどこまでも落ちてゆく」   三枝 宏子
 
 「耳無し沼の 群衆のひとかけら」           九島 秀夫
 
 「高層ビル 一刻の陽に育つキリンとなる」       大村 たかし
 
 「裸体の少女はいつも私小説でいる奇蹟のレモン」    早川 琢
 
<<7月号総評>> 短詩の形式に定形はない。厳密に言えば一作一作がその形式
を要求する。個性的な作品を生むためには、自分の形式、自分の文体、自分の発想、
自分の構成、自分のリズム、自分のスタイルを探り出すことだ。
                                 山村 祐
 
=====================================
 
 以上、第十回短詩講座でした。
                                   そめ
 
 
 
 
 
 
#5259/5260 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (VFR30521) 97/ 3/28 22:54 ( 54)
短詩後日談>そめさん          SHK
★内容
 
 
   短詩評、拝見いたしました。いくつかは、きちんと短詩
   になっていたようで、お褒めの言葉までいただいてしま
   い、「よっしゃ〜!」という気分です(笑)。
 
   さて、評していただいた作品について。
 
   第1作目の「アイデンティティ〜」ですが、ひらがなに
   するという例、ごもっともです。思い付きもしませんで
   した。なるほど、そうやって、完成度の高い作品にする
   のだな、と目からウロコが落ちました(笑)。
   ありがとうございます。
 
   第2作目の「有刺鉄線に捕まった〜」は、イメージばか
   りが脳裏を右往左往していて、なかなか言葉がつながら
   なかった作品です。でも何とか「短詩」になれたようで、
   やれやれです。ちなみに一番気に入ってます(笑)。
 
   第3作目の「ビール瓶の中の〜」は私自身も少し違うの
   ではと危ぶんでいましたので、あらやっぱりなぁ、と思
   いました(笑)。
 
   第4作目の「影踏み〜」は、まだまだ推敲の余地がある
   と思っていたのですが(^_^;)、ちょっとバテてしまいま
   した・・・・。燃料切れ(笑)。もったいないので、もう一度
   書いてみようと思っています。
 
          *****
 
   ・・・・いつもギャラリーでお世話になっている散文詩に関
   しては、割と「惰性」というか、慣れで書いている部分
   があり、あれこれ書き直すわりに選ぶ言葉がパターン化
   したなと自覚していました。ところが、短詩に挑戦して
   みたら、ちぃっとも自分の慣れてきたパターンが通用し
   ない。だらだらと説明文になってしまう。
   正直言うと「が〜ん・・・・・・」。ショック大でした(笑)。
 
   短詩と散文詩とは明らかに何かが(何かって何?)違い
   ますから、短詩ができれば散文詩も、とは一概には言え
   ないと考えています。もちろんその逆も。ですが、今回
   こうして短詩を作ってみて、私はこれじゃいかんっ!と
   自分に対する警告を聞いた気がします。
   せっかく短詩に触れて学んだことがあったのですから、
   詩作のすべてにおいてもっと自分を高めよう、と改めて
   思い至りました。
 
   そういった意味も含め、短詩に触れる機会を与えてくだ
   さったそめさんに、本当に感謝しています。ありがとう
   ございます。今後ともよろしくお願いいたしますね。
 
 
               VFR30521 SHK
 
 
 
 
#5260/5260 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (VFR30521) 97/ 3/28 22:54 ( 10)
短詩>挑戦2              SHK
★内容
 
 
   ・爪の半月 天上切っても茜色のサヨナラ言える君
 
   ・夕映え背広に冬がきしむ湯豆腐のおふくろ
 
 
               VFR30521 SHK
 
 
 
 
 
#5262/5262 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RSB32311) 97/ 4/ 4 10:48 ( 2)
短詩。KOH
★内容

夜明けの雷はさらに天高くより来たる。
 
 
 
 
#5275/5275 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (YXM40082) 97/ 4/23 14:51 ( 10)
投稿<短詩               YUW
★内容
 
 <短詩>
  クッキーを半分噛る 君に似た気持ちのチョコレート
 
 
 今一つ「短詩」を理解していないわたしですが、
 懲りずに、自分が「たぶん短詩だろう」と思うものを
 UPします。
 
                      YUW
 
 
 
 
#5287/5290 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (RBM17791) 97/ 5/12  0:16 ( 8)
短詩講座に投稿します  カルシウムボーイ
★内容
しとやかな娘が隠すしとやかな靴の底
 
そめさん、またよろしくお願いします。
 
※今まで6文字を意識して「CSB」と書いてきましたが、6文字を
 越えても大抵は問題がなさそうだと思いましたので、今後は元々の意味の
 通り、「カルシウムボーイ」と書くことにします。
 よろしくお願いします。
 
 
 
 
#5290/5290 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 97/ 5/13 12:38 (119)
【短詩】短詩講座 その11.         そめ
★内容
 4月はついに書けませんで、失礼しました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第十一回
 
☆SHKさん
 まずはお詫びを。ハンドルを間違っておりました、うっかりもののそめをお許し
下さい(_ _)。
 前回のRESのRES。SHKさんもお分かり頂いているようですね。2作目がご
自分で一番気に入っていらっしゃる。私もこれが前作では一番だと思っております。
「影踏み〜」はおっしゃるように、言いたいことがまだ煮詰まっていないかな、と
いう感じはします。
 
   「爪の半月 天上切っても茜色のサヨナラ言える君」
 
 「茜色のサヨナラ言える君」はとても短詩な表現で素敵です。「爪の半月」がイ
メージが足りません。おしいなぁ。「爪の半月」と実際空に掛かっている「半月」
を較べたものでしょうか?ちょっと安易な気がします。
 
   「夕映え背広に冬がきしむ湯豆腐のおふくろ」
 
 これも後半の「湯豆腐のおふくろ」があたたかくてとっても良いなぁ。「背広」
が雰囲気を壊していませんか。「きしむ」はなかなか考えられた言葉で、成功して
いると思います。前半の描写にもう一工夫欲しい。
 
 しかし二作とも見事な短詩ですよ。
 
 
 
☆KOHさん
 
   「夜明けの雷はさらに天高くより来たる。」
 
 別の詩の一行のような気がします(^_^;)。
 私なりに考えている「短詩」は
  ・一呼吸であること
  ・一行で独立していること
  ・「喩」が的確であること
  ・新しいイメージを持つこと
  ・内容があること
  ・事実描写で終わらないもの
  ・無駄な言葉はないか
等というものです。短歌とも違うし、俳句とも違う。川柳とも違う現代詩である。
と考えています。
 ま、難しく考える前に作りましょう。取りあえず「言葉」同士の結びつきを新し
く考え出す当たりから始めては如何でしょう。そうなると、言葉一つ一つの意味を
追求したくなる……でしょう?
 
 
 
☆YUWさん
 
   「クッキーを半分噛る 君に似た気持ちのチョコレート」
 
 決して懲りないで下さいネ。KOHさんのRESにホンの僅かながら「短詩」の
規定見たようなものを書きましたので、参考にして下さい。
 さてこの作品、イメージはありますね。事実描写に近いのでしょうが、少しそこ
から抜けだしそうになっている、もっと抜け出しましょう。「クッキー」と「チョ
コレート」は無駄な表現ですね。多分統一したイメージを持たせたかったのかと思
いますが、当たり前すぎてしまいました。内容は?もっとたくさんの事が言えそう
ではないですか?「君の気持ちはこのクッキーみたいだよ」では、まだ薄いですね。
 懲りずにたくさん作って下さい。
 
 
 
=====================================
 作品紹介
 
抒情文芸(昭和43年10月号) 抒情短詩選から
 
●一位
 「ずるずると棺桶飲みこむ食堂ですトンネルです会うんです父と」 谷口 慎也
  <評> 少しずつ死んでゆく生。ユーモラスな表現がかえってそのにがさを生
々とさせます。かつて父が味わってきたその人生のにがさに引き摺りこまれてゆく
不安感と一種の期待。
 
●二位
 「系図の裏にひろがる生みっぱなしの森」            九島 秀夫
  <評> 単に私生児をテーマとして考えてもよいのですが、もっと視野を広げ
て、系図などと関係のないところで、無責任に放り出されても雑草のように生き抜
いてきた庶民の歴史に眼をやることもできます。そしてそれは同時に「私生児」の
たくましさの表現でもあります。
 
●三位
 「女の影が座るあたりの魚の骨」                早川  琢
  <評> たとえば夕餉の膳の皿の上の小魚の骨。その横にひっそり座る女。作
者の影も食卓の横にあるのでしょう。(しかし女ひとりの暮らしと考えてもいい)
いずれにしても小市民生活の象徴的な点描画。
 
●佳作
 「行くえ不明の午後 ひょろりとぼく森の樹になった」     沢木 トオル
  <評> 行くえ不明になったのは「ぼく」の魂?おもしろい表現
 
 「葉脈を断つどこか夢のながぁい下で唄いはじめた少年はひらがなのあさに母を
  処刑していく」                       森村  節
  <評> 少年期の、あいまいさと反抗心とが縄のようにないまざった心理。
 
 「水族館揺れれば玩具の夜ひらく」              大村 たかし
  <評> 幼年期の記憶が現在も尾をひいて。
 
 「やっとオレの顔で歩けて 大阪の空はかなしい」        水木  悠
  <評> かなしい、ということは、なつかしい、うれしいということでもある。
そしてまた『かなしく』もある。この心理のニュアンス。
 
 「ヒコーキばかり作った少年 箸を長く持ち」          寿々樹 涼
  <評> 少年の成長する姿の何気ない表現が利いています。
 
 
<<10月号総評>> 作品の個性化が、いよいよ目立ってきました。それだけに、
文字と文字との間の空間から、作者の苦しい錬磨のうめき声が聞こえてくる気がしま
す。それを聞くことは、毎月の私の、ざんこくなよろこびでもあります。
                                 山村 祐
 
=====================================
 この10月号には私の作品は選外佳作で載っていました。
 「白いシーツを汚すのは 罪悪 かなあ 凶弾」
というものです。
 
 第十一回短詩講座でした。
                                   そめ
 
 
 
#5291/5291 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (YXM40082) 97/ 5/13 22:34 ( 30)
RE:5290<短詩講座            YUW
★内容
 
  そめさん、いつも短詩講座、ありがとうございます。「短詩の定義」を
 読んでみても、他の方の「短詩」である作品を読んでみても、やはり今一
 つよくわかりません。(^-^;
  もうこれは、自分が「そうかも」と思うものを、それこそ「懲りず」に
 UPしていって、いつか本物の短詩に出会う他に方法はないのかしら、と
 思います。(笑)
 
>から抜けだしそうになっている、もっと抜け出しましょう。「クッキー」と「チョ
>コレート」は無駄な表現ですね。多分統一したイメージを持たせたかったのかと思
>いますが、当たり前すぎてしまいました。内容は?もっとたくさんの事が言えそう
>ではないですか?「君の気持ちはこのクッキーみたいだよ」では、まだ薄いですね。
 
 「クッキー」も「チョコレート」も要らなかったですか・・・。(^-^;
 わたしが言いたかったのは、書ききれてないですけど、
 「チョコチップクッキーを半分噛ったけど、チョコに会えないや」
 だから「君の気持ちは遠くてわかんないや」
 というのがテーマだったんです、実は。(笑)
 
 ホント、難しいですね。(^-^;
 
> 懲りずにたくさん作って下さい。
 というわけで、懲りずに短詩「じゃないかもしれない」ものをUPします。
 
 <短詩>
  古いページに染み込む涙 骨をも溶かす呪いになあれ
 
                     *     YUW     *
 
 
 
 
#5295/5297 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (VHM89871) 97/ 5/17 23:12 ( 21)
#5292 JSHさん       MNO
★内容
 
 感想をありがとうございます。
 五月雨は、遠い昔の出来事を思いだして書きました。
 カフェテラスで、にちよう村さんと5月はあまりすきじゃないね
 という話をしてたときに思いついたショ−トショ−トです。
 
 遠い昔、初めて失恋なるものを経験したときの実話をもとに
 ちょっと脚色しました。兄は、今のあたし。。。妹はあの時の
 あたし。。。のつもりでかきました。
 実際は、神社の境内でぼけぇぇぇと雨上がりの空を友人と二人
 無言でみあげてたんですけどね。(^_^;)
 涙は、忘れた頃に流れるってのもこのとき初めて知りました。
 
 
  五月雨の春雷が 妹の初恋に 終わりをつげる
   
   最後の1行は↑
   短詩のつもりで書いたんですけど・・・
   だめですかね?>そめさん
 
              MNO
 
 
 
 
#5324/5324 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 97/ 5/29 23:24 ( 7)
短詩>UGM
★内容
 
 
  目の端で渡るつり橋笑う風
 
 
5/29
 
 
 
 
#5333/5333 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 97/ 6/10 14:30 (189)
【短詩】短詩講座 その12.         そめ
★内容
 UGMさんから、この第二次短詩講座の再会の要請を受けたのが昨年の6/14
でした。一年間で11回開くことが出来ました。これからも引き続きみなさまの
応援をお願いいたします(_ _)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第十二回
 
☆カルシウムボーイさん
 いつでもお待ちしていますよ。
 
   「しとやかな娘が隠すしとやかな靴の底」
 
 この短い詩形で、同じ言葉を2度使うのは、なかなか勇気が要ります。でこの
作品の場合、前半の「しとやかな」はやはり別の表現としたい。後半の「しとや
かな靴の底」は良い表現です。
 しかし、全体的に意味が今一つはっきりしない気がします。
 前回、一応の短詩の基準みたよなものを書きましたので、それに照らしてみま
しょうか。
  ・一呼吸であること     :これはOK。
  ・一行で独立していること  :これも言いたいことが分かるOK
  ・「喩」が的確であること  :後半の「喩」が的確です。前半は「喩」と
                 いうものがない(^_^;)
  ・新しいイメージを持つこと :後半の「喩」に助けられて、新しいイメー
                 ジが生まれつつあります。
  ・内容があること      :これも後半の点数が良い。前半はもう少し
                 煮詰めた内容が欲しい。
  ・事実描写で終わらないもの :前半が邪魔をする(^_^;)。
  ・無駄な言葉はないか    :やはり「しとやか」が…。
という所です。
 
 
 
☆YUWさん
 前回言い足りなかったところから。「クッキー」か「チョコレート」どちらか
は要りますよ。「チョコチップクッキー」がどんなものか申し訳ありません、歳
なもので良く分からないのですよ(;_;)。後記の意味だと、ストレートに「チョ
コチップクッキー」と言ってしまった方が良かったですね。そうすれば、そのよ
うな(あるかどうか分からない、しかし絶対にあるであろう、…あるだろう…多
分アル…本当にあるの?)チョコと、君の(僕に対する)気持ちが結びつきますよ
ね。
 
 さて、新作。
 
   「古いページに染み込む涙 骨をも溶かす呪いになあれ」
 
 なかなか短詩のような雰囲気になってきましたが…。ではカルシウムボーイさ
んのときと同じく考えてみましょう。
  ・一呼吸であること     :これはOK。
  ・一行で独立していること  :これも言いたいことが分かるOK
  ・「喩」が的確であること  :後半に一つありますね。「骨をも溶かす呪
                 い」ですが、これは当たり前の「喩」です
                 ね。「呪い」という言葉遣いが前半の「意
                 味」を決める、最重要点ですね。「呪う 
                 涙」という意味で良いですね?「呪う」か
                 ぁ。難しいな。「古いページ」から「日記
                 帳」という連想が生まれますが、多分これ
                 はそれでよいのでしょう。そうなると古い
                 (時間的に古いとは限らない)日記をみて
                 涙するのは、恋愛ですか、やはり。となる
                 と「呪う」はちょっと”どろどろ”しすぎ
                 る気がします。でも”どろどろ”を言いた
                 いのなら、もっとどろどろにしちゃいたく
                 なります(^_^;)。その意味では「骨をも溶
                 かす」はどろどろとはちょっと方向が違う
                 ような気がする、”熱い”イメージがあり
                 ます。
                  前半も一つ「喩」を使って欲しいところ
                 です。それほど「喩」は大切です。
  ・新しいイメージを持つこと :残念ながらそう言うわけで、新しいイメー
                 ジはありませんでしたね。
  ・内容があること      :「喩」が適切になれば、期待できる内容で
                 すね。
  ・事実描写で終わらないもの :これも、今一つかな?でも、実はここが一
                 番難しかったりするのです。
  ・無駄な言葉はないか    :これも「喩」を使えるようになれば、ずっ
                 と少なくなります。
 という評になります。
 
 
 
☆MNOさん
 短詩を受け取りました。
 
   「五月雨の春雷が 妹の初恋に 終わりをつげる」
 
 ううむ(^_^;)。まず・喩がない・事実描写のみ・新しいイメージ不足。という
ところでつまずいてしまいます。まあ「喩」はおいおい表現して下さるものとし
て、事実描写で終わっている、所が一番難点でしょうか。事実描写はまあ事実描
写なのですが、それをどう感じたか、どうしたいかなどの主体性が感じられない
と困ります(^_^;)。だから、一番難しいのですよね。
 懲りずにお願いします。
 
 
 
☆UGMさん
 
   「目の端で渡るつり橋笑う風」
 
 ベテランUGMさんの久しぶりの作品。なかなか涼やかな作品に仕上がっていま
すね。「目の端で渡る」が良いですね。もう少し視点を限定したい気がします。
つまり、「つり橋」を渡るのはだれなのでしょう?ということです。自分が渡っ
ているときのちょっと足元が頼りない、たしかに「目の端で」渡る感覚ですね。
しかし、自分は渡るのを諦めちゃったのだけれど、目だけでも渡っておこうか。
そんな私を、「ほら、こう渡るのだ。」と風が笑って渡って行く。という見方も
出来るわけです。私は前者を採りたいのですが、決定打がない。
 しかしなかなか素敵な短詩です。
 この作品も例の方法で。
  ・一呼吸であること     :これはOK。しかしリズムが5・7・5…。
  ・一行で独立していること  :これも言いたいことが分かるOK
  ・「喩」が的確であること  :「目の端で渡る」が秀逸です。しかし、そ
                 の視点がはっきりしない。「笑う風」も「
                 喩」です。こちらは、次の項との合わせ技
                 ですね。というか、新しいイメージを生む
                 ために「喩」を使うのですが。
  ・新しいイメージを持つこと :全体で新しいイメージが生まれています。
  ・内容があること      :内容も、なかなか涼やかで結構ですね。
  ・事実描写で終わらないもの :これが、すこーし不足か。何度も言うけど
                 ここが大変なところです。
  ・無駄な言葉はないか    :「端」と「橋」が、意識して書いていると
                 すると、やりすぎの気がします。
優秀作品ですね。
 
 
 
====================================
 作品紹介
 
抒情文芸(昭和43年 3月号) 抒情短詩選から
 
●一位
 「舌ざらつく基地の洗浄音」                 吉田 健治
  <評> 洗面器にさみしい音をたてて尿をする南方の淫売婦をうたった、金
子光晴の詩がありますが、そうした淋しさとは違った淋しさがこの句にあります。
もっと原色的で、うすっぺらなベニヤ板にペンキを塗ったような基地の町で聞く
洗浄音。基地の女。心の苦味。荒れた舌。句の底に作者の眼が感じられます。
 
●二位
 「やせた手首に日が落ちゆっくりうつむく小都会」        渚 ゆう
  <評> 叙景の技巧も密度がこまかくて巧みですが、それがそのまま作者の
心象の表出になっていて味わいを一層深めます。特に下句で生きました。
 
●三位
 「まだ他人でいるグリンピースの森に苛立ち」         道上 大作
  <評> まだ他人でいる、グリンピースの、森に苛立ち、と私は読みました。
思うようにすくえないグリンピースを食べるときの、あのたのしい苛立ち。森の
ピクニックを想像するのもいいでしょう。グリンピースの鮮やかな青と恋人との
比喩的な意味も浮かんできます。
 
 
●佳作
 「精薄児のごと鍵盤たたき 雪を待っている」          中島 昇
  <評> 上句の作者の心境に、はるかなところからくるもの、変化を与える
もの、そんな気持ちをたくして雪ということばを使ったように思います。雪を待
ちこがれる、といった具体的な意味もありましょうが。
 
 「金魚 尾びれに浮世絵を揺るがせている」          谷口 慎也
  <評> 才気を活かしたおもしろい表現。
 
 「渇ききって人間て何 試験管に交尾する舌冴える」       江口 昭
  <評> 個々のことばの意味にこだわらないで、人間についての、その比喩
的なおもしろさを感じて下さい。
 
 「黒い牡牛 息づく僕の夜が怖い」               谷本 静
  <評> 比喩は新しくはありませんが、一応破綻なくまとめてあります。
 
 
 「記憶の底の海を歩くほてり」                九島 秀夫
  <評> ほてり、でこの句を観念句から救っていますが、やはりまだ具体感
の弱い感じです。
 
 
<< 3月号総評>> 骨格の弱い短詩は這うばかりで自分の足で立ち歩くこと
ができません。しっかりした骨格と筋肉を持たなければ、一人前の人間として内
蔵その他の諸器官も充分な働きを果たすことができません。一行詩を組み立てる
一つ一つの言葉に充分な検討を行って下さい。伸びすぎた不用な爪のような文字
はないか。上下が逆さになってはいないか。初心のうちは、書き流すだけで、い
っぱい余分な文字をくっつけた作品を書いて、そのまま放っておく人があります。
これではかわいそうです。また一つのことば、一つの観念を入れ替えるだけで、
ぐっと生きもします。
(1)なわ梯子登ると 角膜につきあたる
(2)母の梯子登ると 角膜につきあたる
 (1)と(2)とでは内容が違ってしまいますが、句としてはややおもしろ味
を増します。詩において、あなたの思いは文字でしか、つかまえられないのです
から、ことばを、仇やおろそかには、夢にもできないわけです。
                            山村 祐
 
====================================
 差別用語を使ったところもありますが、原文通りです。お許し下さい
第十二回短詩講座でした。
                                 そめ
 
 
 
 
#5334/5334 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (YXM40082) 97/ 6/11  1:23 ( 30)
RE:5333<短詩講座            YUW
★内容
 
 そめさん、短詩講座ありがとうございます。今回の詳しい批評をいただい
て、何とな〜く「短詩」というものがわかりかけた気がします。
 
>は要りますよ。「チョコチップクッキー」がどんなものか申し訳ありません、歳
>なもので良く分からないのですよ(;_;)。後記の意味だと、ストレートに「チョ
 
 チョコチップはご存じですか? チョコレートを細かくしたもののことで
 す。薬の錠剤くらいの大きさです。
 
 チョコチップクッキーを作る時、クッキーの生地にチョコチップを混ぜる
 わけですが、混ざり具合によって、出来上がったクッキーのチョコチップ
 の割合が一定でなかったりします。そうすると、噛る方向もあって、噛っ
 ても、口の中にチョコチップが全然なかった、ということが起こり得るの
 です。
 
 さて・・・、では、今回の「何とな〜くわかりかけた」よーな短詩を一つ。
 
 <短詩>
 無表情な瞳の記憶 遠い国の憧れを呼ぶ
 
 また、批評、お願いします。
 
                     *     YUW     *
 
 
 
 
#5335/5335 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (BSA56406) 97/ 6/12 10:47 ( 24)
re:#5333 + #5334. and 短詩投稿.   IPI
★内容
    そめ さん,
    こんにちわ〜〜〜〜〜〜〜. ^^?
    毎回の短詩講座, 勉強させてもらっています.
 
    #5334 のYUWさんを参考にして
 
 
    <短詩投稿>
 
        君の瞳は綺麗だよ怖いほど女の性が映ってる
                            by IPI
 
 
        星くずに向かって叫ぶ酔いどれ虎の哀しさか
                            by IPI
 
 
        赤く咲く柘榴の花を愛でつつも酸っぱき人生辛きかな
                            by IPI
 
 
                                by IPI
 
 
 
 
#5337/5338 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (KAE89861) 97/ 6/14  7:23 ( 11)
短詩講座に投稿します              NS
★内容
 
 
怒る親父の腕 未だ頚椎がきしむ
 
純情が口紅塗って 月 美しく欠けてゆく
 
母がゆく日 ひとり林檎の皮むく寂しさ
 
 
 
            NS
 
 
 
 
#5356/5358 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 97/ 7/28 21:11 ( 13)
サンキュー、そめさん>UGM
★内容
 
 短詩講座、いつも楽しみに読んでいます。
 第十二回は、項目ごとに「採点」してあって、とてもわかりやく勉強になりま
した。
 
 引用されてある、松村さんの『詩においては、あなたの思いは文字でしか、つ
かまえられないのですから、ことばを、仇やおろそかには、夢にもできないわけ
です』を、肝に銘じ精進を重ねていこうと思います。
 
 また投稿しますので、よろしく批評をお願いします。
                               UGM
7/28
 
 
 
 
#5358/5358 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 97/ 7/29 12:54 (198)
【短詩】短詩講座 その13.         そめ
★内容
 ギリギリの所で、最低一月に一回が守れました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第十三回
 
☆YUWさん
 いつも投稿有り難う御座います。UGMさんもおっしゃっていらっしゃいますが、
継続は力なり、です。
 さて、では今回頂いた作品を見ましょう。
 
   「無表情な瞳の記憶 遠い国の憧れを呼ぶ」
 
 はい、短詩ですね(^_^)。前半がまだはっきりしませんが(表現に生硬さが感
じられます)、全体のイメージは良いものがあります。この調子です。
 
  ・一呼吸であること     :これはOK。
  ・一行で独立していること  :言いたいことは大体分かる、まぁOK
  ・「喩」が的確であること  :これがまだ煮詰まっていないかなぁ?
  ・新しいイメージを持つこと :柔らかなイメージがあります。前半の
                 「無表情」の意味がちょっと不明確で
                 すが、不気味に感じられる。
  ・内容があること      :後半は安易ですがまあまあ。前半はも
                 う少し煮詰めたい。
  ・事実描写で終わらないもの :意志は感じられます。OK。
  ・無駄な言葉はないか    :これは「見た目」のものですが、「瞳」
                 と「憧」に同じ「童」が使われていて、
                 とってもgood!。
という所です。また作品をお待ちしています。
 
 
☆IPIさん
 初投稿ですね。有り難う御座います。
 早速見せていただきます。
 
   「君の瞳は綺麗だよ怖いほど女の性が映ってる」
 
 実を言うと、IPIさんは呼吸の長い作品を書かれているので、短詩はどうな
のだろう、と思っておりました(失礼しました)。しかし、これは見事一呼吸で
完成されていますね。
 まず形のほうですが、前半と後半のあいだに空白をおくと読みやすくなります
ね。内容は、うーむ、ちょっとあっさりした感じですね。もう少しくどくても良
いかなぁ?前半が「喩」がなくて、ストレートすぎます。後半も内容に較べて当
たり前に表現されている。「喩」は意味的に使われています。これがとても良い
点ですね。
  ・一呼吸であること     :OK。
  ・一行で独立していること  :言いたいことが分かるOK
  ・「喩」が的確であること  :意味的な「喩」はとても良い。単語同士の
                 精妙な結びつきを期待したいと思います。
  ・新しいイメージを持つこと :しっかりしたイメージはありますが、『新
                 しい』イメージは、ありませんでした。
  ・内容があること      :内容はあるのです。ちょっともどかしい!
  ・事実描写で終わらないもの :今一つかな?内容がもっとはっきりすれば
                 多分こちらも解消されるでしょう。
  ・無駄な言葉はないか    :「喩」との絡みで考えましょう。
 ですね。。
 
 
   「星くずに向かって叫ぶ酔いどれ虎の哀しさか」
 
 これもお見事。全体的に上の作品よりも良い。ただ、表現がまだ普通の詩なの
ですよね。最後の「か」は無いほうが主体性が感じられます。そうするとこの作
品は「哀しさ」だけになってしまいますが、それを修飾する過程に短詩の技法(?)
が使われているのです。
  ・一呼吸であること     :OK。
  ・一行で独立していること  :OK
  ・「喩」が的確であること  :これも意味的な「喩」は良い。
  ・新しいイメージを持つこと :これもしっかりしたイメージはありますが、
                 『新しい』かどうかなあ。叙景という手段
                 なのでしょうけれど、その時は内容的なイ
                 メージが必要です(うまく言えない)。
  ・内容があること      :内容はあるのですが、陳腐では?
  ・事実描写で終わらないもの :これも今一つかな?
  ・無駄な言葉はないか    :これも「喩」との絡みで考えましょう。
 
 
   「赤く咲く柘榴の花を愛でつつも酸っぱき人生辛きかな」
 
 「かな」という文語を否定するものではありませんが、こういう形をとると短
詩ではなくなってしまいますね。
 三作の共通点は、「美しいと言われるものの底・或いは裏側には、違ったもの
が隠されているのだ」という視点です。それはとても大切なものですが、表現さ
れるとき、「ああ、またか…」と思われてしまいませんでしょうか。新鮮な視点
が見あたらないときは、その修飾方法などに新しさが要求されます。
 この作品では「赤く咲く柘榴の花」はどうしても「赤く咲く柘榴の花」で無け
ればならない理由も見あたりません。どうしても使いたいのであれば、その「使
いたい」気持ちがどこかに書かれていなければ納得できないのではないでしょう
か。
 ちょっと厳しいのですが、IPIさんなら分かって下さると思います。
 
 
☆NSさん
 お久しぶりでした。投稿いただき、有り難う御座います。
 
   「怒る親父の腕 未だ頚椎がきしむ」
 
 久しぶりのNS節です。この作品、少々曖昧な点があったりしてう〜む?という
ところです。
  ・一呼吸であること     :OK。
  ・一行で独立していること  :言いたいことが少し曖昧です。
  ・「喩」が的確であること  :この切れ味が鈍いために、言いたいことが
                 曖昧になってしまった気がします。
  ・新しいイメージを持つこと :NSさんの短詩について、ある種のイメージ
                 が私の中にあるので(^_^;)、…。この作品
                 は、余りイメージが湧かない。
  ・内容があること      :やはり曖昧な内容に感じます。
  ・事実描写で終わらないもの :この点はさすがNSさん、余韻があって結構
                 です。
  ・無駄な言葉はないか    :何かに収斂して行くような使い方が良いの
                 だけれど。
 
 
   「純情が口紅塗って 月 美しく欠けてゆく」
 
 発想が見透かされますが、表現がもう、とっても短詩で良い(^_^)。「美しく
欠けてゆく」ってのが、何かの類型ではないかという気がします。しかし全体的
に見て、表現がはまっています。優秀。
 
 
   「母がゆく日 ひとり林檎の皮むく寂しさ」
 
 これはもう、短詩です!この味ですね。ただ、感覚が自分だけ分かっているよ
うな所があります。この「詩」の立場が分からない。その反面で、分からなくて
も良い、という議論が起こりそうですね。せめて、息子か娘か位は限定したい気
がするのですが…多分息子ですね。しかし優秀。
 
====================================
 作品紹介
 
抒情文芸(昭和43年 4月号) 抒情短詩選から
 
●一位
 「切手裏は雪の村 汽笛一日一声」               中島 昇
  <評> 切手裏の白から、雪に埋もれたローカル線の小さな駅と部落の姿が
浮かび、一日一便のひなびた汽笛が聞こえてきたなら、あなたは気持ちよくもう
一度この作品を読み返すでしょう。
 
●二位
 「面を拾った裏町銀河 鐘に酔ってるボタン雪」         江口 昭
  <評> この調子の良さはどどいつ(都々逸)の七七七五調のものです。そ
れが気になりますがクリスマス・イヴのころを空想してみると楽しい作品。裏町
銀河は空の銀河ではなくて、裏町のネオン街。
 
●三位
 「朱塗りの小箱 手袋骨格のまま置かれ」            渚 ゆう
  <評> 朱塗りの小箱の上に置かれた、婦人用手袋が、ふと白骨化した十指
の姿に見え、はっと息をのむ思いと共に、若い婦人らしい作者の思いは、そのま
まひとりの女人の幻想的な物語に添えたことでしょう。しかし、白骨とまで考え
ないで、単に自分の指と分身とかんがえるだけでもよいでしょう。
 
●佳作
 「だまって森の樹のボタンをはずしてきた」          吉田 健治
  <評> このボタンは何かの木の実などを考えてもよいでしょう。シャレた
表現をしていますが、その行為はいかにも若い人の淋しさをあらわしていて、「
だまって」ということばを活かしています。
            ケガ
 「黄昏はむしょうに手を汚したい壁の告白」        長谷部 きんこ
  <評> この作品にはすこし考えすぎかもしれませんが少年のセックスの匂
いがします。壁によって暗示される罪の意識と少年の幼い衝動とが黄昏の影の深
い中で交錯しているのを感じます。
 
 「父の切り株から無数の蛹をつぶす」             横山 真一
  <評> 枯れた古い切り株から青く細い小枝が生えているのをごらんになっ
たことがありますか。その葉うらなどに、蝶は卵を生みつけることがあります。
卵は蛹に変わり、更に蝶になってとびたちます。こうしたことを一応あたまに入
れて、それとダブらせて、今度は作者の心象を考えてください。ここまで言えば
この作品も理解されましょう。むかし亡くなった父。作者が丹念につぶそうとし
ているのは、作者がある年齢になって、思いがけなく自分の性格の中に見出した
父なのかもしれません。恐らく忘れたい消してしまいたい父かも知れません。あ
るいはもっと具体的なことかもしれませんが、しかしそこまでこまかに考えてみ
る必要はないでしょう。
 
 「鳥かご 放牧の牛がいつの間にか消えてしまった」       森 幸絵
  <評> 作者は鳥かごの中にいるのだと考えてみましょう。鳥かごのすき間
から眺めていた放牧の牛。作者にとって、放牧の牛はどんなにか自由で幸福な生
活と映ったことでしょうか。その放牧の牛が、いつのまにか消えてしまった。わ
ずかに与えられていた自由と幸福への思い、観念の中の自由と幸福さえも閉ざさ
れてしまった。その淋しさと孤独感。
 
 「牛乳灯る点字の抒情詩」               しんよう・きんこ
  <評> 語尾を「抒情詩」で流してしまったのは安易というほかありません
が、叙景の手腕はみごとです。
 
 
<<4月号総評>> 今月は質量共に低調でした。俳句や川柳は、人生経験を豊
かに積み、長い修練を加えるとしぶい光を放つ一面があります。私たちの作品は
何よりも青春の思いをこめることに特色があります。青春とは必ずしも戸籍年齢
だけでなく、心情のうるおい、弾力性などが特色。そして現代詩を書くときにも
似た発想がとられています。だから短詩人には、現代詩を書いている人も大勢い
ます。しかし、短詩が現代詩の一行を切離したものであっては独立自主の感じは
保てません。そのためには、ことばの切り方、組み立て方に心をこめることはも
ちろんですが、何よりも大切なことは、説明するのではなく、読者に考えさせる
表現をとることです。一を暗示して、十を正確に感じさせること。そのために、
直喩と暗喩が強い力を持ちます。どこが詩の一行と違うか、たくさんの短詩をよ
んでいると、自然と感得されてきます。勉強しましょう。
                            山村 祐
 
====================================
第十三回短詩講座でした。
                                  そめ
 
 
 
#5360/5360 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (KAE89861) 97/ 7/31  8: 5 ( 24)
短詩講座 <そめさん>          NS
★内容
 
 
そめさん、ごぶさたでした。
 
今までの講座を拝見していて、なんとなくそのリズムというか
形の作り方みたいなものが、少しわかったような気がします。
 
しかし、一番の問題は、その中身ですね。
 
私は短詩というものに、妙な異物感をもっていたようで
人間の特異な面を強調して表現しなければならない・・みたいに勘違いしていました。
 
今回の作品紹介 「切手の裏・・・・」 を拝見して
考え方を改めました。
 
たった1行で、こんなにすてきな絵のような表現ができることに驚きました。
 
 
うーーん・・さらに難しくなったような気もしますが
も一度考え方を改めて、がんばってみたいと思います。
今回は、とてもいい勉強になりました。
 
          NS
 
 
 
 
#5362/5362 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 97/ 8/ 2 12:54 ( 14)
RE#5360 NSさんへ 短詩講座          そめ
★内容
 
●NSさん
 短詩もやはりNSさんらしさがにじみ出していますね。好きですよ。
 
>私は短詩というものに、妙な異物感をもっていたようで
>人間の特異な面を強調して表現しなければならない・・みたいに勘違いしてい
>ました。
 
 そう感じさせてしまったのは、私の罪ですね。私の作風がどうも、どんよりし
ているので、そちらへの傾向の分析をしてしまい勝ちです。前回の作品紹介の1
位の「切手の裏…」は、私も見習わなければいけないと思っています。
 いろいろな表現があるのです。
 
                                  そめ
 
 
 
 
#5364/5364 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (BSA56406) 97/ 8/ 4 19:17 ( 13)
一行詩投稿 3題.         IPI
★内容
    一行詩投稿, 3題です.
 
    ● 確実な訪問者 忍び寄るのは死なり
                        by IPI
 
    ● 哀しMNOドラマの中にずっこけCM流れ
            精神分裂になりながら人は正常という
                        by IPI
 
    ● 死が問うた お前の生きは本物かと
                        by IPI
 
 
 
 
#5369/5370 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 97/ 8/ 8 20:32 ( 18)
短詩>UGM
★内容
 
 
   ありんこの行列 不良が一匹
 
 
  *NSさんのおっゃるとおり。
   「切手裏・・・」は、カルチャーショックでしたね。
   わたしも触発されて一つ作ってみました。
   「不良」っていうことばは、いまや死語です。
   でも、これは「めだかの群れ 不良が一匹」でもおんなじかも知れないな
   あ。
 
   そめさん、よろしく。
 
               明日から18日まで10日間の夏休み のUGM
 
8/8
 
 
 
 
#5375/5377 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (KAE89861) 97/ 8/16  7:10 ( 17)
短詩講座投稿        NS
★内容
 
 
 
独りで行く 明日 少年の歯 白く磨かれる
 
 
ぎすぎすとジャガイモを切る後味 きっとまだ許してはくれない
 
 
 
 
*** 一つ目は、どこかで読んだもののパクリかもしれません。
    同じ物があったらご指摘ください。
 
 
      NS
 
 
 
 
#5379/5380 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 97/ 8/21 12:52 (137)
【短詩】短詩講座 その14.         そめ
★内容
 涼しくって、また暑くって、身体がおかしくなりそう(^_^;)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第十四回
 
☆IPIさん
 今回頂いた作品を見ましょう。
 
    「確実な訪問者 忍び寄るのは死なり」
 
 短詩は短いのです。この作品は”確実な訪問者”は”死”であることを言って
いますが、一般常識の範囲に留まっています。表現もただ並べただけで、”確実
な訪問者”という暗喩を後半で説明しています。説明は必要ありません。”確実
な訪問者”ですでに「死」は言っているわけですから。この場合”忍び寄る”所
をもっと発展させたかった。
 
 
    「哀しみのドラマの中にずっこけCM流れ
            精神分裂になりながら人は正常という」
 
 言いたいことは分かります。しかし、これも説明文の様な気がします。長さは
これ位でも短詩ですので結構です。
 
 
    「死が問うた お前の生きは本物かと」
 
 皆さんこういう表現を一度はなさいます。しかし、これだけでは……、という
気がします。
 今回は表を使いませんでした。なぜか低調でした。頑張って下さい。
 
 
 
☆UGMさん
 いつも有り難う御座います。
 
   「ありんこの行列 不良が一匹」
 
  ・一呼吸であること     :OK。
  ・一行で独立していること  :OK。
  ・「喩」が的確であること  :余りに分かりすぎるために「喩」ではない
                 のでは?
  ・新しいイメージを持つこと :視点は良いのですが、ご自分で酔ってしま
                 ったかな。イメージが当たり前。
  ・内容があること      :剽軽さをもっと強調すればそれなりの味が
                 出そうですね。
  ・事実描写で終わらないもの :これもまだ軽いですね。
  ・無駄な言葉はないか    :これはだいぶ整理されています、OK。
 
 今一つ皮が破れないもどかしさを感じます。ふれーっ、ふれーっ!
 
 
 
☆NSさん
 
   「独りで行く 明日 少年の歯 白く磨かれる」
 
 これは良いですね。全体に清潔さが感じられます。
  ・一呼吸であること     :OK。
  ・一行で独立していること  :OK。
  ・「喩」が的確であること  :これは詩全体が喩になっています。OK。
  ・新しいイメージを持つこと :結構なのですが、「歯」と「白」が当たり
                 前のイメージですね。半分○。
  ・内容があること      :読む方次第かな、という所はありますが、
                 まず合格点。
  ・事実描写で終わらないもの :OK
  ・無駄な言葉はないか    :イメージの項で言いましたが、歯と白がど
                 うかなぁ、というところですが、表現とし
                 て「磨かれる」という形が秀逸なので助か
                 っています。
 
 
   「ぎすぎすとジャガイモを切る後味 きっとまだ許してはくれない」
 
 前回の「母がゆく日〜」と同じ印象を受けました。何故だろう?雰囲気と構成
が同じだからだろうな。今回は前半と後半が離れてしまっている。独りよがりの
部分がありそうですね。
 
====================================
 作品紹介
 
抒情文芸(昭和43年 11月号) 抒情短詩選から
 
●一位
 「女・足の裏から脱走した水虫だったよ」           谷口 慎也
  <評> 風刺味がたのしい。理屈っぽく考えない方がいい。ヘコたれて逃げ
だした水虫野郎の姿を想像するのもいいが、素直に味わった方がいい。すぐれた
作品ならば暗喩は自然と感じとれるものなのだから。
 
●二位
 「一字一字が拗ねている伝言板ならS子というばら科の花が有っていい」
                              月光寺 照行
  <評> この作品も理屈ではない。理屈を言っているように見えるが、理屈
を言っているのではない。ことばとことばが連なって生まれてくるおもしろさが、
この作品の魅力だ。
 
●三位
 「吊革にぎる腕に樹液ながれ出す朝の電車」          吉田 健治
  <評> 作品の「意味」を詮索することは、まずまず愚かなことだ。なまな
姿で理屈の読みとれるような作品は三流以下だ。もはや下手な象徴手法などは古
めかしい。詩は感じとるものだが、同時に、詩はまずことばから出発する。なぜ
なら、ことばのみが詩人の感動を定着させ得る手段だからだ。ことばの魅力が感
動を支えてくれる。この出発点を忘れてはならない。入賞の三人は充分そこに留
意している。
 
 
●佳作
 「ゆらめくポケットの夕陽 雑木林は淋しいぞ」         中島 昇
  <評> たいへん上手な作者だが、すこしドライになると新しい境地もひら
けよう。
 
 「あさがおの奥から溢れ出るのは空への囁きだよ」       寿々樹 涼
  <評> 抒情味に終わらないで、作者の思いがもすこしにじみでると、なお
いい。
 
 「旅立ち ある記憶の中で草を噛む」            関井 千代子
  <評> 草を噛む、に作者の思いがこめられているが、弱い。しかし無難な
作。
 
 「お早ようさん!!光の切符にパンチ入れてく看護婦さん」   下村 泰郎
  <評> 朝の明るい描写。描写からもう一歩ふみこめると深みがでてくる。
 
 「ロマンチックに装飾されて汗の中に涙泣いてる」        水木 悠
  <評> やや観念的。涙に溺れないところは手柄だが。
 
 
<< 11月号総評>> 詩を書き始めて、最初の大きな挫折感に行き当たるま
での期間は、その詩人にとって誠に重要な意味を持つ。詩の処女期だからだ。そ
の挫折感をつき破ったあとは、質的に違う詩作の時期に突入するものだ。詩の処
女期を大切にしよう。書けるとき、うんと書いておかなくてはいけない。やがて
どうしても書けなくなる時期が何度かくる。あなたの純粋性を豊かに紙に刻みこ
んでおくことだ。
                            山村 祐
 
====================================
 つい理屈っぽくなりがちな私にとって、今月の評は耳の痛いお話でした。総評
に書かれている「どうしても書けなくなる時期」が私の場合異常に長い(^_^;)。
第十四回短詩講座でした。
                                 そめ
 
 
 
#5381/5383 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (BSA56406) 97/ 8/21 23: 4 ( 31)
一行詩, 投稿です.        IPI
★内容
    そめ さん,
    どうもです. いろいろとありがとうございます.
 
    ● 墓参り煙にまかれて喪服の母に永久の父
 
    ● 今社会は良心の踏み絵がここかしこに有りて人の苦虫
 
    ● 出世栄華の跡の罪人を妻が優しく迎えている
 
 
    投稿のみばかりで失礼をしています.
 
 
    まあ, 小生の近況は徐々に英詩へとシフトし始めています.
    文法や用語法は別として, 始めなければ書けないもで, まず
    書き出しています.
 
    ぜんぜん関係ない話しですが,
    大沢雅休(公称;おおさわがきゅう 本名;おおさはまさやす)
    の, 書画には今もって唸り声をあげてしまいます.
    山種記念館にいけば, おおむね見られるはずですが.
    凡人の私には計りかけないですが, 天才なのでしょうね.
 
    私も日本人なのですね, 筆に墨をつけて習字をしていると.
    本当に, 身体の中から息が整理整頓されてきます.
    自分の息を整えるのには, 習字は私に有っている. 半紙に書
    くのは「 自由に責任 」です. まあ, これも自習法ですので
    様にはなっていない. ^^;
                            by IPI
 
 
 
 
 
#5385/5390 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 97/ 8/22 23:17 ( 13)
そめさん、どうも>UGM
★内容
 
 短詩への講評、ありがとうございました。
 「向こう受けを狙ったな」とのご指摘、恐れいりました。
 
 それにしても、最近の「採点表」方式は、わかりやすくていいですね。とても
参考になります。特に、何がいけないかがよくわかるのでありがたい。
 
 わたしの場合、「都々逸」形式が、五感にマッチしているようですね。少しそ
の路線で走ってみようと思います。
 
                            では。
8/22
 
 
 
 
#5393/5393 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (KAE89861) 97/ 8/26  7:35 ( 9)
短詩講座 <そめさん>        NS
★内容
 
 
そめさん、講評ありがとうございました。
 
ますます難しくなってきました。
 
引き続きがんばって作ってみます。
 
      NS
 
 
 
 
#5406/5412 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (AVJ44084) 97/ 9/ 2 23:10 ( 18)
短詩>投稿    UGM
★内容
 
 毎度、お騒がせいたします。(というアナウンスを聞かなくなりましたね)
 そめさん、よろしく批評願います。
 
 
    かさぶたを剥ぐ指先をかすめていった青森りんご
 
 
 
    計れぬものあの人の心 ぼくの片思い70と3キロ
 
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 辛目の批評を頼みます。二つ目。死ぬほど真剣であればあるほど、どこかユー
モラスなもの、という感じを出したかった。夫婦喧嘩は犬も喰わない、と昔から
いいます(ん? どういうつながりが・・・)。
 
9/2
 
 
 
 
#5410/5412 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (YXM40082) 97/ 9/ 3 14:38 ( 31)
Re:5358>短詩講座            YUW
★内容
 
 添削、どうもありがとうございます。短詩かじりかけのYUWでーす。(^^;
その前は「短詩かじりたいYUW」でしたので、これでも、一応、成長してる
らしいです。やはり「継続は力なり By UGMサン」なのでしょう。(^^;
 
>   「無表情な瞳の記憶 遠い国の憧れを呼ぶ」
> はい、短詩ですね(^_^)。前半がまだはっきりしませんが(表現に生硬さが感
>じられます)、全体のイメージは良いものがあります。この調子です。
 あ、どもー、ありがとうございます。(^^; これは、うちにある、外国製
 のテディベアを見て思いつきました。と、詩作側の種明かしをすると、な
 るほど、の内容になってますでしょ?<短詩(^^;
 
 やっぱり、まだ慣れない詩を書くときは、頭のなかにある記憶を辿るより
 も、目に見えて存在している物から発想していくほーが良いみたいですね。
 
>  ・無駄な言葉はないか    :これは「見た目」のものですが、「瞳」
>                 と「憧」に同じ「童」が使われていて、
>                 とってもgood!。
 おーーっ、そーでしたか。(^^; そんなこと少しも考えてなかった。(^^;
 「見た目」のバランスも大事、ということですね。
 
 
 また、投稿しますので、そのときは添削をお願いします。(^^)
 
                     *     YUW     *
 
 
 
 
#5431/5434 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (PRN81060) 97/ 9/14  9:20 ( 6)
短詩を投稿   JSH
★内容
 
 久しぶりに短詩らしきものが浮かびましたので、投稿したいと思います。
 
  病室の窓枠に切り取られた秋空、日毎に色褪せてゆくのだ
 
 失礼いたしました。
 
 
 
 
#5435/5439 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ZMH00716) 97/ 9/15 20:41 ( 15)
JSHさん。  PMR。
★内容
 
#5431 短詩。
 
>病室の窓枠に切り取られた秋空、日毎に色褪せてゆくのだ。
 
家族が入院して、私は毎日早朝から病室で過ごす生活が1ケ月近くありました。
雑務から離れて、思索する時間をたっぷり与えられました。
 
我が家の入院は、5月の末でしたので、病んでいる家族は、街路樹の若葉が濃い
青葉に変わって行くのを、この詩のように窓から見つめて過ごしていました。
 
秋の空が色褪せて行くのは寂しい景色ですので、病状が思わしくないのでしょう
か、気分のよい時は、秋空が眩しく輝く事でしょう。
 
しみじみとした よい詩ですね。
 
 
 
#5440/5441 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (PRN81060) 97/ 9/16 19:29 ( 5)
PMRさん、どうも   JSH
★内容
 
 久しぶりの短詩でしたが、コメントをいただきありがとうございます。
 心にひっかかる残像を文字にしてみたのですが、何か感じるところがあったのでし
ら、嬉しいです。今後ともよろしく。
 
 
 
 
#5452/5452 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (HYN27503) 97/ 9/29 11:30 ( 9)
短詩投稿         EAR 
★内容
 えー、恥も外聞もなく投稿いたします。
 
    当たって 砕けて 淋しくなって 帰るところを捜してる
 
 
    罵ることも甘えることもできなくて 時だけ真っ白に延びていく
 
 
                  こんなんで、すみません。
 
 
 
 
#5532/5534 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 98/ 1/21 17: 0 (106)
【短詩】短詩講座 その15−1.(最終回)  そめ
★内容
 前回が8/21でしたので、5ヶ月ぶりと言うことになってしまいました。
  96/ 6/14 UGMさんからのお誘い
  96/ 6/25 その1.         97/ 1/10 その8.
  96/ 7/21 その2.         97/ 2/ 7 その9.
  96/ 8/ 7 その3.         97/ 3/26 その10.
  96/ 9/11 その4.         97/ 5/13 その11.
  96/10/25 その5.         97/ 6/10 その12.
  96/11/12 その6.         97/ 7/29 その13.
  96/12/ 5 その7.         97/ 8/21 その14.
と、なかなか順調でしたが、ここに来ていろいろな私事が重なり、半年近くもな
にもできないでいまして、心苦しく思っておりました。そこで、この短詩講座は
一旦お休みを頂こうかな、と…。第一期の短詩講座も16回で終わりましたので、
まあ、それにひけは取らないだろうと(^_^;)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『短詩講座』第十五回(最終回)
 それでは頂いてある作品を見ましょう。
 
☆IPIさん
    「墓参り煙にまかれて喪服の母に永久の父」
 
 どこか今一つ短詩とは違いますね。「墓」「煙(線香の)」「喪服」「永久」
と同じ仲間の言葉を使っていらっしゃいますが、無駄ではないでしょうか?「
喪服の母に(永久の)白い父」だけでもう言い尽くしているので、前半は別な描
写が出来ると思います。
 
 
    「今社会は良心の踏み絵がここかしこに有りて人の苦虫」
 
 これは言葉の調子と相俟って川柳風味の和歌になってしまいました。踏み絵は
「良心」を想起させますのでわざわざ”良心”と言わなくても判ります。「社会
の踏み絵」と「人の苦虫」を旨く繋げたいですね。
 
 
    「出世栄華の跡の罪人を妻が優しく迎えている」
 
 「罪人を妻が優しく迎えている」でも立派な短詩ですね。最初の”出世栄華”
が良くない。
 
 
 これからも短詩にチャレンジなさって下さい。
 
 
 
☆UGMさん
   「かさぶたを剥ぐ指先をかすめていった青森りんご」
 
 ”青森りんご”をキーワードにしたい気持ちは判りますが、これはUGMさんが
一人で判っているだけのような気がする(^_^;)。突飛すぎて比喩と考えようもな
いです。
 
 
   「計れぬものあの人の心 ぼくの片思い70と3キロ」
 
 こちらは判りすぎる(^_^;)。”片思い”は全身に巣くっているけれど、あの人
の心は計れない…って、片思いだから”心が計れない”、気がするのでしょ?別
に新しい見方でなかったのが残念。
 
 
 おかげさまで15回も続けられました。ちょっとお休みを頂きますが、またお
声を掛けて下さい。
 
 
 
☆JSHさん
 
   「病室の窓枠に切り取られた秋空、日毎に色褪せてゆくのだ」
 
 PMRさんも同感なされていましたね。なかなかの短詩であると思います。点
描の中に、どう心を込めるかが核心です。”日毎に色褪せてゆくのだ”はまだま
だの表現です。前半は経験でしょうか?迫力はあるのですが、どこかで見たよう
な(^_^;)。
 
 
 またできましたらご投稿下さい。
 
 
 
☆EARさん
 
   「当たって 砕けて 淋しくなって 帰るところを捜してる」
 
 EARさんは初めてですね。それなのにもう終わってしまって申し訳ありま
せん。
 さて、これはただの「短い詩」であって、短詩ではないようです。エネルギー
がもう少し欲しいところです。それと短い詩形ですので出来るだけ同じ意味の言
葉は使わない方が良いようです。ご自分の「帰るところを捜している」をもっと
もっと深く探ってみると、表現にエネルギーがでてきますよ。
 
 
   「罵ることも甘えることもできなくて 時だけ真っ白に延びていく」
 
 後半がなかなか短詩です。前半が煮詰め不足の気がします。やはりエネルギー
だな。
 
 
 
 以上で終わりですね。どなたでも、短詩を作られたら是非ここにUPして下さ
い。私は余り顔を見せませんが、読んでおりますので、その時その時にまた参上
させて頂きます。
 
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 最後に今まで発表された作品達の展覧会です。たくさん頂いているので、次に
2つのアーティクルとしてUPさせていただきます。
 
                                  そめ
 
 
 
#5533/5534 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 98/ 1/21 17: 8 (188)
【短詩】短詩講座 その15−2.(最終回)  そめ
★内容
講座中に頂いた作品の展覧会です。とてもたくさん頂きまして、2つのアーティ
クルに分けます。
 
☆UGMさん
 「個性」それぞれの季節にそれぞれの花わが娘たちに重ねる
 
 「辱めを ちぎり 踏みつけ 唾をかけ」
 
 「封を切る指先の震えを叱る」
 
 「ざくろ ザクリと開いた傷口に目をそむける」
 
 「もみじの紅を盗み見るいちょうの気分はイエロー」
      アカ
 
 「遠い遠い 湾岸/アフガン/ボスニア/ルワンダ そしてあの戦争」
 
 「口をあけ見上げるわたしを笑うからす」
 
 「目の端で渡るつり橋笑う風」
 
 「ありんこの行列 不良が一匹」
 
 「かさぶたを剥ぐ指先をかすめていった青森りんご」
 
 「計れぬものあの人の心 ぼくの片思い70と3キロ」
 
 
☆SZRさん
 「優しいひととき 小さな寝息の三重奏 疲れも忘れ笑顔に戻る」
 
 「母は強し 風邪ひくたびに 寝てられないと強くなる母」
 
 
☆MSIさん
 「恋心 透けし細首の淡き後れ毛に誘われたる宵風の夏色に燃揺る溜め息」
 
 「夏の夜 硝子の中で崩れ落ちる氷の切ない響きを運ぶ風の中で
                          ときめく浴衣の影」
 
 「凧:糸の切れた凧は自由に夢の空を舞うけれど
                風の切れた凧は静かに落ちて行くものよ」
            ヨイヤミ
 「お前の帯が蛇にみえる宵闇」
  ヨルナガ    イロサム イ  ワケ
 「夜流れる汗の艶寒い伝い分」
 
 「透けし肌より見えぬ心の綾に魅せられた夜」
 
 「夏の夜 忘れられた言葉を誘う波音
 
 「蚊遣火に落ちたるまなざしに からみし溜息」
 
 「戯れ言と濁せども 猶余りし想いの仮名遣い」
 
 「水面を移る篝火に飛び入る虫にもにた一夏の恋」
 
 「奇麗に澄んだ瞳の奥のドロドロが美しい」
 
 「薔薇の棘で君の胸の膨らみを弄ぶ夜」
 
 「嘘にせよ 何処までだったら信じてくれる?」
 
 「三角に張られた糸は縺れないらしい」
 
 「夜の色に染まらない様に 君を朝に帰してあげても良いよ」
 
 「ああ、風景が。 想い出の圏外でひからびてゆく。」
 
 「心が蘇生した夜、腐った痛みが僕を呪う。」
 
 「風に流れる蜘蛛の糸にからまる微かな虹のかおり」
 
 「安酒 手中で腐れゆく乳房匂う」
 
 
☆TNKさん
 「稜線をたどる君の指先に燃える我が心」
 
 「君授けし従順の喜び 君与えし般若の思い」
 
 「銀色の細長き蜘蛛の糸 我捕らえし君の糸」
 
 
☆NSさん
 「別れの日が雨でも 左の胸だけは濡らすまい」
 
 「窓の奥で手なんか振ったって 見えやしないよ」
 
 「内と外は別々となる すりガラスの窓」
 
 「23725回目の朝に向かって走る電車」
 
 「心から・をくりかえす、手紙の文字の嘘」
 
 「怒る親父の腕 未だ頚椎がきしむ」
 
 「純情が口紅塗って 月 美しく欠けてゆく」
 
 「母がゆく日 ひとり林檎の皮むく寂しさ」
 
 「独りで行く 明日 少年の歯 白く磨かれる」
 
 「ぎすぎすとジャガイモを切る後味 きっとまだ許してはくれない」
 
 
☆EKさん
 「おかしみの向こうの悲しみにあなたが見える」
 
 
☆KOHさん
 「焦る。 ここが二人だけの空間だから短い沈黙の中で僕は焦る。」
 
 (嫌う)「バラであっても茎ごとちぎりたくなる衝動。」
 
 (望む)「同じ芽を持つこと同じ眼を持つこと。」
 
 (ひからびる)「陽の光の中で渇きながら笑いながら死んでゆきたい。」
 
 (伸ばす)「決して釣り合わぬ天秤の両側で二人は手を伸ばす。」
 
 (喜ぶ)「大人であっても魂だけは若返る瞬間。」
 
 (なびく)「秋風にはなびかぬが君の言葉にはなぜか動揺する。」
 
 (絡みつく)「育つほどに絡みつくポプラの枝。」
 
 「鯛を殺して何を祝う。」
 
 「膣に流れ込む欲望が僕らを引き裂く。」
 
 「月は海に映り形を崩すがそれでもやはり美しい。」
 
 「敵意のない攻撃ほど卑しいものはない。」
 
 「止まった時計など壊してしまえばよい。」
 
 「死ぬか生きるか、寝ながら考え夢につく。」
 
 「とほきにありておもはんと、我がふるさとはいづこにか。」
 
 「ヤマ勘が、当たれば受かる、マーク式。」
 
 「干涸らびた蛙の香り、色なき夢に漂う。」
 
 「夜明けの雷はさらに天高くより来たる。」
 
 
☆カルシウムボーイさん
 「相対性理論 20世紀初頭の一つのベンチャービジネス」
 
 「星の数ほどの世間が寄り集まってできた日本」
 
 「心が通じなくても簡単な挨拶と譲る気持はなくしてはならない」
 
 「人は働いて切り石を造り それを使って日々を営む
  安息日は祭壇を築くための石だから切り石を用いてはならない」
 
 「ピラミッドが崩れた 人々は夢を語り始めた」
 
 「東京 日本代表の積もりで独り相撲をとる一番の田舎者」
 
 「コメディアンは大人でなければなれない
  施した善行を数えるうちは大人になれない」
 
 「人間関係は衣服であり 孤独の人はこれを知る」
 
 「平安末期 武家の世の前日の女流作家の世」
 
 「誰が見てくれなくてもいい 私はここにいるのだ」
 
 「揺れる 海洋生物と船上の我が身とその内と」
 
 「一番先に生まれて良かったこと。両親が若い期間が長かった。」
 
 「海、。揺れる、。生物、舟と我、気血の流れ、。揺れる、。海」
 
 「看護婦 看護士
  (弁護婦)弁護士」
 
 「戻り先は幾つ?」
 
 「しとやかな娘が隠すしとやかな靴の底」
 
 
    −−−−−−−− 次に続く −−−−−−−−−−−
 
                                  そめ
 
 
 
#5534/5534 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (CYF59501) 98/ 1/21 17:10 (135)
【短詩】短詩講座 その15−3.(最終回)  そめ
★内容
 
☆KITさん
 「満員の電車に瀬戸黒の稚児の目」
 
 「クリスマスいっぱいのデパートと子供達の十二月朔日(ついたち)」
 
 「「お早よう・・!」と呼び掛けた初夏の庭」
 
 「日照りが続き庭先の赤らむ梅干に暑い客」
 
 「鳴き競う庭の蝉とテレビの中の蝉と」
 
 「高校生らしき茶髪外見で判断を反省」
 
 「窓開けて「有難う」ぬくき藷の新聞包み」
 
 「古い日記帳は青春の置土産」
 
 「待人来たらず上弦の月冴えわたる」
 
 「美術館の椅子に一人静閑」
 
 「すすき野に一瞬光る車一台」
 
 「音たてずに踏む落葉の道に小鳥鳴く」
 
 「十二月の短き日やっとできた短詩」
 
 「草木枯れて南天の赤増す初雪」
 
 「干涸らびた蛙が今日は消えていた。」
 
 「ガラスに映る僕を外から眺める目が三つ。」
 
 「夕焼けを言い訳に煙草を一本余計に吸った。」
 
 「身代金相場は幾ら 人質一人の生命」
 
 「夜勤手当ては幾ら マージャンの頭脳革命」
 
 「悪夢 侘助椿の白い孤独が凍える」
 
 「厚化粧したサングラス 年令不祥の舞台」
 
 「こころがゆらぐ 飛んでゆく・・
  止めて・・ 
  だれか!           」
 
 「かげろうがゆらぐ 逃てゆく・・
  捕えて・・ 
  だれか!           」
 
 「ほのおがゆらぐ 燃え尽きる・・
  消して・・ 
  だれか!           」
 
 
☆JSHさん
 「熱の下った朝には眩しい粥椀」
 
 「思い出ほくろ 通り過ぎてから振り返る」
 
 「別れ際の語尾の震えに石を蹴りとばす」
 
 
☆HRMさん
 「片道キップの茶髪 雪桜の道に立つ」
 
 「斜向かいにすわる喫茶店 忘草のピアスとの距離」
 
 
☆SHKさん
 「切れば赤いアイデンティティ ほうれん草で育ったの」
 
 「有刺鉄線に捕まった月 逝く前に抱かせて下さい」
 
 「ビール瓶の中の砂漠 脳天蜃気楼 忘却の旅かしらん」
 
 「影踏み影踏み 目ン玉盗んだ君の」
 
 「爪の半月 天上切っても茜色のサヨナラ言える君」
 
 「夕映え背広に冬がきしむ湯豆腐のおふくろ」
 
 
☆YUWさん
 「無意識に目にしたものに誘発される小さな記憶」
 
 「クッキーを半分噛る 君に似た気持ちのチョコレート」
 
 「古いページに染み込む涙 骨をも溶かす呪いになあれ」
 
 「無表情な瞳の記憶 遠い国の憧れを呼ぶ」
 
 
☆MNOさん
 「五月雨の春雷が 妹の初恋に 終わりをつげる」
 
 
☆IPIさん
 「君の瞳は綺麗だよ怖いほど女の性が映ってる」
 
 「星くずに向かって叫ぶ酔いどれ虎の哀しさか」
 
 「赤く咲く柘榴の花を愛でつつも酸っぱき人生辛きかな」
 
 「確実な訪問者 忍び寄るのは死なり」
 
 「哀しみのドラマの中にずっこけCM流れ
            精神分裂になりながら人は正常という」
 
 「死が問うた お前の生きは本物かと」
 
 「墓参り煙にまかれて喪服の母に永久の父」
 
 「今社会は良心の踏み絵がここかしこに有りて人の苦虫」
 
 「出世栄華の跡の罪人を妻が優しく迎えている」
 
 
☆JSHさん
 「病室の窓枠に切り取られた秋空、日毎に色褪せてゆくのだ」
 
 
☆EARさん
 「当たって 砕けて 淋しくなって 帰るところを捜してる」
 
 「罵ることも甘えることもできなくて 時だけ真っ白に延びていく」
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 以上です。
 
 御投稿いただいた皆様に感謝いたします。
 
                                  そめ
 
 
 
 
#5535/5537 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (ZHA98879) 98/ 1/24 15:23 ( 7)
Re#5534>短詩講座ご苦労様でした      TM
★内容
そめさん、長期間講座ご苦労様でした。
 
また、お願いすることになると思いますので、
よろしくお願いいたします。
 
                   (TM)
 
 
 
 
#5536/5537 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (HYN27503) 98/ 1/24 23: 6 ( 9)
そめさん、批評ありがとうございました。  EAR  
★内容
 そめさん、はじめまして。
 
 短詩への批評、どうもありがとうございました。
 作りやすい反面、奥が深くて難しいですね。
 講座はひとまず終了とのことですが、お時間ができ
 ましたらまた再開して下さいね。
 
      簡単ですが、お礼にかえまして。
                    EAR
 
 
 
#5537/5537 きまぐれト〜クテラス
★タイトル (PRN81060) 98/ 1/25  6: 9 ( 7)
短詩講座ありがとうございました。  JSH
★内容
 
 そめさん、拙作へのコメント、ありがとうございました。短い言葉でイメージ
を広げる、というのが私の短詩に対するぼんやりとした理解なのですが、やっと
それらしいのが書けそうかなあ、というところです。
 これからも、時々挑戦してみたいと思っています。また、よろしくお願いいた
します。
 
 
 

 以上でした。短詩に興味を持たれた方は、是非ご連絡下さい(TOPページからどうぞ)。